オタ福の語り部屋

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【胸腺腫】胸の中にできる腫瘍

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【はじめに】

今回は『胸腺腫』についてです。

胸腺という器官は知っていますか?あまりメジャーではない器官なので聞いたことがない方もいらっしゃるかと思います。胸腺とは免疫細胞の一つであるT細胞性リンパ球を成熟させる器官です。今回は胸腺が腫瘍化した胸腺腫についてお話しします。

 

【目次】

 

【胸腺とは】

胸腺とは前縦隔(胸骨の裏側、心臓の頭側)に存在していて、T細胞性リンパ球と呼ばれる白血球を分化させ、成熟させている場所です。ここではT細胞性リンパ球の負の選択と正の選択も行なっています。

幼若な動物では割と大きく、確認することが容易ですが、成長するに連れて萎縮し、脂肪組織へと置換されていきます。

胸腺腫瘍とは
胸腺上皮由来の腫瘍細胞で、病理組織学的に異型度の低い良性なものを『胸腺腫』、異型度の高い悪性なものを『胸腺癌』と呼びます。

【胸腺腫の概要】

『胸腺腫の発生とリスク因子』

胸腺腫は前縦隔で発生する腫瘍では最も多い腫瘍で、リンパ腫がその次に多い腫瘍です。とはいえ、腫瘍全体の発生数で見てみると、発生数は少なく稀な腫瘍とされます。

胸腺腫の好発年齢
胸腺腫はどの年齢でも発生する可能性はありますが、高齢動物での発生の方が多いようです。犬では9歳、猫では10歳が発生年齢のピークです。

好発品種
好発品種はいないようです。

性差
胸腺腫の発生のしやすさは性別によって関係ないようです。

リスク因子
現在報告されているリスク因子はありません。

『用語の説明』

病理学的な呼称
先ほど病理組織学的に良性のものを『胸腺腫(Thymoma)』とし、悪性のものを『胸腺癌(Thymic carcinoma)』と呼ぶというお話をしました。これらの呼称は病理組織学的に良性・悪性を判別するためのものであり、臨床的な良性・悪性を含意しません。臨床的な良性・悪性とは浸潤力の強さや切除のしやすさなどを意味しています。

臨床的な呼称
では、臨床的な良性・悪性を含意した胸腺腫の呼び名はというと『良性胸腺腫(benign thymoma)』と『悪性胸腺腫(malignant thymoma)』があります。これらは局所浸潤性の強さと切除可能かなどで臨床的な視点・指標によって分類されています。

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『遠隔転移について』

犬の胸腺腫では遠隔転移の報告がほとんどありません。猫でもほとんど遠隔転移はないようですが、ある論文では嚢胞性胸腺腫の約20%は転移が見られるという報告あります。嚢胞性胸腺腫を患う猫、14匹のうち3匹(21.4%)で転移が見られたそうです。ただ、データ数が少ないので、過信には注意が必要です。

Three of the cats had metastasis to the lymph nodes and lungs. 引用文献:Feline cystic thymoma: a clinicopathologic, immunohistologic, and electron microscopic study of 14 cases.

 

『胸腺に発生する新生物、鑑別すべきもの』

胸腺に発生したからといって全てが胸腺上皮由来の胸腺腫とは限りません。胸腺に発生の報告がある腫瘍や新生物について列挙します。

胸腺発生する腫瘍・新生物
・胸腺腫
・リンパ腫
・異所性甲状腺腫瘍
・気管支嚢胞
・肉腫(稀)
・腫瘍の転移
 などが挙げられます。

【症状について】

胸腺腫で見られる症状の多くは、胸腺腫があることによる圧迫や閉塞から起こります。

『胸腺腫による症状』

一般的によく見られる症状
・虚脱
・発咳
・呼吸促迫
・呼吸困難
などが挙げられます。

そのほかの症状
そのほかに多く見られるわけではないですが『前大静脈症候群(cranial vena cava syndrome)』という疾患を引き起こすことがあります。この疾患は胸腺腫によって、前大静脈が閉塞され、顔や首回り、前肢に浮腫ができてしまう疾患です。

『腫瘍随伴症候群』

胸腺腫をもつ犬や猫では腫瘍随伴症候群の発生が多く見られ、犬では67%がほど見られると言われています。

具体的な症状
・重症筋無力症
・剥脱性皮膚炎
・多形紅斑
・高カルシウム血症
・T細胞性リンパ球増加症
・貧血
・多発性筋炎
などなどが挙げられます。中でも一番重要なのが『重症筋無力症』です。

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重症筋無力症と胸腺腫について
胸腺腫をもつ犬や猫では重症筋無力症を併発することがしばしば報告されています。重症筋無力症では筋肉への神経伝達がうまく行えず、筋収縮ができなくなる病気です。この病気で注意しなければいけないのが『巨大食道症に伴う誤嚥性肺炎』です。食道をうまく収縮できないため、食塊を胃まで運搬ができず、誤嚥してしまいます。

