【はじめに】
今回は『腹部膨満』と題して、『お腹の膨らみ』についてお話しします。腹部膨満には臓器が腫れている場合や液体やガスが溜まっている場合、腹筋が弱ってきた場合など、様々な原因が考えられます。こうした腹部膨満の引き起こすきっかけとなっている疾患として何が考えられるのかについてお話しします。
【目次】
- 【お腹の膨らみで考えること】
- 【臓器(軟部組織)の腫れ】
- 【液体の貯留】
- 【腸管内容物の貯留】
- 【ガスの貯留】
- 【腹筋の筋力低下】
- 【診断アプローチ】
- 【治療法】
- 【最後に】
- 【本記事の参考書籍】
- 【関連記事】
【お腹の膨らみで考えること】
ペットのお腹の膨らみは意外と多い
ペットのお腹が膨らんできたと感じる飼い主さんは意外といらっしゃいます。お腹の膨らみは筋力低下によるものなのか、体重増加によるものなのか、それとも腹水があるのかなどなど考えるべき原因はたくさんあり、原因の精査は大切です。
その子の生活環境や臨床症状、既往歴、現在服用中の薬など様々な要因から腹部膨満の原因となる疾患を見つけていきます。
緊急性を要するケースもある
単なる肥満であれば、緊急性はありませんが、中には命に関わる場合もあります。それを見分ける主な症状は以下のようなものが挙げられます。
・頻脈(心拍数が速い)
・呼吸困難
・低血圧
・腹痛
・CRTの延長
・発熱
・虚脱
・衰弱
などが見られれば注意しましょう。
腹部膨満の5つの分類
お腹が膨らんできたときに考えるべき5つの原因について、これから各々解説をしていこうと思います。
その5つの分類とは
・臓器(軟部組織)の腫れ
・液体(腹水)の貯留
・腸管内容物(糞便)の貯留
・ガス
・腹筋の筋力低下
【臓器(軟部組織)の腫れ】
軟部組織の腫れとはお腹の中にある臓器や脂肪などが大きくなっているということを意味しています。
具体的には
・臓器の腫大
・脂肪が溜まっている(肥満や脂肪腫)
・腫瘍
・肉芽腫形成
・妊娠
などが挙げられます。
『臓器の腫大について』
臓器の腫大とは主に肝臓や脾臓、腎臓、前立腺が大きくなることを言います。臓器が大きくなる原因はたくさんあるのですが、考えられるものとして以下のような原因があります。
腹腔臓器を腫大させる原因
・ステロイドの服用(←肝腫大)
・腫瘍
・血管の狭窄によるうっ血
・臓器の捻転(←臓器同士がねじれ絡まること)
などが挙げられます。
『腫瘍について』
肝臓や腸管で発生する腫瘍を中心に、そのほか膵臓や脾臓、腎臓など腫瘍が原因で臓器が腫れ上がってくることがあります。臓器が大きくなるとその分スペースが必要となるので、他臓器が圧迫され、お腹が膨らんでいるように見えるのです。
『肉芽腫形成について』
そもそも肉芽腫とは?
肉芽腫とは炎症細胞(具体的には類上皮細胞)が集まってできた慢性炎症を示す病変の一つです。
肉芽腫形成を起こす原因
肉芽腫は腫瘍とは異なり、その発生機序は炎症に続発するものです。そのため、感染性疾患(細菌性、寄生虫性、真菌性)や異物、自己免疫疾患などに体が反応して炎症を起こした場合に形成されることが多いです。
【液体の貯留】
『液体貯留のパターン』
腹腔内の液体貯留は臓器内に溜まっているものや、膿瘍や嚢胞として溜まっているもの、腹水として腹腔や後腹膜腔に溜まっているものなど、どのような状態で液体が貯留しているかまちまちです。
臓器内に液体がたまる場合
・機能的または機械的イレウス
・子宮内蓄膿症
・尿路閉塞に続発する水腎症
・排尿障害や尿路閉塞による膀胱の膨張
などが考えられます。
出典:Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 1642p, Figure284-3
嚢胞として液体がたまる場合
肝臓やや腎臓、膵臓、前立腺でなどでよく見られる嚢胞形成があります。原因は様々です。
腹水がたまる場合
まず腹水は『Generalな腹水』と『Specificな腹水』の二つに大別されます。
Generalな腹水は血液中の成分が由来となります。その液体に含まれている蛋白濃度や細胞数によって"漏出液"、"変性漏出液"、"滲出液"の分けられます。あとは色調や粘稠度、含まれている細胞を見ます。
Specificな腹水とは以下のようなものがあります。
・血液←腹腔内腫瘍の破裂に続発する
・乳び液←リンパ管破裂に続発する
・尿←膀胱破裂に続発する
・胆汁←胆嚢破裂に続発する
以上のように血液成分が由来ではないものがSpecifcな腹水として認識されています。←明確な定義ではないです。あくまでイメージです。
