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【犬猫の重症筋無力症】最近すぐに疲れてないですか?

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【はじめに】

今回は『重症筋無力症』についてです。重症筋無力症という病気をご存知ですか?この病気は神経から伝達された指令が筋肉でキャッチできなくなり、筋肉が動かせなくなっていく病気です。後天性のものと先天性のものがあります。

今回は重症筋無力症を理解する上でとても大切な神経筋接合部の解説から後天性重症筋無力症と先天性重症筋無力症について解説をしていきたいと思います。

 

【目次】

 

【基礎知識として、神経筋接合部とは】

『定義』

神経筋接合部を構成するもの
神経筋接合部(NMJ:Neuromuscular junction)は『シナプス前末端(運動神経の神経終末)』、『シナプス間隙』、『シナプス後膜(骨格筋細胞の終板)』3つの領域によって構成されています。

アセチルコリン=神経伝達物質
神経伝達は神経伝達物質であるアセチルコリン(ACh)を介して、シナプス前末端からシナプス後膜へと一方通行に行われます。

神経筋接合部は運動単位の一役を担う
神経筋接合部(NMJ)は運動単位を構成するいくつかのコンパートメントの一つであり、NMJが障害を受けている患者では下位運動ニューロン疾患も併発して見られます。
※運動単位:1つの前角細胞と軸索に支配される筋繊維群の呼称
※下位運動ニューロン:運動神経のこと。筋肉などの効果器を支配している神経

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『機能』

脊髄の前角運動神経内で発生する活動電位は末梢へ下っていく運動神経繊維へと伝わっていきます。シナプス前末端ではアセチルコリンを大量に含んだ袋『通称:シナプス小胞』と呼ばれるものが待機しており、活動電位の発生によって発起された脱分極に反応し、シナプス小胞はシナプス間隙へと放出されます。

放出の仕方
放出の仕方は『開口分泌』で行われます。AChを大量に含んだシナプス小胞がシナプス前膜へと結合し、中に入っているAChがシナプス間隙へと流出していきます。この一連の流れにはカルシウムが共因子として重要な役割を担っています。

シナプス間隙内でのAChの動き
シナプス間隙内へ放出されたAChはシナプス後膜にあるACh受容体に結合します。AChがACh受容体に結合すると、筋収縮が起こります。

このようにして、神経から筋肉を動かすように命令が伝わり、筋肉が収縮するという流れになっています。その重要な役割としてアセチルコリンがあり、アセチルコリン受容体があるわけです。

受容体結合後のAChの動き
ACh受容体に結合した後、アセチルコリン(ACh)は受容体から離れ、シナプス間隙内を浮遊します。シナプス間隙内にいるAChはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)と呼ばれる酵素によって分解され、再びシナプス前終末へと吸収されます。

実は必要以上の活動電位が発生している
通常の運動単位では筋収縮に必要な活動電位を得るだけのアセチルコリンもアセチルコリン受容体を遥かに超えて存在していることが分かっています。

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【後天性重症筋無力症について】

『病因と好発品種について』

概要
後天性重症筋無力症は神経筋接合部にあるニコチン性アセチルコリン受容体(AChR)に対する自己抗体が産生されることで起こる自己免疫疾患です。

発生機序
これらの自己抗体はAChRを破壊し、機能できる受容体を減少させます。その結果、シナプス間隙に放出されたアセチルコリン(ACh)は筋細胞膜にあるアセチルコリン受容体に十分な量を結合させることができなくなります。

アセチルコリンの伝達によって、骨格筋は収縮するので、その伝達がうまくいかないと筋肉は動かなくなります。骨格筋は徐々に衰弱していきます。

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好発年齢
後天性重症筋無力症は4歳未満と9歳以上での発生が多く、好発年齢は二峰性(bimodal)に分布しています。

好発品種について
犬では以下のような品種で発生が多いと言われています。
・秋田犬
・ジャーマン・ショートヘアード・ポインター
・チワワ
・ジャーマン・シェパード
・ゴールデン・レトリバー
・ニューファンドランド

一方で、猫では後天性重症筋無力症の発生自体が稀です。好発品種としてはアビシニアンソマリなどが挙げられます。

 

『後天性重症筋無力症の分類』

後天性重症筋無力症は"全身性"、"重症劇症"、"焦点性"の3タイプに分類されます。

「全身性重症筋無力症」

どのような症状を示すのか
全身性重症筋無力症の患者は安静時には神経学的試験では異常が認められません。しかし、ちょっとした運動の最中に後肢の歩様がおかしくなります。この時に見られる異常な歩様を"stilted gait"と呼びます。日本語訳は分かりませんでしたが、イメージとしては膝を伸ばしたまま歩くような感じです。足がつっぱるような感じです。運動を続けていると、前肢にまで"stilted gait"が現れるようになります。

