オタ福の語り部屋

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【中皮腫】お腹の内側にばら撒かれる腫瘍について

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【はじめに】

今回は『中皮腫』についてです。
「中皮」って言葉、あまり聞いたことあるかた少ないかと思います。中皮とはお腹や胸の内側に張り付いているもので臓器との摩擦軽減の役目を担っている細胞です。
今回はそんな中皮が腫瘍化した中皮細胞についてお話をしていきたいと思います。

【目次】

 

【中皮腫とはどんな腫瘍か】

まず中皮とは
中皮腫の由来細胞である中皮とはどのような細胞なのでしょうか?
中皮とは腹壁や胸壁、心嚢壁など、体腔や臓器の最表面に存在している細胞です。臓器間の摩擦を減らしたり、漿液の産生や吸収を行なっています。
この細胞が腫瘍化し、中皮腫となります。

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中皮腫とは
中皮腫は中皮細胞が腫瘍化したもので、犬や猫での発生は稀な方です。
犬の中皮腫の好発部位は
・胸腔内
・腹腔内
・心嚢壁
などです。

『アスベストには要注意!』

アスベストの吸引は中皮腫の発生率を有意に上昇させる事がわかっています。趣味や仕事でアスベストを使用する人はペットへの暴露が無いよう注意しましょう。

An asbestos-related occupation or hobby of a household member and use of flea repellents on the dog were significantly associated with mesothelioma. 引用文献:Mesothelioma in pet dogs associated with exposure of their owners to asbestos.

 

アスベストとは
アスベストはケイ酸塩鉱物の一種で繊維状の鉱物です。アスベストを吸引すると肺の奥深くまで侵入し、結晶化します。
アスベストは薄い棒状のアンモサイト(角閃石)長い渦巻き状のクリソタイル(蛇紋石)に大別されます。
中皮腫などの発生率をあげるのはほとんどがアンモサイトの方ですが、現在使用されているアスベストの90%はクリソタイルです。

『中皮細胞が腫瘍化する原因』

アスベストの関与が示唆されているものの、中皮細胞が腫瘍化するメカニズムについて完全には解明されていません。
おそらくアスベストが中皮細胞の表現形や遺伝子に直接的あるいは間接的に作用しているのだろうとされています。

他には肺に侵入してきたアスベストを排除しようとマクロファージが出す炎症性物質が細胞の遺伝子を傷つけている可能性も言われています。

中皮腫のリスク因子となるもの
先ほどの原因となる腫瘍抑制遺伝子の変異と同様に、マクロファージや中皮細胞が刺激されることで産生されるIGF-1やPDGF、VEGFなども中皮腫の発生リスクを上げる原因となっています。
ちなみに
・IGF-1=インスリン様成長因子1
・PDGF=血小板由来成長因子
・VEGF=血管内皮増殖因子
のことです。

【中皮腫の挙動】

正常な中皮細胞は単層扁平な形状をし、微絨毛やデスモソームなどの存在によって判別されます。
体腔壁などで炎症が発生したら、中皮細胞は著しく増殖します。つまり、腫瘍性病変か炎症性病変かの鑑別は慎重に行わなければなりません。
中皮細胞は体腔内貯留液が存在すると、壁から剥がれ落ちやすくなり、他の場所へ播種することが多いです。
そのため中皮腫では遠隔転移は少ないものの、タネを蒔いたように多発性に発生することから一般的には悪性と考えられています。
播種の概念(図解)

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『中皮腫は何由来?』

中皮細胞の由来
中皮腫の元となる中皮細胞は形態学的には上皮細胞のように見えます。しかし、由来としては中胚葉由来の細胞であり、外胚葉由来の上皮細胞とは由来が異なります。

中皮腫には3つの型がある
中皮腫には組織学的な見え方によって、上皮型、間葉型、二相性の3つの型に分類されます。
小動物で多いのは上皮型でほとんどがこのタイプに該当します。

【症状】

『典型的な中皮腫では』

典型的な中皮腫は腹腔や胸腔内の表面に結節性の病変を多数作ります。

そのほかには、
腹水や胸水などの貯留が認められます。これは腫瘍表面から滲出するものや、腫瘍によるリンパ管の閉塞によって漏れ出るものなどがあります。
胸の中で水が溜まってしまうと呼吸促迫になり、お腹の中で水が溜まると腹部膨満が見られます。

『硬化性中皮腫では』

硬化性中皮腫は中皮腫の1つとして知られています。
硬化性中皮腫はオスでの発生がほとんどで好発品種としてジャーマンシェパードがいます。
この腫瘍では腹膜や胸膜に分厚い線維が張り付くため、他の臓器にも影響が出ます。腹腔に発生した硬化性中皮腫の場合、嘔吐や尿路障害などが起こります。

