【はじめに】
今回は『天疱瘡』についてです。
天疱瘡とは自己免疫疾患の1つで、表皮の細胞がお互いをくっつけるための接着分子(マジックテープのようなもの)を攻撃し、皮膚がボロボロと剥がれ落ちてしまう病気です。
どの接着分子を攻撃するかによって病態は異なり、病名も分類されています。
今回は「落葉状天疱瘡」を中心に、
そのほかの
・紅斑性天疱瘡
・尋常性天疱瘡
などを簡単にご紹介できればと思います。
【目次】
【天疱瘡とは】
通常、皮膚などの上皮系細胞は細胞ひとつひとつが接着分子によって結合しています。天疱瘡ではこれらの接着分子をターゲットにした自己抗体が接着分子を破壊することで、細胞間の結合能を失ってしまう病気のことを言います。
『天疱瘡の定義』
天疱瘡の定義は以下のように書かれています。
"天疱瘡は重層扁平上皮のデスモソーム構成蛋白に対する自己抗体により、表皮や口腔粘膜上皮の細胞接着が破綻することで生じる自己免疫性疾患である"
引用:「日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 546p, (1)天疱瘡」 より抜粋
引用のように、天疱瘡は接着分子を標的に自己抗体が反応するⅡ型過敏症です。
『デスモソームについて』
デスモソームは細胞同士をくっつけつ接着分子の1つです。
角化細胞同士の接着を行なっており、これを破壊するような自己抗体が産生されることで、角化細胞は結合能を失います。
デスモソームについて(図解)
【落葉状天疱瘡】
『落葉状天疱瘡とはどんな病気か』
落葉状天疱瘡は皮膚の自己免疫疾患で最も多い疾患で、角化細胞間のデスモソームを標的とする自己抗体によって起こります。
この自己抗体による攻撃で、角質層下に膿疱を形成します。
標的とする主な接着分子
・犬はデスモコリン1
・猫は不明
です。
膿疱ができる理由
デスモコリン1に対する自己抗体が上皮間の接着を物理的に破壊
↓
角化細胞間の結合力の低下
↓
表皮内、角質下、毛包に棘細胞を含む小胞を形成
↓
小胞内腔に好中球、好酸球が遊走
↓
膿疱が形成される
落葉状天疱瘡の概要(図解)
『好発のあれこれ』
天疱瘡を発生しやすい犬種や年齢、性別をご紹介します。
好発犬種
・秋田犬
・チャウチャウ
・イングリッシュ・ブルドッグ
・ドーベルマン
・コリー
・オーストラリアン・シープドッグ
好発年齢
・犬:平均6歳(報告例は1歳未満〜16歳まで幅広い)
・猫:平均5.5歳(報告例は1歳未満〜17歳まで幅広い)
で主に中年齢での発生が多いみたいです。
性差
発症率における性別差はないです。
『落葉状天疱瘡で見られる症状』
原発性落葉状天疱瘡の最も特徴的な症状は角質下膿疱です。
角質下膿疱とは角質層の下にできる膿疱のことを言います。
初期の病変部位
・鼻鏡
・鼻の背側面
・眼の周り
・耳介
など顔周りでの発生が多いです。
慢性期の病変部位
顔周りに多かった病変はやがて、全身へ進行してきます。
特に病変が現れやすいのは脇腹や肉球です。
肉球の病変は
・重度の角化亢進
・ひび割れ
などが目立ちます。
膿疱は皮膚と肉球の境界部で見られることが多いです。
猫では爪周囲炎や乳頭でも膿疱が見られます。
注意点
角質下膿疱は破裂したりして、すぐに潰瘍やカサブタのようになってしまうので、必ずしも検査をした時に膿疱ができているとは限りません。
落葉状天疱瘡が見られる病変部位(図解)
『どのような診断アプローチを行うか』
落葉性天疱瘡を診断するには3つのアプローチで診断を進めていきます。
診断3つのアプローチ
アプローチ①:病変部位と症状
アプローチ②:感染症の除外
アプローチ③:病理学的所見
です。
「①:病変部位と症状」
顔周りや肉球に膿疱ができている場合は落葉状天疱瘡が疑われます。
「②:感染症の除外」
しかし、同様の症状を引き起こす細菌性膿皮症や膿疱性皮膚糸状菌症などとしっかり鑑別を行う必要があります。
「③:病理学的所見」
棘融解細胞を発見する
棘融解細胞とは角化細胞同士の結合がなくなり、1つ1つの細胞に遊離した角化細胞のことで、大型円形の細胞が顕微鏡で見られます。
膿疱の細胞診を行なった際に
無菌的で、好中球と好酸球が浸潤し、棘融解細胞が見られた場合、落葉状天疱瘡を疑うことができます。
落葉状天疱瘡を疑う細胞診の特徴
・無菌
・変性してない好中球や好酸球
・棘融解細胞がある
です。
ただ、棘融解細胞は落葉状天疱瘡だけでなく、膿皮症や膿疱性皮膚糸状菌症などでも見られるため、この細胞診も万能とは言えません。
さらに、落葉状天疱瘡でできる膿疱は破裂していたりすると細菌感染が起こっている可能性もあるので、無菌は必ずとは言えません。
