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【猫の甲状腺機能亢進症③】治療法

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【はじめに】

今回は『猫の甲状腺機能亢進症』の治療法について解説します。この病気を治療していく上で重要なのは『下げ過ぎず、上げ過ぎない』絶妙な値でホルモン値を維持する必要があります。さらに、併発疾患があった際の立ち回り方も非常に複雑になってきます。
今回はそんな甲状腺機能亢進症に必要な治療法について解説していきます。

【猫の甲状腺機能亢進症①】概要・臨床徴候

【猫の甲状腺機能亢進症②】診断方法

【猫の甲状腺機能亢進症③】治療法

 

【目次】

 

【予後と治療方針】

予後について
甲状腺機能亢進症を治療しなければ、重度の代謝異常や心疾患、やがて死へと進行していきます。
無治療の予後を記した論文はありませんが、放射性ヨウ素内用療法で治療した猫の生存期間中央値はだいたい2~5年と記されています。

治療方針
甲状腺機能亢進症の治療方法は主に4つあります。
①抗甲状腺ホルモン薬
②放射性ヨウ素内用療法
③甲状腺切除
④ヨウ素制限食
があります。基本的に一般病院で行う治療法は①の投薬と④のヨウ素制限食だと思います。②は欧米で行われている治療法で、日本では認可されていないため、今回は割愛させて頂きます。

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【抗甲状腺ホルモン薬】

『どんな薬なのか?』

抗甲状腺ホルモン薬であるメチマゾールは甲状腺機能亢進症の猫で最も一般的に使用される薬です。

作用機序
抗甲状腺ホルモン薬は甲状腺ホルモンの一種であるサイロキシンの生合成に必要な甲状腺ペルオキシダーゼと呼ばれる酵素を阻害します。

『投与量の検討』

メチマゾールの投与量は患者それぞれで異なるため、最初は用量を決定していく必要があります。
推奨される初回投与量
推奨されている初回投与量は2.5mg/head PO q12hです。
ほとんどの猫は『2.5mg/head PO q12h』の投与量で疾患をコントロールできており、『2.5~20 mg/day』の用量で治療が成功しています。
慢性腎臓病などを持っている猫では、急に尿毒症を発症してしまう可能性もあるので、僕は半量の1.25mg/head PO q12hから始めています。

投与量が上手くいけば…
投与量の調節は治療の反応をベースに判断し、行っていきます。もし、投薬がうまくいっているのであれば、2~3週間以内に甲状腺機能が正常に戻ってきます。

目標の値はどこ?
基準値の中でも高値の位置で甲状腺ホルモン濃度が維持されている猫では一貫した臨床症状の改善が認められないことという報告があります。
そのため、目標とすべき値は一般的に基準値の中央値からちょい下あたりで維持できることが理想です。

1日1回投与はあんまり意味がない
メチマゾールを2.5mg/頭で1日2回投与が推奨されていますが、5mg/頭で1日1回投与するのは前者と比較し、治療効果が乏しいと言われています。副作用に関しては両グループで有意差は認められませんでした。こうしたことからやはり、2.5mg/頭で1日2回投与が推奨されます。

 In addition, the proportion of cats that were euthyroid after 2 weeks of treatment was lower for cats receiving methimazole once daily (54%) than for cats receiving methimazole twice daily (87%). Percentages of cats with adverse effects (primarily gastrointestinal tract upset and facial pruritus) were not significantly different between groups. 引用文献:Efficacy and Safety of Once Versus Twice Daily Administration of Methimazole in Cats With Hyperthyroidism

 

『重度な有害反応について』

抗甲状腺ホルモン薬を使用している猫において、副作用が見られることはよくあることです。重度の副作用が出た場合、命に関わることがあるので、初回に投与を行うときはこまめに状態をチェックしておくことが重要になります。

