オタ福の語り部屋

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【猫の甲状腺機能亢進症①】概要・臨床徴候

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【はじめに】

今回は『猫の甲状腺機能亢進症』の概要と臨床徴候について解説します。
猫の甲状腺機能亢進症は40年ほど前に初めて獣医学系の論文で執筆されて以来、高齢猫ではメジャーな内分泌疾患になっています。9歳以上の猫では2~4%の確率で、甲状腺機能亢進症を発症していると言われています。今回はそんな高齢猫で頻発するホルモンの病気についてです。

 

【目次】

 

【人の甲状腺機能亢進症のお話】

人の甲状腺機能亢進症は『バセドウ病(Graves病)』と呼ばれています。甲状腺ホルモンは体の代謝率をコントロールしています。そのため、甲状腺ホルモン濃度が上昇すると、異化亢進状態になり、甲状腺機能亢進症の臨床症状が現れるようになります。

バセドウ病患者では何が起こっている?
バセドウ病患者の甲状腺ではTSH(甲状腺刺激ホルモン)受容体を活性化させる自己抗体によって、甲状腺ホルモンの合成と分泌が過剰になっているのです。

猫ではどうなっている?
猫の甲状腺機能亢進症では人のバセドウ病のように、自己抗体は確認されていません。どちらかというと、結節性甲状腺腫である『プランマー病(Plummer病)』に類似していると考えられています。

Thus, hyperthyroidism in cats is clinically and histologically similar to toxic nodular goiter in humans. The disease in cats is mechanistically different from Graves' disease, because neither the hyperfunction nor growth of these nodules depends on extrathyroidal circulating stimulators.引用文献:Animal Models of Disease: Feline Hyperthyroidism: An Animal Model for Toxic Nodular Goiter

両方とも良性の腫瘍
これら二つは病理組織学的には類似しているところがいくつかあります。両方とも結節性の甲状腺の結節性過形成を示し、視床下部や下垂体の制御を受けずに甲状腺ホルモンを分泌します。これらの疾患で認められる結節性の過形成は病理学的に異型な所見は認められず、良性の腫瘍であると考えられています。

【猫の甲状腺機能亢進症の特徴】

『考えられる原因』

いくつかの文献では反例を提示しているものが散見されますが、甲状腺機能が亢進している猫の中にはTSH受容体の変異が確認されています。ちなみに受容体の活性型G蛋白αサブユニットという場所が変異しています。この変異により、甲状腺ホルモンの分泌を抑える機構にバグが生じることで、甲状腺ホルモンが体内で過剰に上昇してしまいます。

とはいえ、これは甲状腺機能亢進症を招く数多く考えられているファクターの一つなんですけどね。

Expression of G(i2) was significantly decreased in tissues of hyperthyroid glands, compared with expression in normal thyroid tissue. Expression of G(i1) and G(i3) was not significantly different between normal thyroid tissues and tissues from hyperthyroid glands.引用文献:Expression of Inhibitory G Proteins in Adenomatous Thyroid Glands Obtained From Hyperthyroid Cats

 

『両側性??片側性??どっち』

一般的には両側性
甲状腺機能亢進症の猫2096匹を対象に行った大規模な研究では、甲状腺にシンチグラフィを当て、甲状腺機能を測定しています。
・片側性:31.7%(665匹)
・両側性+左右大きさ不均等:50.6%(1060匹)
・両側性+左右大きさ均等:12.3%(257匹)
・多発性(異所性):3.9%(81匹)
これらの研究結果から、やはり甲状腺機能亢進症は両側性に起こるのが一般的であるということが示唆されます。

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甲状腺腺癌の可能性は??
先ほど甲状腺機能亢進症を示す人の甲状腺の変化は『良性の腫瘍』だと言うお話をしました。しかし、まれに猫の甲状腺機能亢進症では『機能性甲状腺腺癌(functional thyroid adenocarcinoma)』と呼ばれる悪性腫瘍が見られることがあります。これは非常に稀なケースではありますが、1~2%の確率で発症しているのではないかと考えられています。ただ、組織学的な検索によって統計が取られた文献が見つからないので、定かではないですが。

【臨床徴候】

甲状腺機能亢進症は品種や性差はなく、中年齢~高齢の猫では起こりやすいと言われています。イリノイ大学が160匹の症例を集めて調査したところ、発症猫の中央値年齢は12.5歳だったとの報告があります。

『一般的な症状』

甲状腺機能亢進症の症状は非常に多様で、全身性の症状が認められます。最近ではあまりに多くの猫でこの病気が発見されるため、高齢猫における甲状腺ホルモンの測定はルーチン検査に組み込まれつつあります。

甲状腺機能亢進症は症状に微妙に出現している頃にだいたい発見されます。

一般的な臨床症状
・体重減少(88%)
・多食(49%)
・嘔吐(44%)
・多飲多尿(36%)
・活動性亢進(31%)
・体重減少(16%)
・下痢(15%)
・無気力(12%)
・虚弱(12%)
・呼吸困難(10%)
・パンティング(9%)
・便量の増加(8%)
・食欲不振(7%) 