眼瞼反射は弱くなってきます。なお、脊髄反射は正常なままです。

咽頭や喉頭の機能不全によって、流涎症は発声障害が見られる場合もあります。

巨大食道症との関係
全身性重症筋無力症の犬では巨大食道症を併発していることがよくあり、吐出などの症状が認められます。一方で、猫では巨大食道症を併発していることはあまりないようです。

The most common clinical signs were generalized weakness without megaesophagus and weakness associated with a cranial mediastinal mass. 引用文献:Risk factors for acquired myasthenia gravis in cats: 105 cases (1986-1998).

 

首のうなだれとの関係
頸部の筋力が低下することで、首を持ち上げることができず、頭が下を向くような姿勢をとる症状です。こちらは犬よりも猫で多く見られる症状です。重症筋無力症の猫8匹を用いた研究では8匹中2匹(25%)の猫で『首の脱力』が報告されました。 

Cats 2,5,6, and 7 were examined because of episodic weakness characterized by gait abnormalities, voice change (cats 2 and 6), neck ventroflexion (cats 5 and 7), and regurgitation (cat 6). 引用文献:Myasthenia gravis in the cat.

 

「重症劇症型重症筋無力症」

よく見られる症状
重症劇症型の重症筋無力症は突発的かつ急速に進行していきます。 このタイプの患者では四肢麻痺による歩行困難で、寝たきりになってしまいます。脊髄反射は認められる場合も消失している場合も両方考えられます。

その他の症状
巨大食道症に関連した吐出も頻繁に認められ、誤嚥性肺炎も起こります。呼吸筋が弱ってきたり、膀胱周りの筋肉をうまく動かせずに尿閉になったりと病変は多岐に渡ります。

胸腺腫との関連
胸腺腫は重症劇症型との強く関連しており、胸腺腫の犬や猫ではこのタイプの重症筋無力症を発症しやすいということが分かっています。

「焦点性重症筋無力症」

焦点性重症筋無力症はその名の通り、一部の筋肉群のみが発症します。眼球や顔面、食道、喉頭、咽頭を動かす筋肉に病変が見られるため、その筋肉群が担う役割に応じた障害が認められます。

一般的には吐出や摂食困難、発声困難、斜視などが見られます。全身性の症状は認められません。

『診断方法』

「血液検査」

血液検査の結果に異常は見られません。誤嚥性肺炎を起こしている場合は炎症を示唆する所見が確認されます。

とはいえ、血液検査を行う理由としてはスクリーニング検査が主な目的になります。重症筋無力症のように神経や筋肉に何かしらの病変を疑う際、重症筋無力症以外の疾患が隠れていないかを精査しておく必要があります。

例えば、低カルシウム血症や甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症、多発性筋炎などが挙げられます。

 

「画像診断」

レントゲン検査/CT検査
レントゲン検査やCT検査で行わなければならないのは、
・胸腺腫が見られないか
・巨大食道症はないか
・誤嚥性肺炎は起きていないか
を重点的にチェックします。

腹部超音波検査
超音波検査では後天性重症筋無力症を誘発しやすい腫瘍がないかをスクリーニング検査します。

「血清抗AChR自己抗体の検出」

王道の検査方法
血清中にAChRを破壊する自己抗体が含まれているかを調べる検査です。この検査は重症筋無力症のゴールドスタンダードな診断方法として知られています。

自己抗体は種特異的なもの
種間での交差反応が起こる場合もありますが、AChRに対する自己抗体は種特異的なものです。このことから、犬なら犬の、猫なら猫の、アッセイシステムを使用します。
自己抗体抗体価の高低差は臨床症状の重篤さに関与しないとされていますが、特定の患者では抗体価が低いことと臨床症状の改善の程度は相関があるという報告もあります。

A positive AChR antibody titer, however, is not predictive of the degree of weakness. Within an individual, AChR antibody levels correlate with the disease severity, but antibody levels between patients are highly variable and do not correlate well with severity. 引用文献:Routine and specialized laboratory testing for the diagnosis of neuromuscular diseases in dogs and cats

 

診断精度
種特異的抗AChR自己抗体の測定を行うと全身性重症筋無力症の犬の約98%で検出できるというデータがあります。他には焦点性重症筋無力症の症例では抗体価がやや低値を示すことも分かっています。

自己抗体が陰性になる場合もある
重症筋無力症の発生初期であったり、すでにコルチコステロイドによる免疫抑制がかけられている場合は自己抗体の検出ができず、陰性を示す場合があります。

