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【猫の特発性膀胱炎(FIC)①】概要と病態生理

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特発性膀胱炎の原因

【はじめに】

今回は『猫の特発性膀胱炎(FIC)』の概要と病態生理について解説します。"特発性"は原因不明の疾患で付けられる呼称です。特発性膀胱炎は臨床現場でよく見かける一方で、まだ分かっていない分野であることから、よく分かっていない獣医もたくさんいるかと思います。今回は飼い主さんだけでなく、獣医師にも是非読んで頂きたい記事になるかと思います。

【猫の特発性膀胱炎(FIC)①】概要と病態生理

【猫の特発性膀胱炎(FIC)②】診断と治療法 

【目次】

 

【イントロダクション】

猫の特発性膀胱炎は慢性的な下部尿路疾患の中では最も発生が多い疾患です。

この疾患は一般的に、猫特発性膀胱炎Feline Idiopathic Cystitis)の頭文字をとってFICと呼ばれています。また、病態が人間の間質性膀胱炎(Interstitial Cystitis)と類似していることから、FICFeline Interstitial Cystitis)と呼ぶこともあります。日本語を使う我々にはあまり必要がない使い分けかも知れませんね(笑)

 

パンドラ症候群
特発性膀胱炎を発症している猫の中には中枢神経系の異常が原因となっている子がいます。こういった猫で見られる尿路疾患のことをパンドラ症候群(Pandora Syndrome)と呼びます。

なぜパンドラ症候群と呼ぶかというと、パンドラ症候群はこのように『実際の膀胱疾患』ではなく、『膀胱に影響を与える何らかの疾患・環境・経験によって起こる結果、生じたもの』であるため、『膀胱炎を見つけると、次々の他の疾患が見つかること』からそう呼ばれているそうです。

『パンドラの箱を開けてしまった結果、次々と災いが世界に出てきてしまった』というギリシャ神話から名前が付けられたそうです。いかにも欧米人が考えそうなネーミングですね(笑)

パンドラ症候群の説明

パンドラ症候群の説明

パンドラ症候群の詳しい話についてはこちらの記事をご参考下さい。

www.otahuku8.jp

 

【最近の疫学】

『膀胱炎の種類』

2014年、アメリカでの報告ですが、病院にかかった1歳以上の猫の約5%を膀胱炎が占めるという報告がありました。

特発性膀胱炎が大半を占める
そして、膀胱炎といっても、原因は多岐に渡ります。膀胱炎の症状を示した猫の原因は複数の文献から報告されている情報を参考にすると、
・特発性膀胱炎:55~73%
・尿石症:10~20%
・尿路感染症:1~25%
・その他:5~20%
になっています。特発性膀胱炎(FIC)が猫の膀胱炎の大半を占めていることが分かります。

膀胱炎の原因

 

『FICの発症を高める因子』

2011年に発表された論文では後ろ向き研究にはなりますが、以下のような結果が出ました。この研究ではFIC発症猫とFIC非発症猫とで症例対照研究を行っています。

FICの発症を高める因子
・肥満
・多頭飼育環境
・怖がりな性格
・知らない人が来ると隠れる性格
・部屋が汚い
・飲水量が少ない
・運動量が少ない
・狩猟行動が十分にできていない
などが非発症群と比較した結果、取られたデータになります。

『下部尿路症状の原因』

これはノルウェーで一次診療に来院した下部尿路症状を示す猫119匹の原因を調査した前向き研究(Prospective study)です。ちなみにこれら119匹の猫のうち34匹(28.5%)の猫で尿道閉塞と診断されています。

原因別の割合
・特発性膀胱炎:65匹(54.6%)
・尿道栓子:25匹(21.0%)
・尿路感染症または尿石症:14匹(11.8%) 