上記からも分かるように、特に『体重減少』は甲状腺機能亢進症では最も一般的な症状です。そのほかに特徴的なものとしては『高齢の割りに活発に動く』『攻撃的な性格になる』、『パンティング』などが挙げられます。このような症状が認められる場合は甲状腺機能亢進症の可能性を考える必要があります。

身体検査上の異変
・甲状腺腫大(83%)
・削痩(65%)
・心雑音(54%)
・頻脈(42%)
・ギャロップ(15%)
・攻撃的な性格(15%)
・被毛の乱れ(9%)
・爪の過長(6%)
・脱毛(3%)
・うっ血性心不全(2%)
・頸部の屈曲・うなだれ(1%)

『稀にみられる症状』

活力が下がる場合もある
先ほど、甲状腺機能亢進症の猫では食欲の増勢と活動性の亢進が認められるとお話ししましたが、少ない確率ですが倦怠感を示したり、食欲が低下する猫もいます。

こういった症状を示す甲状腺機能亢進症を直訳になりますが、『無症候性甲状腺機能亢進症(asymptomatic hyperthyroidism)』と呼びます。

なぜこんなことが起こるのか?
人の研究論文にはなりますが、無症候性甲状腺機能亢進症が起こる原因には高齢者で発症しやすい、活力や食欲を低下させるような疾患が併発している可能性が高いと言われています。ただ、一部の論文では若年齢の患者にもこのタイプの疾患が認められたという報告があるため、一括りで説明することは難しいようです。

ちなみに猫の場合は、無症候性甲状腺機能低下症と基礎疾患の併発を証明するような論文は未だパブリッシュされていません(参考図書より)。

『甲状腺の触診』

甲状腺機能亢進症の猫では1~数個の結節が触知できることがよくあります。

触知する方法
一般的な方法としてはまず猫を座らせ、首を伸ばし、腹側頸部を露出させます。片方の手で頭部を掴み首を伸ばしている間に、もう片方の指で中等度の力で、咽頭部から胸部にかけて親指と人差し指でスライドさせます。

もし、甲状腺に結節のようなものがあった場合は、指で何かに当たる感覚を触知することができます。結節は気管の両サイドあるは片方のみに触知できます。ただし、この方法では健康な猫でも時折、結節を触知することができるので、あまり特異度が高い検査ではありません。

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写真出典:Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 1749p, Fig30-1

大きさと機能の相関
甲状腺機能亢進症の猫ではそうでない猫と比較して、甲状腺腫が大きい傾向があります。しかし、甲状腺が触知できることと、機能的な活性すなわち甲状腺ホルモンがどれだけ産生分泌されているかには明確な相関関係ははっきりしていません。

『全体的な検査』

猫の身体検査は難しい
飼い主さんによって説明された症状の多くは身体検査においても一致します。ただし、猫ではしばしば見かけるのですが、ケージから出すと暴れ回り、手を付けられなくなる子がいます。そういった子には"open basket方式"、すなわちケージの蓋だけを外して、ケージの中で軽く身体検査を行うことが推奨されています。

猫の保定は極度のストレスを与えうる可能性があるため、できる限り短時間で行います。

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脱水との見間違いに注意!
体重減少と同時に皮膚の伸展性が低下していることがあります。脱水を評価するときに皮膚を引っ張り上げ、戻る早さを評価するツルゴール試験というものがあります。甲状腺機能亢進症によって、皮膚の伸展性が低下している時、ツルゴール試験を行うと脱水していると勘違いしてしまうことがあります。しかし、甲状腺機能亢進症では脱水は頻繁には起こりません。見誤って、脱水補正の輸液を行ってしまうと、容量過多になってしまう恐れがあるので注意が必要です。

『心血管系』

「心臓について」

甲状腺ホルモンは心臓に影響を与える??
収縮期雑音(54%)、頻脈(42%)、ギャロップ音(15%)は甲状腺機能亢進症の猫で一般的にみられる症状です。カッコ内の数字は検出された比率を記しています。

甲状腺ホルモン(主にT3)は幅広く心臓に作用することが分かっています。

Triiodothyronine, (T(3)), the physiologically active form of thyroid hormone, binds to nuclear receptor proteins and mediates the expression of several important cardiac genes, inducing transcription of the positively regulated genes including alpha-myosin heavy chain (MHC) and the sarcoplasmic reticulum calcium ATPase.引用文献:Thyroid Hormone and the Cardiovascular System

 

甲状腺ホルモンの作用
・房室伝導時間を短くすること
・心筋βアドレナリン受容体を活性化すること
この二つの効果により『陽性変時作用』を示します。陽性変時作用とは心拍数の上昇を意味します。