有害反応は治療開始2~3ヶ月以内に起こりやすいと言われています。そのため、この期間は頻繁に通院してもらい状態をチェックしておくべきです。

命の関わる副作用
・顆粒球減少症(2.7%)
・血小板減少症(2.8%)
・重度な肝障害(2.6%)
・出血性病変(2.5%)
などが挙げられます。 

これらの有害反応は死亡率が高いものなので、もしこのような反応が起こっていることがわかった時は、すぐに抗甲状腺ホルモン薬の使用を中止します。

経皮用メチマゾールに変える
経皮的な摂取におる抗甲状腺ホルモン薬を使用した猫の方が、消化器系の副作用が起こりにくいと言われています。しかし一方で、内服薬から経皮用メチマゾールに変更したからと言って、致死的な有害反応が軽減されるわけではなく、むしろ悪化する可能性もあります。なので、やはり有害反応が見られた際は減薬や休薬を検討しなければいけません。

『よく見られる軽度な副作用』

次は抗甲状腺ホルモン薬でよく見られる副作用についてお話しします。こちらでお話しする副作用は命の危険に関わることは少ないですが、治療計画の断念につながってしまう恐れがあります。

 よくある消化器症状(22%)
・吐き気
・嘔吐
・倦怠感
・下痢
これらは一般的にみられる副作用です。

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血液検査上の異常(16.4%)
・白血球減少症
・好酸球減少症
・リンパ球増加症
などの異常が血液検査で認められます。
これらの異常は治療を継続していっても、自然と改善されることがあるので、悪化する様子がないか、定期的なモニタリングだけ行っておく必要があります。

抗甲状腺ホルモンを使用したことによって認められる軽度の白血球減少症は時として、顆粒球減少症を引き起こすリスクがあるのですが、一般的に治療をストップする必要はありません。

顔の掻き傷(4%)
抗甲状腺ホルモンや薬の副作用に『顔の掻き傷』があります。これは薬の副作用によって顔が痒くなり、掻いてしまうことが原因であると言われています。顔に現れる症状なので、重篤そうには見えますが、命に関わる副作用ではありません。

具体的な症状としては顔や頭、首回りを掻きすぎることで、出血してしまうような症状が認められます。

顔の掻き傷が認められるようになった際は、『治療を中断』するのが最善策です。しかし、休薬を行ったからといって、症状が必ず改善すると断言するのは困難です。

 

【飼い主さんの負担】

メルカゾールなどの抗甲状腺ホルモン薬で治療を行うにあたって難しいのが、飼い主さんの負担が大きいところです。この薬は長期間に渡って毎日投薬する必要があることや、決して完治する病気ではないため、モチベーションを維持することが大変になります。

さらに、この病気の厄介なところは治療を行っているにも関わらず、病状が悪化しがちなところです。悪化傾向が見られたら、一般的には甲状腺ホルモンの値を正常値範囲に戻すために増薬する必要が出てきます。

こうしたことからも、治療をしているのに、顕著な改善が認められないため、心が折れてしまう飼い主さんは非常に多いです。

【甲状腺切除】

手術経験豊富な執刀医によって甲状腺切除が実施された場合は多少の副反応を伴いながらも、甲状腺機能亢進症は永続的に解消されます。

手術後の副反応
無事に甲状腺を切除することができたとしても、やはり副反応は現れます。甲状腺の中には上皮小体と呼ばれる内分泌器官が含まれており、この上皮小体からはパラソルモンという血中のカルシウム濃度を調節するホルモンが分泌されます。

甲状腺を切除すると、上皮小体もなくなってしまう為、血中のカルシウム濃度の調節に不具合が生じ、低カルシウム血症を引き起こす可能性が出てきます。おおよそ手術を受けた猫の6%で低カルシウム血症が認められています。

術後2~3日が注意
術後2~3日ごろに低カルシウム血症が見られやすい為、厳重な警戒が必要なります。低カルシウム血症の対処法としてはカルシウムやビタミンDを補填してあげることです。

まずは薬で調節する
甲状腺機能亢進症の猫にいきなり甲状腺切除を行うことは推奨されていません。一般的には抗甲状腺ホルモン薬を使用して、甲状腺ホルモン濃度を正常に戻した状態で手術を行います。そうすることで、身体への負担を最小限に抑えられるという考え方です。 