 Only cats sampled by cystocentesis were included in the present study. Of the 119 cats included, 28.6% were diagnosed with obstructive FLUTD. The majority of cats were diagnosed with feline idiopathic cystitis (FIC) (55.5%). Urethral plugs were the second most common diagnosis (21.0%), whereas bacterial cystitis and urolithiasis each were diagnosed in 11.8%.引用文献:Causes of lower urinary tract disease in Norwegian cats

『尿閉と結晶尿の関係』

尿閉を示した雄は尿閉を示さなかった雄と比較して、膿尿や血尿、UPCの上昇などが有意に高く、また尿路閉塞はストルバイト結晶が出現していた症例で有意に多かったです。

この見解は特発性膀胱炎の雄猫におけるストルバイト結晶尿と尿路閉塞の関係性を示唆するものではありますが、一方でストルバイト結晶尿がどのタイミングで発生しているのか、つまり閉塞前なのか、閉塞中なのか、閉塞後なのかははっきりとわかっていません。

 

『尿閉と特発性膀胱炎の関係』

これはドイツで行われた研究で、下部尿路疾患(FLUTD)をもつ猫を302匹を調べた研究です。この研究では下部尿路疾患を引き起こす原因別のデータも出しているのですが、先ほどのノルウェーの研究(Bente K Sævik, 2011)と結果が重複するので割愛します。それよりも、尿閉と特発性膀胱炎の関係についても言及しているので、そちらにフォーカスしていきたいと思います。

この研究では、尿路閉塞は尿路感染症(UTI)の猫よりも特発性膀胱炎(FIC)の猫で顕著に発生していると報告しています。

さらに、尿路感染症や尿路腫瘍の症例と比較し、特発性膀胱炎や尿道栓を認める猫は若齢で、体重が重い猫が多いとも報告しています。

Urethral obstruction was significantly more frequent in cats with FIC than in cats with UTI. Cats with FIC and urethral plugs were significantly younger and had significantly higher body weights than cats with UTI and neoplasia.引用文献:Feline lower urinary tract disease in a German cat population. A retrospective analysis of demographic data, causes and clinical signs

 

特発性膀胱炎、尿道栓症例群の特徴

【病態生理】

『サブスタンスPが関与している?』

特発性膀胱炎を発症している猫では知覚神経機能の変化が起っていることがわかっています。

もう少し詳しくお話しすると、
特発性膀胱炎の膀胱では、知覚神経におけるサブスタンスPの活性が中等度に上昇し、そのサブスタンスPの受容体であるニューロキニン1受容体がアップレギュレートされていることが分かっています。
ちなみに、サブスタンスPとは発痛物質の一つです。

サブスタンスPを抑えてみた
そこで、サブスタンスPと競合するような薬(アンタゴニスト)を用いて、抑えてみようという研究がされましたが、全然的外れな結果になりました。

炎症に反応して上昇してただけ?
どうやら、サブスタンスPは炎症を抑える作用もある可能性が確認されており、特発性膀胱炎で上昇していたのは炎症の重篤下を防ぐために反応して上昇していたという考えに見直されました。 

Using a combined murine allergic inflammation/noise stress model with C57BL/6 mice, we show in this paper that SP--released during repeated stress exposure--has the capacity to markedly attenuate inflammation.引用文献:Substance P is a key mediator of stress-induced protection from allergic sensitization via modified antigen presentation

サブスタンスPに関する実験の流れ

サブスタンスPに関する実験の流れ

 

異常は他にも確認されている
特発性膀胱炎の猫ではサブスタンスPの他に、腰仙髄(L4-S3)にある背側神経節の細胞体にも異常が確認されています(Adrian S, 2005)。

We found that capsaicin (CAPS)-responsive neurons from FIC cats were increased in size, had increased firing in response to depolarizing current pulses and expressed more rapidly inactivating K+ currents. (中略) Neurons from FIC cats also exhibited after hyperpolarization potentials which were on the average 2x slower than those in normal cat neurons.引用文献:Abnormal excitability in capsaicin-responsive DRG neurons from cats with feline interstitial cystitis

