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【肺水腫】①肺が溺れる怖い病気 ~概要と病態生理~

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【はじめに】

今回は『肺水腫』について解説していきたいと思います。肺水腫とは肺胞に液体が溜まった呼吸がしにくくなる怖い病気です。通常肺水腫には心臓由来によるものとそうでないもので心原性肺水腫と非心原性肺水腫に大別されています。今回は心臓由来ではない肺水腫(非心原性肺水腫)について解説していきます。

 

【目次】

 

【肺水腫の概要】

『肺水腫が起こる状況とは』

肺水腫はそれ自体が病気ではなく、何かしらの疾患があっての結果として見られる病変です。

肺水腫が起こる状況
・静水圧の上昇
・膠質浸透圧の低下
・リンパ液排泄の障害
・血管透過性の亢進
・間質への液体貯留
体の中でこのような状況が作られる際に肺水腫が発生します。

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『肺胞内に液体がたまると…』

肺胞内に液体が貯留すると、『換気血流比不均衡』に引き続いて『低酸素血症』が起こります。

換気血流比不均衡とは
肺胞周囲に走る毛細血管からは一回の呼吸で換気(酸素を取り込み、二酸化炭素は排出すること)できる量というのは決まっています。換気血流比とは肺循環血流量(V)に対する肺胞換気量(Q)の比のことを言い、比が1になるのが理想的です。

しかし、肺胞内に液体が貯留し、十分な換気量を得ることができなくなると比にバラツキが見られ始めます。換気血流比不均衡とはガス交換効率の低下した状態を言います。

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低酸素血症とは
低酸素血症とは動脈血中の酸素濃度が低下した状態を言います。肺での換気能が低下した可能性が一番に考えられます。

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肺は水腫ができにくい
肺水腫のように肺胞内に液体が溜まるとガス交換効率が低下し、低酸素血症が起こります。低酸素血症は『酸欠』と同じ状態でとても危険です。そういった危険な状態に頻繁になっていては生命を維持することが大変です。幸い、肺という臓器は他の臓器と比べて水腫ができにくくなっています。

【病態生理から見る、心原性・非心原性肺水腫】

『正常時の肺胞と体液の流れ』

肺胞の解剖学

肺胞は外側から毛細血管、毛細血管周囲の間質、肺胞腔という構造になっています。肺胞腔を構成する肺胞上皮細胞は各細胞同士がタイトジャンクション(密着結合)と呼ばれる結合様式をとっており、正常時では肺胞腔内への液体流入を防いでいます。

体液の流れ
スターリングの方程式に従って、体液は毛細血管から間質へ少量ずつ流れ込んでいます。流れ込んだ液体はタイトジャンクションで強固に結合した肺胞上皮細胞によって肺胞腔内への流入が阻まれます。

そのため、行き場をなくした液体は肺胞上部の気管支周囲間質へと移動し、こちらの方でもまたスターリングの方程式に従ってリンパ管へと吸収されています。

 

『心原性??非心原性??、何それ』

肺水腫はその原因から『心原性(Cardiogenic)』『非心原性(noncardiogenic)』の2つに大別されます。この2つの分類はとても大切です。なぜなら、同じ肺水腫であっても、これら2つは治療方針が異なるからです。

「発生機序」

心原性肺水腫の発生機序
読んで字のごとく、心原性とは心臓が悪いことが原因で起こる肺水腫のことを言い、主に左心不全に関連した肺静水圧の亢進によって起こります。

もう少し砕いて言うと、
心臓が弱ると血液を体循環に送ることができなくなります。すると肺から心臓へ入ってくる血液量と心臓が体循環に送れる血液量にギャップが生まれ、徐々に肺血管ではうっ血状態となってきます。うっ血状態は肺静水圧の上昇に繋がります。よって冒頭で説明した肺水腫の起こりやすい状況が作られてしまうのです。

