【はじめに】
今回は『慢性腎臓病の皮下点滴って実際どうなの?』というテーマでお話しします。
人ではあまりされないと思いますが、獣医療で比較的多用される『皮下点滴』。
点滴療法は基本的には静脈ラインを確保し、『静脈点滴』を行うものです。ただ、動物に関しては皮膚が伸びやすいのもあってか結構な頻度で行われています。
僕は皮下点滴の理屈がよく分かっていないのもあって、あまり信用していません笑
なんで皮下点滴ってするんだろう?単純な疑問から、
今回はそんな『皮下点滴』について調べてみることにしました。
※この記事は皮下点滴を否定するものではありません。
【目次】
【経験と理屈】
【はじめに】と重複するところはありますが、お付き合いください。
冒頭でお話しした通り、獣医療では皮下点滴が多用されています。
「下痢をしているので、皮下点滴しましょう」
「吐いた分の水分を補うために、皮下点滴しましょう」
「この子は腎臓病なので、皮下点滴しましょう」
などなど…
高齢の犬や猫を飼われていた方なら一度は聞いたフレーズではないでしょうか?
(点滴といえば、静脈からが基本だと思うんだけど、本当に理にかなってる治療なの…?)
でも実際、慢性腎臓病の猫で腎数値が悪化した時、皮下点滴を数日間行ってから、再度血液検査をするとちょっと下がっていることも何度か経験しています。
(経験的には効いてそうなんだけど、腎数値が下がった理屈が分からない…)
実際どうなのか、気になって調べてみました。
【結局、希釈なんじゃない?】
『文献を探ってみた』
文献を探っていると、疑問を解決してくれそうな論文を見つけました(M. Ryan Smith et al. 2016)。
実験の手順
この実験では健康な猫10匹に乳酸リンゲル液を『体重(kg)×22mL』の容量で皮下点滴しています。そして、皮下点滴前と点滴後4,6,12,18,24時間ごとにBUN,Cre,PCV,TP,Ca,尿比重を測定しています。
研究結果
BUN,PCV,TPは24時間かけて減少していきました。
Creは投与後4~6時間に最も減少してから、徐々に上昇しました。
尿比重は6時間後に有意に上昇してから、徐々に減少していきました。
Caはn数が少ない中で外れ値があったため、有意差が出なかったものの、外れ値を除けば6時間後に有意に減少しています。
結果を踏まえた考察
BUNやPCV、TPは皮下点滴を入れたことで血液が希釈され、血液検査の結果が下がって見えたと考察しています。
一方でCreと尿比重の変動については今回の研究で考察を述べることは難しく、さらなる研究が必要であると記しています。
そして、Caに関しては有意差が認められなかったですが、これは乳酸リンゲル液中に含まれるCaが何かしら関与した可能性もあるため、追加での研究が必要だろうと考察しています。
引用文献Fig1-6より抜粋
The BUN followed a similar progressive trend to the PCV and TP in our study, thus these changes are suspected to also be due to plasma volume expansion and haemodilution.引用文献:Pilot study on the effect of subcutaneous administration of lactated Ringer's solution on biochemistry parameters in healthy euvolemic cats.
『検査結果が下がっていた理由』
腎臓病の症例で、嘔吐をしたり、食欲不振になった際に血液検査をすると、BUNとCreが以前より大きく上昇していることがあります。これは脱水によって、腎機能が低下し、腎数値が上がっていたのかな?と考えていました。
そういった時は皮下点滴を数日連続して行い、十分水和状態を確保してから、再度血液検査を実施して、数値の変動がないかを確認していました。割と体調を崩す前ぐらいまでは腎数値が戻ってくれている子が多い印象でした。
先ほどの文献では皮下点滴は血液希釈を起こすと考察されています。
『脱水を補正することで腎機能を上昇させ、腎数値が低下した』と考えも否定はできないものの、やはり腎機能の改善というよりは『血液が希釈されたせいで、濃度が低くなった』だけと考える方がいいのかな?といった感触です。
一人で考えていてもラチが開かないので、成書を見てみることにしました。
【成書を参考にしてみた】
『え?根拠ないの?』
成書を読んでいると面白いことが書いていました。
動物における皮下輸液は、これだけ日常的に用いられているにもかかわらず、十分な実験的及び理論的根拠がないまま経験に基づいて行われている。
引用:なぜ?がわかる 動物病院の輸液療法 p74(interzoo)
どうやら、まだ皮下点滴という治療法には根拠がないようです。「なんか良くなっている気がする」 そういった経験則から日常的に行われているものなんですね。
『皮下点滴の適応例は?』
皮下点滴に科学的根拠がないことがわかりました。では、どのような症例で皮下点滴を実するべきなのか、何でもかんでも経験に頼るのではなく、ある程度基準を持っておくと良いかもしれません。
①目的を考える
慢性腎臓病患者で皮下点滴を行う目的をおさらいしておきましょう。慢性腎臓病の患者では尿濃縮能が低下し、尿量が増加しています。それに加え、腎臓病は食欲不振や嘔吐を引き起こすため、慢性的に脱水状態に陥っている子がしばしば認められます。脱水が持続すると、腎血流量の低下に伴い、腎機能低下を助長させてしまいます。