巨大食道症についてはこちら

 

【診断方法】

『身体検査』

前縦隔に大きな腫瘤ができていると前大静脈が圧迫するので、顔や首、前肢がむくんできます。こういった前大静脈の圧迫によって身体の前部がむくんでくる疾患を『前大静脈症候群』と言います。

『聴診』

肺音
胸腺腫の時、胸腺腫やそれに伴う胸水の貯留によって、肺の位置がズレてしまい、肺音が聞こえないあるいは弱くなります。

心音
心臓の変位も認められる場合があります。腹側から聴診器を当ててみて、聞こえない場合は背側に当てると聞こえるかもしれません。

『血液検査』

CBCは正常なことが多い
血液検査(CBC)の異常が認められることは通常あまりありません。しかし、貧血や続発性の血小板減少症、リンパ球増加症が認められるケースもあります。

高カルシウム血症の可能性
胸腺腫での高カルシウム血症は少ないですが、起こることは報告されています。

ただ、
・胸腺に腫瘍
・高カルシウム血症
ということの二つの検査所見がある場合に最も疑われるのは『縦隔型リンパ腫』です。

この二つの鑑別は必ず行うべきです。そして、逆をいうと、高カルシウム血症があるからといって「胸腺腫ではなく、縦隔型リンパ腫だ」という診断はできませんし、やってはいけません。どちらも高カルシウム血症が発症する可能性があることは間違い無いので。

共に、PTHrPの過剰分泌が原因で高カルシウム血症を示すとされています。

『レントゲン検査』

胸部レントゲン検査では、
・腫瘤の存在
・胸水
・心臓の変位
などを確認することができます。

さらに巨大食道症を疑う所見が見られる場合もあります。前述した通り、この巨大食道症は胸腺腫で続発しやすい重症筋無力症によるものです。

さらにさらに、巨大食道症で問題となる臨床症状は『吐出』と『誤嚥』です。誤嚥によって食物が肺へ入ると誤嚥性肺炎を引き起こします。その様子はレントゲン検査では肺胞・間質パターンなどで見て取れます。

ちなみに重症筋無力症を疑ったら…
重症筋無力症は血清抗アセチルコリン受容体抗体(通称:抗AChR抗体)の測定を行うことで診断を行います。アセチルコリン受容体は神経筋接合部の後シナプス膜上に存在しており、アセチルコリンが結合すると筋収縮を作動させる役割があります。重症筋無力症の患者ではこのアセチルコリン受容体を攻撃する抗体が血清中で多くなっていることが分かっています。

もう一つが『テンシロンテスト』です。
短時間作動型のコリンエステラーゼ阻害剤を静注し、筋力が改善するかを見る試験です。

これら二つを用いて重症筋無力症を診断していきます。

『胸水の検査』

胸水が認められた場合、胸腔穿刺によって胸水を採取し、胸水の性状を調べます。胸腺腫の場合に認められる胸水は変性漏出性のものが多く、大量の小型成熟リンパ球が観察できます。

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『胸部超音波検査』

胸部の超音波検査は正常の肺では空気がいっぱいで何も観察できません。しかし、腫瘍などの腫瘤(しこり)がある場合は、そこは空気が入っていないので観察することができます。さらに超音波ガイド下でのFNAを行うことで、腫瘤を形成する細胞を採取することができます。胸部超音波検査では胸腺腫の仮診断ができます。

超音波内視鏡について
超音波内視鏡とは超音波装置のプローブが先端についている内視鏡のことを言い、気管や食道に内視鏡を入れて、肺野を超音波で観察する検査方法です。この検査法では肺や肋骨に邪魔されることなく腫瘤を観察することができるので、経皮的に超音波を当てるよりも診断精度が高まります。

経皮的に当てる超音波は無麻酔で行えるのに対し、超音波内視鏡検査は全身麻酔が必要になります。FNAを行う場合も安全面を考慮して鎮静下や麻酔下で行います。

『細胞診』

細胞診で見える細胞とは
胸腺腫の細胞診(FNA)では大量の小型成熟リンパ球の中に、異型度の高い上皮細胞が観察されます。ただ、採取を試みたとしても診断できるほど綺麗なサンプルを採取することが難しく、多くの場合は異型な細胞が少ししか取れなかったり、リンパ球しか見られなかったりと胸腺腫を診断するにまでには至らないようです。

さらに、リンパ腫と胸腺腫どっちなのかを鑑別することも細胞診だけでは難しいようです。

FNAで仮診断に至るにはバラツキがある
FNAで胸腺腫を仮診断できたという論文を3つ比較してみると、その診断確率は低い順に20%, 40%, 77%となっています。20~70%まであるので、結構なバラツキがあり、やはりFNAで仮診断するのは難しいような気がします。