『漏出液について』
概要
漏出液は少ない細胞数と低い蛋白濃度で同定されます。漏出液が見られる原因のほとんどが『膠質浸透圧の低下』で、『静水圧の上昇』や『血管炎』なども同時に起こっている場合があります。
「膠質浸透圧について」
膠質浸透圧とは血液中の浸透圧のことを言い、これらのほとんどは血漿蛋白(アルブミン)によって決定されています。そのため、アルブミンは膠質浸透圧を保つのに重要な役割をしており、低アルブミン血症になると膠質浸透圧は低下します。
低アルブミン血症に陥る主な病気
・蛋白漏出性腎症
・蛋白漏出性腸症
・火傷
・肝不全
・飢餓状態
などで見られます。
「静水圧の上昇について」
静水圧の上昇は漏出液というよりも後述する変性漏出液での発生で認められます。 漏出液で認められる場合には先ほど話した通り、低アルブミン血症が起こっている場合がほとんどです。
静水圧が上昇する場合
静水圧が上昇するのは肝周辺の門脈圧亢進症が起こっている場合です。門脈圧亢進症とは何らかの疾患によって門脈の圧が上がってしまう病変を言います。
門脈圧亢進症には原因となる病変の場所ごとに分けられ、
・肝前性(肝臓に流れ込むまでの門脈の障害)
・肝性(肝臓内の門脈路の障害)
・肝後性(肝臓から心臓までの静脈路の障害)
が存在します。
肝前性の門脈圧亢進症を起こす原因
・先天性門脈閉鎖症(congenital portal vein atresia)
・腫瘍による管外からの閉塞
・門脈塞栓症による管内での閉塞
肝性の門脈圧亢進症を起こす原因
・前類洞疾患:慢性胆管炎
・類洞疾患:小葉解離性肝炎(lobular dissecting hepatitis)
・後類洞疾患:肝中心静脈閉塞症(veno-occlusive disease)
肝後性の門脈圧亢進症を起こす原因
・右心系疾患
・バッド・キアリ症候群(Budd-Chiari syndrome)
『変性漏出液について』
変性漏出液は細胞数と蛋白濃度によって同定され、それらの数値は漏出液と滲出液の間に位置しています。変性漏出液が見られる根本的な理由としては、漏出液の時と同様に『膠質浸透圧の低下』や『静水圧の上昇』、『血管炎』などがあります。
そして、変性漏出液が見られる原因疾患は様々であるため、液中に見られる細胞は原因によって複数種に分かれます。(←上記の『体腔貯留液の分類(General)』表を参照)
変性漏出液が見られる原因
・腫瘍が進行していく過程
・肉芽腫
・術後
・臓器の捻転、梗塞
によって起こります。
『滲出液について』
滲出液は高い細胞数と蛋白濃度によって同定されます。滲出液に含まれている細胞は『好中球』や『マクロファージ』などの炎症性細胞が中心となっています。
「無菌性 vs 細菌性」
滲出液には無菌性のものと細菌性のものがあります。
無菌性滲出液で考えられる疾患
・腫瘍
・膵炎
・FIP(猫伝染性腹膜炎)
などが挙げられます。
細菌性滲出液で考えられる疾患
・腸管穿孔←腸に穴が開くこと
・膿瘍の破裂
・穿通損傷←皮膚を突き破ってお腹に刺さるような怪我
・異物
ちなみに、胆汁破裂の場合は無菌性でも細菌性でもどちらでもありえます。
「好酸球性貯留液の存在」
好酸球貯留液とは好酸球を10%以上含んだ変性漏出液や滲出液のことを言います。この液が認められる場合、以下のような病気の可能性が考えられます。
・リンパ腫←最も多い
・全身性肥満細胞腫
・寄生虫感染
・真菌疾患
・播種性好酸球性肉芽腫
などなど
「腫瘍性貯留液の存在」
腫瘍によって出現する貯留液は変性漏出液〜滲出液に分類され、その液中には腫瘍細胞が含まれています。
とはいえ、液中に含有されている細胞が本当に腫瘍細胞なのかを判断するのは難しいです。なぜなら、体腔液中に含まれる細胞は様々な要因によって、変性していることが多いからです。変性によって、正常細胞であっても悪性細胞のような形態が認められる場合があります。特に中皮細胞はその傾向が強いで、中皮腫の判断を行うには多面的な診断アプローチが必要になります。
『血液について』
定義
一般的に血液など出血性滲出液はPCV>10%と定義されています。
顕微鏡で観察すると
出血性の滲出液で細胞診を行うと、末梢血液で見られるような赤血球や好中球、リンパ球が確認できます。
血小板が含まれていない
甚急性の出血でもない限り、通常この滲出液には血小板は含まれていません。そのため、サンプルは血液凝固が起こりにくいです。
出血性滲出液ができる理由
・外傷:臓器破裂や動脈破裂
・腫瘍:血管肉腫
・凝固障害:殺鼠剤中毒
・手術後の数時間~数日