【食事療法】

『背景』

ヒルズのy/d
甲状腺機能亢進症の猫のために作られたヨウ素制限食(ヒルズのy/dなど)は療法食としてよく利用されています。ヨウ素は甲状腺ホルモンを産生するのに必須です。そのため、ヨウ素制限食は甲状腺ホルモン濃度を減少させることが期待されます。

本当に効果あるの?
ちょっと前まで、この療法食の効能に関して記した文献が製造会社によるものしかありませんでした。そのため、多くの獣医師がその効能についてや、ヨウ素を制限することで起こりえる副作用について不安を感じていました。

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『実際に効果があるのか?』 

ヒルズの出した論文では
ヒルズの研究員とオランダのユトレヒト大学の先生によって行われた研究では、療法食使用群とコントロール群で比較すると、4週間の療法食の使用で有意に甲状腺ホルモン濃度が改善されたという報告があります。その際、副作用も認められなかったそうです。 

Circulating TT4 concentration was within the reference range in 56/88 cats at week 4 and in 51/68 cats at week 8. Clinical parameters (vomiting, polyuria, polydipsia, hyperactivity, polyphagia, weight loss, hair coat quality, and quality of life) had improved (P <0.0001) by week 4. Circulating creatinine concentration decreased (P = 0.001) from week 0 to week 4. Side effects associated with feeding the iodine-restricted food were not observed. 引用文献:Effects of an Iodine-Restricted Food on Client-Owned Cats With Hyperthyroidism

この文献には批判が多い
ただし、この文献は製造会社の研究員が発表しているデータなので、考察の仕方にいくつか疑わしいところがあります。例えば、多くの猫でT4の値が基準値内に入ったというデータがありますが、基準値内といっても、基準値上限ギリギリのものが多く、甲状腺機能亢進症の治療が奏功していると評価するには心許ないという批評があります。

 

Cre,BUNが下がることはある?
ヒルズの出した論文では血清Cre濃度を下げることができたというお話があります。これも怪しい…。というのも、この論文の評価の仕方として、『実測値/基準値上限』による比率を算出して、療法食の効果を評価しています。

多くの獣医師がこの療法食に疑問を抱いている原因はこの『比率の高さ』にあります。こういった評価方法で効果があると示すにはなるべく低い値をもって、主張するべきです。しかし、この文献を読む限りでは0.5以下の比率ものがありません。そのため、基準値範囲内に収めたといっても基準値上限寄りということになります。さらにCreとBUNに関してはWeek 0との差を比較すると大差がないということは論を待ちません。

ヒルズのヨウ素制限食には腎数値を改善させる効果はないと言えます。 

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引用文献:Effects of an Iodine-Restricted Food on Client-Owned Cats With Hyperthyroidism

 

『推奨する使用方法』

もし、甲状腺機能亢進症の猫でヨウ素制限食を治療として使用することになったら、いくつか注意しておくべき点があります。

①制限食以外は与えない
甲状腺機能を維持する上で必要となるヨウ素は少しだけです。そのため、療法食を食べている時はそのほかのおやつなどを与えたりしないように注意する必要があります。効き目が下がってしまうからです。

②同居猫とご飯を分離する
こちらも①と重複する内容になりますが、同居猫がいる場合にご飯が混ざってしまわないように注意する必要があります。 
 

【治療後に起こる腎不全】

『概要』

甲状腺機能亢進症の治療を行っている猫のほとんどは慢性腎臓病に発展し、いずれは腎不全によって命を落とします。甲状腺機能亢進症は慢性腎臓病を隠している可能性があるので、治療を開始すると腎機能が重度に悪化する可能性があります。

腎臓病の発生率
甲状腺機能亢進症の治療後の慢性腎臓病の発生率は文献によって様々で、8ヶ月間で15%以上の発生率と報告されているものもあれば、6ヶ月で60%以上と報告されているものもあります。 