基本的には自力飲水によって、必要な水分をとってもらうのが良いですが、それでもでていく水分量の方が多くて、脱水してしまう子に皮下点滴で水分を補充してあげます。
つまり、皮下点滴の目的は『自力飲水でも不足する場合に、必要水分量を補い、腎臓を保護してあげるため』となります。逆を言うと、脱水を起こしていない症例に対しての皮下点滴は過水和状態にし、高血圧を助長させる可能性があるため、行わない方が良いとされています。
『腎臓病=皮下点滴』という単調な治療は僕はあまりお勧めしません。
きちんと、脱水を評価し、電解質異常がないかを判断し、適切な輸液剤を適切な量、補充してあげるべきでしょう。
②脱水状態を評価する
AAHAというアメリカの全米動物病院協会(American Animal Hospital Association)が発表しているガイドラインの中に脱水状態を評価するポイントが記載されています。
引用:2013 AAHA/AAFP Fluid Therapy Guidelines for Dogs and Cats, Table1
これらを訳していくと、
・心拍数
・CRT(毛細血管再充満時間)
・可視粘膜の色調
・呼吸数、努力性呼吸の有無
・肺音
・ツルゴール試験
・体重
・尿量
・精神状態
・体温
・PCV、TP、乳酸値、尿比重、BUN、Cre、電解質
・血圧
・血液ガス
・酸素飽和度(SpO2など測定)
これらを用いて、脱水を総合的に評価し、輸液の適応例かまた、輸液量を検討していきます。
『皮下輸液でベストは輸液剤は?』
輸液剤にはいくつかの種類があります。一般的には等張電解質液が使用されます。
輸液剤の種類
①等張電解質液:生理食塩水、リンゲル液、乳酸・酢酸リンゲル液
②糖液:5%ブドウ糖液
③低張電解質液:1号液、2号液、3号液
使ってはいけない輸液剤
輸液剤にはこのように3種類に大別されます。これらのうち、皮下投与が可能な輸液剤は①の等張電解質液のみとされています。
先ほどのAAHAのガイドラインでも『糖が含まれている糖液や低張電解質液は皮下投与は禁忌』と記されています(引用の赤線部参照)。
引用:2013 AAHA/AAFP Fluid Therapy Guidelines for Dogs and Cats, Table2
なぜ糖入り輸液剤は使えない?
糖が入っている輸液剤はなぜ使用ができないのでしょうか?
それには
①浸透圧
②局所刺激
③易感染性
を用いて説明できます。
①浸透圧
今回はコラムなので詳しい話は割愛しますが、糖入りの輸液剤は物理的には等張液ですが、糖が入っている分、電解質(NaやK、Clなど)は含有量が少なく、電解質的には低張液となっています。
皮下に投与された糖入り輸液剤を吸収するには一度、等張性にする必要があります。そのため、血液中からNaが移動し、同時に水分を一緒に血管外へ移動します。
そのため、吸収されるまでに一時的な脱水を引き起こすからです。
②局所刺激
糖入りの輸液剤は局所刺激性が強く、皮下投与すると痛みが生じると言われています。
③易感染性
細菌はブドウ糖を栄養源にしていることが多いです。経皮的に針を穿刺して投与する皮下点滴では、皮内に細菌が侵入する可能性もあり、また輸液剤が皮内に長時間滞在するため細菌が増える環境を提供することになってしまいます。
こういったことから、皮下点滴では等張電解質液のみが適応とされています。
【最後に】
今回は慢性腎臓病の皮下点滴についてお話ししました。
慢性腎臓病における皮下点滴はまず行う目的を考えることが重要であると分かりました。
そして、皮下点滴という治療法自体、科学的根拠に乏しく、日常的な経験から多用されていることが分かりました。
輸液後に血液検査をすると腎数値が下がっているのは、脱水の補正により腎機能が回復したというよりも、結局は血液が希釈され、濃度が薄くなっただけと解釈するべきなのでしょう。
科学的根拠がないといっても、症状が軽くなる子はいるので、
僕も今回これを調べたことをきっかけに今後もきちんと脱水の評価を行い、適応例を確認した上で、皮下点滴は行っていきたいと思います。
そして、これからの皮下点滴の研究に期待したいところです!
『注意点:最後まで読んでね!』
この記事は皮下点滴を否定するものではありません。
今回の記事で引用している文献では『健康な猫10匹』を対象に研究を行っています。
皮下点滴の有効性は科学的根拠に乏しいですが、それが腎臓病の子で無効であることも証明できません。
実際に皮下点滴を行うことで体調が良くなる子もいます。大事なのは何でもかんでも『腎臓病=皮下点滴』という単調な使い方をするのではなく、点滴を行う目的を明らかにし、実際の症状を見ながら行うことです。
【本記事の参考図書・文献】
M. Ryan Smith, Rebecca J. Greer. Pilot study on the effect of subcutaneous administration of lactated Ringer's solution on biochemistry parameters in healthy euvolemic cats. Vet Med Sci. 2016 Feb; 2(1): 47–53.
長江秀之 著; 織間博光 編著 : なぜ?がわかる 動物病院の輸液療法, interzoo, 2018, 74-82p
2013 AAHA/AAFP Fluid Therapy Guidelines for Dogs and Cats, Table1,2