さらに
・イオンチャネルの活性の変化
・心筋ミオシンアイソザイムの活性化
によって、『陽性変力作用』を示します。陽性編力作用とは心収縮力の上昇を意味します。

心筋肥大は甲状腺機能亢進症の猫では一般的で、これは心筋タンパク質の発現の上昇と高血圧性の心筋肥大が原因であると考えられています。

「血圧について」

甲状腺機能亢進症と血圧の関係は薄いとされています。確かに関係はあるのですが、それらの因果関係を明確に記した研究成果はまだ出ていません。そもそも甲状腺機能亢進症の時に見られる高血圧は単純なものではなく、解釈が難しいの現状です。

白衣高血圧と猫
白衣高血圧(white coat hypertension) といって診察室や医療現場で血圧を測定すると高血圧を示すことがあっても、家に帰ると正常域血圧であると場合があります。これは人でも起こるものですが、ストレスを感じやすい猫では現れることが多く、血圧の解釈には特に注意が必要になります。

甲状腺機能亢進症の猫ではこの『白衣高血圧』を示すことが多く、さらに興味深いことに甲状腺機能亢進症の治療を始めた猫の方が高血圧の発生率が上がったという報告があります。 

Thirty nine of the remaining 303 cats were hypertensive at time of diagnosis of hyperthyroidism; a prevalence of 12.9% (95% CI: 9.4-17.3). The incidence with which hypertension developed in hyperthyroid cats following treatment was 22.8% (49/215, 95% CI: 17.5-29.1).引用文献:Hypertension in hyperthyroid cats: prevalence. incidence and predictors of its development.

 

高血圧への対策
甲状腺機能亢進症の猫では、βブロッカーを投与しても効きが良くないことが報告されています。高血圧の猫にアテノロールを投与しても、心拍数を下げるだけで、血圧のコントロールはできなかったと報告されています。高血圧の管理にはアムロジピンなどの血管拡張薬(Caチャネル阻害薬)やACE阻害薬が必要になります。

While atenolol effectively reduces HR in most cats with hyperthyroidism, elevated SBP is poorly controlled, and the addition of another vasodilator such as amlodipine or an angiotensin converting enzyme inhibitor is needed to treat associated hypertension.引用文献:Efficacy of Atenolol as a Single Antihypertensive Agent in Hyperthyroid Cats

 

『多飲多尿』

多飲多尿は甲状腺機能亢進症を示す猫の3匹に1匹が認める症状でとても多く、この症状はいくつかのメカニズムによって解説することができます。

①血漿浸透圧の違い
人の甲状腺機能亢進症では甲状腺の機能的な非常が無い人と比べ、血漿浸透圧が微妙に変化しており、その影響が強い渇望感を与えていると考えられています。こうした考えを元に多尿となる原因が多飲にあるとされています。

②アクアポリン水チャネルの異常
甲状腺ホルモンの影響を受けて、腎尿細管のアクアポリン水チャネルの制御がうまくできなくなり、尿量が増えるされています。こちらも①同様、人の話で、猫の甲状腺機能亢進症ではきちんとした文献が報告されていません。

 

『腎機能が上昇する理由』

甲状腺ホルモンは毛細血管を拡張させ、血管内抵抗を減少させるので、腎臓への血流量を増やすと言われています。

腎皮質では甲状腺ホルモンの増加により、血管が拡張し、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)が活性化します。これらによって輸入細動脈の血管抵抗が減少と静水圧の上昇が可能になるため、GFR(糸球体濾過率)を上げることにつながります。

 

クレアチニンが下がる理由
甲状腺機能亢進症の猫では腎機能の指標である血清クレアチニン濃度が下がっていることがあります。その理由としては考えられるのが
①クレアチニンの尿細管分泌の上昇
②GFRの上昇
③骨格筋の筋肉量の減少
が起こっているのためです。

甲状腺ホルモンによってこれら①~③の作用が働くことで、血清クレアチニン濃度は減少します。

『消化器症状』

嘔吐と下痢は甲状腺機能亢進症の猫で良く見られる症状です。

嘔吐
人の病気では甲状腺ホルモンによって化学受容器引き金帯(CTZ)が刺激を受けることで、嘔吐が起こると言われていますが、 猫の方でははっきりとは解明されていません。

下痢
甲状腺機能亢進症では腸の平滑筋の収縮力を変化させ、腸の運動性を亢進させます。そのため、口に食べ物が入ってから、盲腸を通過するまでの時間が早まります。こういった機序により、甲状腺機能亢進症では下痢が認められやすくなります。

【最後に】

 今回は『猫の甲状腺機能亢進症』の概要と臨床徴候について解説しました。甲状腺機能亢進症では甲状腺ホルモンが過剰になることでいろんな臓器の恒常性を変化させます。それによって、症状が認められるようになります。 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 1747-1756p

 

【関連記事】

『以前書いた甲状腺機能亢進症』

 

www.otahuku8.jp

『甲状腺腫瘍について』

www.otahuku8.jp