【診断方法】

『診断価値の低い検査』

腹部超音波検査
中皮腫の場合は腫瘤状の構造物を形成することが少ないため、超音波で発見することは難しいです。臓器や腹膜にへばりつくように発生します。

心エコー
小規模な研究論文で、15匹の心嚢水貯留が認められた犬のうち5匹が中皮腫だったという報告がありますが、はっきりと言うには実験が小規模すぎます。

『体腔貯留液の細胞診の診断価値は?』

体腔内の貯留液を採取し、細胞診で見ることは感染症やリンパ腫の診断ではよく行われています。一方で、中皮腫の診断となれば話は別です。
体腔貯留液が発生している時、中皮細胞の増殖は多くの場合で認められます。
そして、体腔貯留液中に含まれる変性した中皮細胞が炎症に反応した過形成なのか、腫瘍性病変なのかを鑑別することは難しいです。
体腔貯留液中に剥がれ落ちた中皮細胞は変性していることが多いので、悪性腫瘍細胞のように見えますが、誤認しないように注意が必要です。

というわけで、体腔貯留液の細胞診で腫瘍性病変かどうかを診断することはほとんどできません。

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一方でこんな研究結果もある!

心嚢水のpHで区別する
心嚢水のpHを測定することで良性悪性を判別できるかもしれません。とはいえ、下の引用文献によると、どうも診断精度はイマイチなようです。もっと研究が進んで、いつか使える日がくるといいですね。 

The lowest pH (6.40) was found in a dog with idiopathic PE and the highest pH (7.85) was found in a dog with neoplastic PE. However, data from the 2 groups overlapped in 33 out of 37 (89%) instances, and median pH from the idiopathic and neoplastic groups was not significantly different (7.40 and 7.47, respectively; P = 0.28; difference in medians = -0.7; 95% CI, -0.26-0.06).  引用文献:Use of pericardial fluid pH to distinguish between idiopathic and neoplastic effusions.

フィブロネクチン濃度で区別する
胸水が見られた症例で、心原性の胸水か炎症性/腫瘍性の胸水かを判別することができるという報告があります。
フィブロネクチンの測定は感度は高い(100%)ですが、腫瘍性病変の特異度は低い(57%)です。
なので、フィブロネクチンが上昇していない場合は腫瘍性疾患を除外できますが、上昇している場合に腫瘍性疾患だと言うことはできません。 

For the diagnosis of a malignant pleural effusion, sensitivity was 100% and specificity was 57%. Pleuritis also resulted in high FN concentrations. The FN concentration in malignant pleural effusions in dogs differed significantly (P < .02) from that in cardiogenic effusions.  引用文献:Fibronectin Concentrations in Pleural and Abdominal Effusions in Dogs and Cats

 

『確定診断はどうすればいいのか』 

悪性中皮腫を診断するのは非常に難しいです。特に早期の段階では非常に困難です。
中皮腫の診断には病理診断が必要になるため、十分量のサンプルを採取してくる必要があります。
なので、全身麻酔は必須。そして、可能であれば胸腔鏡や腹腔鏡などで採取できれば侵襲性を下げて生検することができます。

胸水、腹水が貯留している原因が分からない場合は、治療戦略を立てることができないため、体壁の生検を積極的に行う必要があります。

硬化性中皮腫の場合は、腹膜炎がひどいので、体腔の炎症性疾患との見間違わないように必ず病理組織検査を行わなければなりません。

『中皮腫の診断する上で役立つ指標は?』

腫瘍の発生部位と増殖形態
中皮腫は体腔壁に沿って発生し、その増殖形態は体腔壁を介して拡がっていきます。そのため、体腔壁がモコモコと盛り上がっている様子が画像などで確認できた場合は中皮腫の可能性を考えなくてはいけません。

免疫組織化学染色
中皮腫と診断を行うためには病理組織検査を行い、形態学的に他の腫瘍と見分けなければなりません。そして腫瘍を特定する際によく行われるのが免疫組織化学染色です。
しかし中皮腫の場合、中皮腫だと特定することができるマーカーがありません。

【治療法と予後】

結論から言うと、残念ながら現在の獣医療では治療は困難です。
行われる治療法としては外科手術や化学療法などがありますが、これも腫瘍の発生部位と播種の程度によって適応するかは変わってきます。

ただ、中皮腫自体発生が稀な腫瘍なので、治療成績を比較できるほどのデータがありません。
仮に外科手術で中皮腫を切除したとしても、 中皮腫は播種性に転移しており、完全に切除することは難しいでしょう。

化学療法もデータが限られていますが、シスプラチンの単剤療法が若干効くとの報告があります。しかし、その論文では治療開始から5ヶ月で亡くなってしまったそうです。

【最後に】

今回は中皮腫について説明しました。
腹腔内や胸腔内、心嚢内に発生し、播種状に増殖していく腫瘍です。さらに、中皮腫は中皮細胞の反応性過形成と鑑別することが難しいため、診断をつけにくい腫瘍です。
治療は難しいため、QOL維持を目的とした緩和療法が選択されるでしょう。
 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 696-699p