Three hundred cats were eligible for survival analysis and 216 cats for analysis of factors associated with the development of azotemia. The median survival time was 417 days, and 15.3% (41/268) cats developed azotemia within 240 days of diagnosis of hyperthyroidism.引用文献:Survival and the Development of Azotemia After Treatment of Hyperthyroid Cats

 

『治療後腎不全の予測する』

尿比重では予測できない
尿検査を行い、尿比重(尿を濃縮する力)が1,035以上としっかりと濃縮した高張尿が認められる場合は治療後に腎機能が低下する確率が減少するかもしれないと言われています。しかし、この尿比重を用いた基準に科学的根拠はありません
ある実験で20匹の治療後腎不全を示した症例を分析した研究では20匹中10匹は尿比重が1.035以上あり、そのうちの3匹は1.050以上もあったという報告があります。
安直に尿比重だけで予測するのは危険と考えられます。

まずは薬物療法で様子を見る
腎不全が疑わしい患者で甲状腺機能亢進症の治療を行うことは無頓着過ぎるかもしれません。まずはメルカゾールを用いた薬物療法が推奨されています。というのもこの薬は可逆的な作用を示すため、甲状腺ホルモン値の微調整を行うことができるからです。

ある研究ではメルカゾールを投与することでGFR(糸球体濾過率)が低下した猫に対し、投薬をやめると、GFRが元に戻ったという報告があります。

このように可逆的な治療でまずは様子を見、腎機能がどれほど落ちるかを理解した上で、不可逆的な治療(甲状腺摘出、放射性ヨウ素内用療法)などを検討するべきです。

既に腎不全がある時
甲状腺機能亢進症と診断した際に、既に腎不全が存在していると考えられる場合は甲状腺機能亢進症と腎不全のバランスを考えながら、治療を進めて行かなければいけません。

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『どう管理していくか』 

甲状腺機能亢進症の治療を行った結果、腎不全が顕在化した場合、甲状腺ホルモンの調節を検討しなければいけません。

ある研究によると、甲状腺機能の正常化が完了した猫の生存期間に、高窒素血症は影響を与えなかったという報告があります。しかし、治療開始によって高窒素血症と医原性甲状腺機能低下症を発症した猫では生存期間が減少していました。

 

医原性甲状腺機能低下症は避ける
医原性甲状腺機能低下症は高窒素血症や生存期間の短縮に影響を与えていると考えられるため、メルカゾールの投薬量を減らし、調節する必要があります。

とはいえ、甲状腺機能亢進症をぶり返すと、クレアチニン濃度は減少しますが、心拍数やヘマトクリット、ALPは上昇してしまいます。難しいところです。

 

チロキシンの投与はやめたほうがいい??
参考図書の筆者は治療後腎不全の猫に対してチロキシン(甲状腺ホルモン)の投与することは避けたほうがいいと書いています。彼がやった実験では投与によって、T4濃度は上昇したものの、BUNとCreが期待通り減少してくれなかったと言っています。

Clinical side effects developed in 48 (18.3%) cats (usually within the first month of therapy), which included anorexia, vomiting, lethargy, self-induced excoriation of the face and neck, bleeding diathesis, and icterus caused by hepatopathy. Mild hematologic abnormalities developed in 43 (16.4%) cats (usually within the first 2 months of treatment), which included eosinophilia, lymphocytosis, and slight leukopenia. In ten (3.8%) cats, more serious hematologic reactions developed including agranulocytosis and thrombocytopenia (associated with bleeding). 引用文献:Methimazole Treatment of 262 Cats With Hyperthyroidism

 

【最後に】

今回は『猫の甲状腺機能亢進症』の治療法について解説しました。
治療方法としては
①抗甲状腺ホルモン薬
②放射性ヨウ素内用療法
③甲状腺切除
④ヨウ素制限食
の4つに大別され、これらのどの治療を行うかを時と場合に合わせて選択していきます。状態に合わせてうまくコントロールすることがこの病気を治療するのには非常に重要になってくるところです。

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 1747-1756p

 

【関連記事】

『猫の甲状腺機能亢進症』

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『以前書いた甲状腺機能亢進症』

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『甲状腺腫瘍について』

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