HE染色の方が見やすい
臨床現場では迅速性を重視するために、アルコール固定によるライトギムザ染色を行うことが多いですが、ライトギムザ染色だと胸腺上皮細胞の細胞質内にある構造やハッサル小体などが見えにくくなってしまいます。そのため、時間はかかりますがホルマリン固定によるHE染色も同時に行うことが勧められています。

『フローサイトメトリー』

フローサイトメトリーとは
フローサイトメトリーとは細胞に光を照射し、その散乱光と蛍光を検出することで、細胞内部の構造や細胞の大きさ、抗原や核酸の情報を得る検査方法です。

胸腺腫とリンパ腫の鑑別に役立つ
フローサイトメトリーを行うと、胸腺腫とリンパ腫の鑑別をすることができます。ある研究によると、全ての胸腺腫でCD4+CD8+リンパ球が10%以上含まれているのに対し、リンパ腫ではほぼ全てのリンパ腫でCD4+CD8+リンパ球は2%未満でした。

リンパ腫はリンパ球の腫瘍なので、CD4+リンパ球だけであったり、CD8+リンパ球だけであったりとモノクローナルな増殖をすることがほとんどです。

CD4リンパ球とCD8リンパ球が両方発現している場合は胸腺腫の可能性が高くなります。

All cases of thymoma (n = 6) consisted of > or = 10% lymphocytes coexpressing CD4 and CD8, a phenotype that is characteristic of thymocytes, whereas 6 of 7 lymphomas contained <2% CD4+CD8+ lymphocytes. The CD4+CD8+ lymphoma could be readily distinguished flow cytometrically from thymoma by light scatter properties. 引用文献:Diagnosis of Mediastinal Masses in Dogs by Flow Cytometry

 

『CT検査』

CT検査でできること
CT検査では胸腺腫の位置や大きさ、体積を把握することが容易にできます。さらには周辺組織への浸潤がないかなども確認することができます。

血管造影は行うべき
血管造影とは血管内に造影剤を流して、CT検査を行うもので、腫瘍など血管を多く含む組織を観察するには優れています。血管造影を行わなかった場合、腫瘍の脈管浸潤を見落とす場合が多くなるため、術前検査では血管造影を行うべきとされています。

【治療法】

胸腺腫の治療法は外科的切除、放射線治療、化学療法など一般的なガンへの治療法が選択されますが、どの治療法が良いときちんと比較されたデータはありません。

『外科的切除』

胸腺腫をもつ11匹の犬と9匹の猫で外科的切除のみを行なった後の予後を調べた後ろ向き研究のデータでは生存期間中央値が犬で790日、猫で1825日でした。そして、1年生存率と3年生存率は犬で64%と42%、猫で89%と74%でした。

All patients were treated with excision of the tumor alone. Median overall survival time for the cats was 1,825 days, with a 1-year survival rate of 89% and a 3-year survival rate of 74%. Median overall survival time for the dogs was 790 days, with a 1-year survival rate of 64% and a 3-year survival rate of 42%. 引用文献:Results of excision of thymoma in cats and dogs: 20 cases (1984-2005).

 

『放射線療法』

放射線療法単体での治療を行う例は少なく、多くは化学療法と併用して行われます。そんな状況下ですが、放射線治療の生存中央値は犬で248日、猫で720日となっています。

『化学療法』

胸腺腫における化学療法の効果について、獣医学領域では十分に検討されていません。高用量プレドニゾロンによって、長期の緩和と容態の安定ができたという報告もありますが、効果があると言うには症例数が乏しいです。

そのほかにもドキソルビシンによって部分的に症状が緩和されたという報告もあります。

【予後】

上手くいけば予後は良い
胸腺腫の切除が上手くいき、かつ巨大食道症や誤嚥性肺炎を併発していない場合は比較的予後は良好です。手術が成功するかは術者の経験と腕に依存しがちであると言われています。

前大静脈へ浸潤していた場合
胸腺腫が前大静脈まで浸潤していた場合、前大静脈を切除し、頸静脈を自家移植する方法があるみたいです。なんか大変な手術になりそうな予感…。

【最後に】

今回は『胸腺腫』について解説しました。胸腺腫は前縦隔で発生する腫瘍で、同じく前縦隔で発生しやすい腫瘍として縦隔型リンパ腫との鑑別が必要になります。それらの鑑別にはレントゲンや超音波検査、CTなどによる画像診断だけでなく、FNAによって採取した細胞の細胞診やフローサイトメトリーによって鑑別を行なっていきます。胸腺腫の治療は外科的切除が基本であり、放射線治療や化学療法での報告は少ないです。完全に切除できた場合は予後は良好です。

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 688-691p

 

【関連記事】

『胸腺腫と併発しやすい疾患』

「巨大食道症」

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『胸腺腫と鑑別すべき疾患』

「リンパ腫」

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「甲状腺腫瘍」

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