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非心原性肺水腫の発生機序
非心原性は心臓以外の原因で肺胞内に液体が貯留するものです。その原因は炎症などによって肺胞周囲を走行する毛細血管の内皮細胞が破壊されて起こることがほとんどです。

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「貯留する液体の性状」

心原性肺水腫の液体の性状
毛細血管の静水圧亢進が原因で起こる肺水腫では毛細血管内皮の透過性に変化は認められません。そのため、低タンパク質な液体が貯留しています。

非心原性肺水腫の液体の性状
非心原生肺水腫のほとんどの場合は先ほどと異なり、肺を直接的あるいは間接的に傷つけ、毛細血管内皮の透過性を変化させます。そのため、細胞成分や血漿蛋白など多く含まれる高タンパク質な液体が貯留します。

高タンパク質な液体は膠質浸透圧勾配を変化させ、液体の流れる方向を変化させます。

 

低酸素血症の発生機序
肺水腫は心原性、非心原性ともに肺胞内で液体が貯留していますが、このように肺水腫の状態になると、肺の生理的な機能は低下します。空気の通り道である気管支なども水腫によって圧迫されるので、呼吸もしづらくなります。さらには血管抵抗性も上がることが報告されています。

【低酸素血症の発生機序】
・肺胞腔内に液体が貯留すること
・水腫によって気道が圧迫され、新鮮な空気が通りにくくなること
・水腫によって血管も圧迫され、血管抵抗性が上がる(血流が悪くなる)こと
これらの因子が絡み合い、『換気血流比不均衡』が生じることで低酸素血症になってしまいます。

「肺水腫が治っていく流れ」

肺胞内の液体を除去する方法
肺胞内に溜まった液体を除去するには血管内皮細胞や基底膜を通過して、管腔表面から移動していくナトリウム(Na)やクロール(Cl)が重要になってきます。これらの電解質が血管内へ戻っていくことで、肺胞内の水分も一緒に血管や間質へと移動していきます。

非心原性の方が治りにくい
肺胞腔内の液体が除去されるには『塩分(NaCl)』の移動がまず必要だというお話をしました。これらは基底膜や血管内皮細胞を通過して戻っていくのですが、非心原性肺水腫のように血管内皮細胞の透過性が上昇することで起こる肺水腫の場合、浸透圧勾配のことを考えても塩分が血管内へ戻りにくい環境になっています。そのため、心原性よりも治療が長期化しやすいです。

【非心原性肺水腫の原因】 

『原因一覧』

非心原性肺水腫を起こす原因一覧
・神経原性肺水腫(NPE : Neurogenic Pulmonary Edema)
・上部気道閉塞後の肺水腫
・ARDS(急性呼吸窮迫症候群)
・直接的な肺傷害
・低アルブミン血症
・リンパ液の排出障害
・その他

『低アルブミン血症』

低アルブミン血症で肺水腫ができる機序
重度の低アルブミン血症(<1.5 g/dL)になると血液中の膠質浸透圧が低下し、血管周囲の間質へ水分が移動することで肺水腫になります。

実は肺水腫なりにくい
低アルブミン血症は肺水腫の原因になりますが、肺胞腔内に水が貯まるまで進行することは稀です。というのも、肺胞上皮細胞はタイトジャンクションによって液体が侵入しづらくなっていることに加え、肺胞周囲間質に貯まった液体は細気管支周囲の間質へ移動し、リンパ管へ吸収されるからです。こういった解剖学的な仕組みによって低アルブミン血症では肺水腫は見られにくくなっています。

 

腹水、胸水、末梢浮腫に注目
低アルブミン血症で注目すべきは腹水胸水、手足などの末梢浮腫が最優先となるでしょう。血漿の膠質浸透圧の低下は体腔貯留液の産生に繋がります。