 

『ストレス応答システムの異常』

 最近ではストレス応答システムにも異常があるのではと、特定されつつあります。

どうやら、特発性膀胱炎の猫では健常猫と比較し、副腎にある束状帯と網状帯が著しく小さいことがわかってきました。

まだまだはっきりとは解明されていませんが 、母親由来のグルココルチコイドが胎盤を通過し、胎子のACTH放出を妨害させるようなイベントが生じたことが、副腎を小さくさせたことに関与しているのではないかと考えられています。

つまり、妊娠中の母猫で大きなストレスをかけるイベントがあった可能性があるのではないかということです。

Converging lines of research suggest that when a pregnant female is exposed to a sufficiently harsh stressor, the hormonal products of the ensuing stress response may cross the placenta and affect the course of fetal development (Meaney MJ, 2007), resulting in durable changes in brain (Bea R H Van den Bergh, 2005), autonomic (Jones A, 2007), endocrine (Meaney MJ, 2007) and immune function (Merlot E, 2008). 引用文献:Developmental Influences on Medically Unexplained Symptoms

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『環境による不安』

ストレス応答システムを活性化させるものとして大きく二つあり、感染や炎症などの局所的な因子によって末梢性に活性化させるものと、環境的な不安によって中枢性に活性化させるものがあります。

環境的な不安には急性なもの、慢性的なもの、身体的・心理的・社会的なものがあります。これらは猫が快適と感じない環境で飼育されている子で一般的に認められます。臨床的には体温や、心拍数、呼吸数、血圧などを用いて、診断していきますが、なかなか上手に診断をつけるのは困難です。

『カテコラミンの違い』

FICの猫では外的なストレス因子に晒されると血液を循環しているカテコラミン濃度(正確には血漿DOPA濃度を測定し、間接的に評価してます)が上昇してきます(Jodi L Westropp, 2006)。ストレスに晒されている状態が持続するにつれて、増大する傾向にあります。これはα2受容体の感受性の低下が原因である可能性が示唆されています。一方で健常猫ではストレスに対応するにつれて、血漿カテコラミン濃度は減少傾向を示します。

こういった視点からも、FIC発症猫とそうでない猫ではストレスに対する体の反応が大きく異なることがわかります。

The increase in plasma dihydroxyphenylalanine concentration suggests that there may be stress-induced increase in the activity of tyrosine hydroxylase, which catalyzes the rate-limiting step in catecholamine synthesis.引用文献:Evaluation of the effects of stress in cats with idiopathic cystitis

 

『心理的ストレスと身体の関係』 

心理的ストレスと炎症
人では有名な話ですが、慢性的な心理的ストレスは全身性の炎症を引き起こすことが知られています。 これは猫でも同様のことが起こると言われており、ストレス時の体調不良に起因すると考えられています。

具体的な体調不良とは
体調不良として挙げられるのは、
・嘔吐
・下痢
・排尿の失敗
・食欲不振 
・元気消失
・活動量の低下
などです。

中でもよくある症状
こういった特発性膀胱炎の猫でよくある症状というよりは、飼い主さんが来院される理由は『食欲不振』と『排尿の失敗』です。

食欲不振としては「最近、全体的に食欲が落ち、好き嫌いをするようになった」と言われることが多いです。

排尿の失敗としては「トイレで排尿をしない」「トイレ以外の場所でお漏らしするようになった」など言われます。

【最後に】

今回は『猫の特発性膀胱炎(FIC)』の概要と病態生理について解説しました。FICは単なる膀胱炎ではないことがわかりました。膀胱炎を起こす根本原因として、ストレスや心理的な不安があり、FICの猫ではそれらのストレスを上手く処理する力がないようです。

【本記事の参考書籍】

Spencer A. Johnston ; Karen M. Tobias : veterinary surgery small animal. 2nd ed., ELSEVIER, 2017, 2016-2019p

 

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