などが挙げられます。
『乳び液』
定義
乳び性滲出液は患者の血清と比較して高トリグリセリド濃度・低コレステロール濃度であることで同定されます。細胞数はバラツキがあります。
顕微鏡で観察すると
通常は小型リンパ球を多く観察されますが、慢性度によって観察される細胞は異なります。
乳び性滲出液ができる原因
多くの原因はリンパ管が外部から圧迫され破裂したり、裂開することが原因です。リンパ管を圧迫・裂開する原因としては腫瘍や外傷、右心系疾患などが挙げれられます。
その他に乳び液が認められる原因は稀ですが、リンパ管拡張症があります。
『尿』
腹部内に尿が漏れるのは尿路のどこか(尿管、膀胱、尿道)で破裂が起こっているの可能性があります。無菌性の場合と、細菌性の場合があります。
尿が溜まる場所
尿は腹腔内や後腹膜腔内に貯留します。
破裂が起こる原因
尿管結石や腫瘍によって、尿路が閉塞し、破裂してしまうケースがほとんどです。
診断方法
貯留液を採取し、クレアチニン濃度を測定します。血清クレアチニン濃度よりも高値を示した場合、尿路破裂による尿の貯留を疑います。
『胆汁』
胆汁性滲出液は細菌性と無菌性があり、ビリルビン結晶が確認されます。
診断方法
滲出液のビリルビン濃度が血清のビリルビン濃度よりも高値を示すことに注目します。
胆汁性滲出液が見られる理由
胆汁性滲出液は外傷や胆石症、粘液嚢腫などによって胆道系(胆嚢や胆管)が閉塞することで破裂が起こります。
【腸管内容物の貯留】
腸管内の内容量が増加するとそれが腹部膨満に繋がる場合があります。
内容物が増える原因
・食べ過ぎ
・便秘
・重度な腸管寄生虫感染(子犬・子猫)
・機能的または機械的イレウス
・巨大結腸症
などが考えられます。
【ガスの貯留】
腹部のガス貯留は腹部膨満の原因の一つとなります。ガス貯留は腸管内、肝臓、膀胱、腹腔内、後腹膜腔内などで発生が認められます。
腸管内のガス貯留の原因
・胃拡張
・胃拡張捻転症候群(GDV)
・腸間膜捻転
・機能的/機械的イレウスからの続発
などが挙げられます。
臓器内のガス貯留の原因
臓器内でのガス貯留はガス産生性細菌の感染によって起こる気腫が多いです。肝臓や胆嚢、膀胱ではこのような場合が多いです。
腹腔内/後腹膜腔内のガス貯留の原因
腹腔内や後腹膜腔内でのガス貯留は腸管穿孔や外傷による穿孔によって腹腔内に空気が流れ込んだ場合や、ガス産生性細菌による腹膜炎に続発する場合があります。
【腹筋の筋力低下】
腹筋の筋力が低下することでお腹がたるんで見えるようになります。腹筋の筋力は年齢とともに低下していきますが、急に弱ってきたという場合、そのほとんどは副腎皮質機能亢進症が関与しています。
【診断アプローチ】
他の症状にも注目
腹部膨満という症状の原因を探っていく必要があります。そのために重要となるのが、『他の症状』に注目することです。特に、低血圧やCRTの延長などショックを起こしていると考えられる場合は緊急性があるので注意しましょう。
身体検査を行い、状況を整理
腹部膨満が見られた時期、きっかけや進行の速さ、全身状態などを把握し、考えられる原因について整理していきます。
血液検査と尿検査
血液検査では敗血症の有無や出血傾向についておおよその予想を立てることができます。さらに生化学検査や尿検査では肝臓や尿路で機能障害が出ていないかを調べることができます。
画像診断
画像診断はレントゲン検査や超音波検査によって行われます。腹腔内臓器に腫瘤(しこり)がないか、腸管が閉塞していないか、腹水が溜まっていないかなを検査するのに適しています。
細胞診
超音波ガイド下で注射針を刺して腹水や腫瘤を採取し、顕微鏡で観察します。腹水の場合はCBC検査や生化学検査、屈折鏡を用いて、細胞数や蛋白濃度、PCV、ビリルビン濃度、クレアチニン濃度などを調べていきます。腫瘤の場合は細胞が腫瘍を疑うような病変かを中心に調べます。
【治療法】
腹部膨満という症状に対して直接的に何か改善できる治療法はありません。検査を行い、原因となる疾患を治していくことで症状が収まってくるという流れになります。
【最後に】
今回は『腹部膨満』について解説しました。腹部膨満は症状であり、それ自体が病気ではありません。腹部膨満を起こしている原因を調べ、さらにはその原因を作り出している疾患を発見し、治療していくことで徐々に改善されていくものです。丁寧な検査が腹部膨満の改善の基本です。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 78-81p
【関連記事】
『腹腔内臓器の腫れ』が原因の疾患