Antibody titers may also be negative early in the course of disease and retesting is suggested if clinical signs were recent in onset. Immunosuppressive therapy for longer than 7–10 days will lower antibody titers, so a pretreatment blood sample is advisable. 引用文献:Routine and specialized laboratory testing for the diagnosis of neuromuscular diseases in dogs and cats

 

陰性が出た場合の診断方法
血清抗AChR抗体の測定はゴールドスタンダードな診断方法はあるものの、陰性が出た場合もあります。陰性が出た場合に臨床症状から重症筋無力症の可能性が判断できる場合は以下のような方法で診断を行ってみます。

・神経刺激を繰り返し、CMAP(複合活動電位)の減弱が認められるかを測定する

・抗コリンエステラーゼを投与によって、四肢の筋肉虚脱が一時的に正常化されるか

これらを用いて確定診断を行います。

 

「テンシロンテスト」

テンシロンテストとは
超短期作動型コリンエステラーゼ阻害剤であるエドロホニウム(edrophonium)を投与し、一時的かつ劇的に臨床症状が改善するかを調べる試験のことを言います。

エドロホニウムの作用について
エドロホニウムは超短期作動型コリンエステラーゼ阻害剤です。冒頭でお話しした通り、シナプス間隙に放出されたアセチルコリンはコリンエステラーゼによって分解され、シナプス前終末へと再吸収されます。この薬はコリンエステラーゼを阻害することで、神経筋接合部のシンプス間隙にアセチルコリンを停留させ、神経伝達を促進させます。

投与された動物は
コリンエステラーゼ阻害剤を投与された動物は数秒後には臨床症状が大きく改善します。そして、数分間効果は持続した後に元の状態へと戻ります。

エドロホニウムは特異的な薬ではない
エドロホニウムは重症筋無力症に特異的な薬ではなく、そのほかの神経筋疾患を有する動物でも臨床症状の改善が認められます。

そのため、「コリンエステラーゼ阻害剤を投与→症状が改善→重症筋無力症だ!」と断定的に診断を進めれば誤診につながる恐れがあるので、注意しましょう。

コリン作動性クリーゼの脅威
エドロホニウムによって、アセチルコリン受容体が過剰に刺激されると『コリン作動性クリーゼ』と呼ばれる緊急性のある副作用が認められる場合があります。

コリン作動性クリーゼの症状
・虚脱
・唾液分泌過多
・震え
・嘔吐
・徐脈
・気管支収縮
・呼吸困難
などが認められます。

エドロホニウムを投与したあとはこれらの症状が出ていないかを必ず注意してみておく必要があります。
心配ならば、抗コリン作動薬であるアトロピンと呼吸困難を起こした時にいつでも挿管できるように気管チューブの準備をしておくと良いです。

『治療法』

「重症筋無力症の治療で目指す2つの目標」

後天性重症筋無力症の治療では2つの目標があります。1つ目が『ACh受容体数の枯渇に対応するためにシナプス間隙内で利用できるAChの量を増やすこと』であり、2つ目が『ACh受容体を攻撃する自己抗体を減らすこと』です。これら2つの目標を目指して治療を進めていきます。

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「コリンエステラーゼ阻害剤の使用」

コリンエステラーゼ阻害剤の作用
ピリドスチグミン臭化物ネオスチグミンのようなコリンエステラーゼ阻害薬は治療の柱となります。これらはシナプス間隙でアセチルコリンの分解に関与するコリンエステラーゼを阻害することで、アセチルコリン濃度を上げます。一つ目の治療目的に準ずる治療です。

ネオスチグミンについて
ネオスチグミンは筋肉注射をする薬で、重症筋無力症によって摂食困難や頻回吐出を行う動物で使用される薬です。入院動物で使用されます。

コリンエステラーゼ阻害剤の副作用
・徐脈
・唾液分泌過多
・嘔吐
・下痢
・筋痙攣
・虚弱
などが認められます。

ただし、これらの症状は本当に副作用によって起こっているとは限らず、重症筋無力症が重症化して見られる症状の可能性もあります。これらの鑑別は難しいので慎重に行う必要があります。

「免疫抑制剤の使用」

シクロスポリンやミコフェノール酸モフェチル(MMF)、アザチオプリンなどの免疫抑制剤は後天性重症筋無力症で頻繁に使用されます。これらの薬は循環する自己抗体を減らすことで重症筋無力症の治療に貢献します。2つ目の目標に準ずる治療法です。 

ミコフェノール酸モフェチル(MMF)の効果について
近年の研究で、MMF+ピリドスチグミン併用療法とピリドスチグミン単剤療法で生存期間や寛解率に有意差がないという報告があります。MMFの使用が果たして有効なのかは明確ではありません。

12 dogs were treated with PYR, and 15 were treated with MMF + PYR. Mortality rates were 33% (PYR) and 40% (MMF + PYR). There was pharmacological remission in 5 and 6 dogs in the PYR and MMF + PYR groups, respectively. No significant differences were detected between treatment groups for remission rate, time to remission, or survival time. 引用文献:Mycophenolate mofetil treatment in dogs with serologically diagnosed acquired myasthenia gravis: 27 cases (1999-2008).