『リンパ液の排出障害』

リンパ液の排出障害とは
間質内の液はスターリングの方程式に従って、間質からリンパ管内へと吸収されます。そしてリンパ液として流れていきます。
肉芽腫や腫瘍によってリンパ管が閉塞してしまったり、リンパ管炎によってリンパ管が傷ついてしまと、リンパ液の排泄が上手くいかず、リンパ液の排泄障害が起こります。

肺水腫の発生機序
間質からリンパ管への吸収が行われなくなり、毛細血管から流入する組織液で間質はいっぱいになります。この状態が持続すると、やがて肺胞腔内にも液体が流入してきます。

リンパ管閉塞では肺水腫になるより…
腫瘍や肉芽腫によってリンパ管が閉塞してしまった場合、肺水腫になることもありますが、メジャーな病変ではありません。メジャーな病変として挙げられるのが『乳び胸』です。乳び液が胸腔内に貯まってしまう病変です。

『神経原性肺水腫(NPE)』

神経原性肺水腫とは
神経原性肺水腫(以下:NPE)は中枢神経疾患に続発する非心原性肺水腫の1つです。

NPEの発生機序
NPEによってどのように過程を経て肺水腫が起こるのかは完全には解明されていません。現在、考えられている機序は2つあります。

1つ目は中枢神経疾患による交感神経の過緊張で、体血管と肺血管が収縮し、血管静水圧が上昇すること。
2つ目が、炎症や神経物質放出によって血管透過性が上昇すること。これら2つの原因でNPEが起こると言われています。

NPEになりやすい原因疾患
・頭部外傷
・てんかん
・脳腫瘍
・感電(電気ショック)

『ARDS(急性呼吸窮迫症候群)』

ARDSとは
ARDSとは Acute respiratory distress syndrome の頭文字をとった略称で、『先行疾患によって急性の炎症や水腫を発症した結果、呼吸不全に陥る疾患をまとめたもの』を言います。

ARDSを引き起こす先行疾患とは
ARDSでは肺への損傷が原因とされています。肺を傷つける原因は『直接的損傷』と『間接的損傷』の2つに大別されます。

【直接的損傷の疾患】
・細菌性肺炎
・誤嚥性肺炎
・肺葉捻転
・煙の吸引(火事などで)
・寄生虫性肺炎
・肺挫傷
・過酸素症

【間接的損傷の疾患】

間接的損傷とは文字どおり、肺への直接的に損傷を与えるもの以外のもののことを指します。
・敗血症
・ショック
・重度の膵炎
・バベシア症
・パラコート中毒
・腸捻転や脾捻転
・パルボウイルス性腸炎
・尿毒症
など

『ARDSの診断基準、ベルリン定義』

ベルリン定義とは
ベルリン定義(Berlin Definition)とは2012年に発表されたARDSの新たな定義で、現在、人間の医療ではARDSの定義はこれが最新の定義とされて使用されています。

Using a consensus process, a panel of experts convened in 2011 (an initiative of the European Society of Intensive Care Medicine endorsed by the American Thoracic Society and the Society of Critical Care Medicine) developed the Berlin Definition, focusing on feasibility, reliability, validity, and objective evaluation of its performance. 引用文献:Acute Respiratory Distress Syndrome The Berlin Definition

 

ベルリン定義の内容
ベルリン定義ではARDSを『3つ(①タイミング ②胸部画像 ③水腫の原因)の特徴』『酸素化障害の重症度』によって分けています。詳しくは以下の表になります。

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動物のARDSで使用できるのか
ベルリン定義は人のARDSの診断方法で、動物までカバーしているわけではありません。しかし、獣医療におけるARDSの診断基準は明確化されておらず、人医療の後追いという形になることが予想されています。

 

【最後に】

今回は『肺水腫の概要と病態生理』について解説しました。非心原性肺水腫を中心にお話ししましたが、肺水腫の原因はたくさんあることがわかりました。特に非心原性肺水腫ではARDS(急性呼吸窮迫症候群)が重要な問題となりがちです。

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017,  1119-1121p

 

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