 

「コルチコステロイド使用上の注意」

コルチコステロイドも重症筋無力症の治療で効果的です。しかし、誤嚥性肺炎の患者では注意して使用する必要があります。

コルチコステロイドの副作用のとして『筋肉分解による糖新生の亢進』があります。これによって筋虚弱が助長される可能性もあります。そのほかにもステロイドの副作用について注意が必要です。

「免疫調整療法もある」

重症筋無力症患者において、『血漿浄化療法』や『免疫グロブリン療法』などが使用されることがありますが、こちらはまだ十分な研究が進んでいないため、今後に期待されます。

 

【後天性重症筋無力症の予後】

後天性重症筋無力症は新生物を持っていない場合は予後良好で88.7%の犬で自然寛解が見られたという論文もあります。

Spontaneous clinical and immunologic remission occurred in 47 of 53 dogs within an average of 6.4 months. Neoplasia was identified in the six dogs that did not spontaneously remit.引用文献:Spontaneous remission in canine myasthenia gravis: implications for assessing human MG therapies.

 

【先天性重症筋無力症について】

『先天性重症筋無力症になりやすい犬種』

・ジャック・ラッセル・テリア
・スムース・フォックス・テリア
・スプリンガー・スパニエル
・サモエド
・ミニチュア・ダックスフンド
・オールド・デーニッシュ・ポインター
・その他:ミックス犬や猫でもある

アセチルコリン受容体の数が少ないのでは?
これらの犬種ではアセチルコリン受容体の数が少ないのではないかと推測されており、ジャック・ラッセル・テリアスプリンガー・スパニエルミニチュア・ダックスフンドでは受容体の枯渇が記されています。

Thus, a low density of AChR in the muscle's postsynaptic membrane appears to be the principal abnormality of CMG. 引用文献:Congenital canine myasthenia gravis: I. Deficient junctional acetylcholine receptors

 

好発年齢
この疾患は約6~9週齢で発生するのが一般的です。

『診断・治療・予後について』

確定診断を行うには
先天性重症筋無力症を診断するには決して簡便なものではありませんが、筋肉バイオプシーによってACh受容体の量を調べることで診断できます。

 

治療・予後
ピリドスチグミンやネオスチグミンなどのコリンエステラーゼ阻害剤が治療の基本となります。しかし、長期的な目で見るとほとんどの犬種で、治療コントロールに失敗しているという報告があります。

どうやら、後天性重症筋無力症とは異なり血清でアセチルコリン受容体抗体が検出できないようです。さらに、筋肉バイオプシーを行ったところ、筋肉内のアセチルコリン受容体の量が非罹患群と比較して25%未満だったという報告があります。

However, in contrast to acquired myasthenia gravis, antibodies directed against acetylcholine receptors were not demonstrable in serum and were not bound to acetylcholine receptors in muscle. Despite lack of complexing with immunoglobulin, the amount of acetylcholine receptor protein in biopsied external intercostal muscles from 9 affected pups was less than 25% of the amount in 5 unaffected littermates. 引用文献:Congenital myasthenia gravis in 13 smooth fox terriers.

しかし例外の犬種もいる
ミニチュア・ダックスフンドとオールド・デーニッシュ・ポインターに関しては自然寛解が見られたり、症状が軽度になるといった比較的良好な予後を辿るという報告が上がっています。

 

【最後に】

今回は『重症筋無力症』について解説しました。重症筋無力症とは神経筋接合部に存在するACh受容体が自己抗体によって破壊される疾患です。この受容体は筋収縮の指令伝達に必須であり、破壊されると筋肉の収縮ができなくなります。症状として歩行困難や巨大食道症などが認められます。診断方法は血清抗AChR自己抗体の検出やテンシロンテストなどがあります。治療法はACh濃度を上げることと自己抗体を減らすことの二本柱で攻めて行くことになります。

 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017,  1456-1459p

 

【関連疾患】

『重症筋無力症で起こりやすい疾患』

巨大食道症

www.otahuku8.jp

誤嚥性肺炎

www.otahuku8.jp

 

『重症筋無力症を発症しやすい疾患:胸腺腫』