免疫組織化学染色(直接蛍光抗体検査)
この検査は皮膚をパンチ生検し採取した後、自己抗体が角化細胞に結合していることを証明するための試験です。
やはりこの検査も完璧なものではなく、陽性率は犬で75%、猫で25%とされています。
免疫組織化学染色(間接蛍光抗体検査)
こちらは血清を用いて行います。血清中の抗角化細胞抗体を検出する試験です。
落葉状天疱瘡~診断アプローチ~
『落葉状天疱瘡で行われる治療』
落葉状天疱瘡の治療法ではプレドニゾロンによる免疫抑制が行われます。
用量としては犬で2-6.6mg/kg PO SID、猫で2-5mg/kg PO SIDです。
もしこのプレドニゾロン単体で症状の緩和や改善が認められない場合やプレドニゾロンの副作用が悪化した場合はアザチオプリンやシクロスポリンなどの免疫抑制剤を併用することで、プレドニゾロンの減量を図ります。
ついでに細菌による二次感染を予防するために、抗生剤も使用します。
【紅斑性天疱瘡】
『紅斑性天疱瘡とは』
紅斑性天疱瘡とは落葉状天疱瘡の亜型(良性タイプ)または天疱瘡とエリテマトーデスの中間的なポジションとして分類されており、良性の経過を辿る自己免疫皮膚疾患です。
犬で多く発生し、猫ではほとんど見られません。
好発犬種
・ジャーマン・シェパード
・コリー
・シェットランド・シープドッグ
です。
『顔面に限局する病変とは』
紅斑性天疱瘡は顔面に限局して病変が見られ、特に鼻と目の周りでよく病変が認められます。
主な症状としては
・表層のびらん
・鱗屑(フケ)
・痂皮(カサブタ)
が見られます。
その他の特徴として"鼻の脱色"と"口腔内への病変は見られない"ということです。
『診断方法について』
細胞診
好中球と棘融解細胞が見られます。
抗核抗体試験
抗核抗体試験とは血清中の抗核抗体を検出する試験のことで、抗核抗体とは核に対する抗体のことを言います。抗核抗体試験はエリテマトーデスなどのⅢ型過敏症(免疫複合体依存性過敏症)の診断で主に行われる検査です。
紅斑性天疱瘡におけるこの試験はあくまで補助的なものであり、陽性であっても紅斑性天疱瘡とは確定診断はできません。
病理組織学的検査
落葉状天疱瘡と同様の所見が認められます。
免疫組織化学的検査
落葉状天疱瘡と同様の所見が認められます。
『紅斑性天疱瘡の治療法』
直射日光を避ける
紅斑性天疱瘡は紫外線によって悪化すると言われています。直射日光を避けるか犬用の日焼け止めクリームを鼻に塗るなどして対応しましょう。
薬用シャンプー療法
薬用のシャンプーはカサブタなどの除去に役立ちます。
抗菌薬の投与
二次的な感染症を防ぐために、抗菌薬の投与が必要です。
免疫抑制剤の投与
プレドニゾロンなどのステロイドによる免疫抑制で治療を開始し、うまくコントロールできるかを見る。
コントロールできない場合は、『ステロイド+免疫抑制剤』を行い、改善するかを見ていく。
免疫抑制剤は効果が出るのに時間がかかり約8~12週間かかります。長い目で治療を行なわなければなりません。
【尋常性天疱瘡】
『尋常性天疱瘡ってどんな病気?』
尋常性天疱瘡は表皮と真皮の結合部やその近くにある抗原に対して自己抗体を産生し、破壊する自己免疫性の皮膚疾患です。
落葉状天疱瘡と異なる点
落葉状天疱瘡と異なる点は自己抗体の標的となる抗原の場所です。
・落葉状天疱瘡→デスモコリン1(角化細胞間の接着分子)
・尋常性天疱瘡→デスモグレイン 3(主に粘膜や表皮と真皮の境界部)
尋常性天疱瘡が重篤化する理由
尋常性天疱瘡は表皮と真皮というより深部での棘融解が原因で起こる病気で、表皮ごとベロっと剥がれるがゆえにより重篤な病気となります。
『尋常性天疱瘡で見られる症状』
尋常性天疱瘡の主な症状は主にびらんや潰瘍が認められ、たまに水疱が起こります。
こういった症状がよく見られるのは
・皮膚:特に腋窩や鼠径部
・皮膚粘膜境界部:爪床、口唇、眼瞼など
・粘膜:口腔内、肛門、外陰部、包皮、結膜
などです。特に口腔内などの粘膜が剥がれることが特徴的な病変と言えます。
なぜ尋常性と落葉状で病変部位が異なるのか?
落葉状天疱瘡は皮膚での発生が多いのに対し、尋常性はなぜ粘膜面での発生が多いのでしょうか?
それにはこれら2つの天疱瘡の自己抗原とその分布の違いにあります。
落葉状天疱瘡の自己抗原であるデスモコリン1は皮膚の表皮に多く存在し、粘膜ではその分布が少ないです。よって病変は皮膚の表層表皮に発生します。
一方で、
尋常性天疱瘡の自己抗原はデスモグレイン3です。つまりデスモグレイン3があるところで病変が現れます。
皮膚と粘膜ではこのデスモグレイン3の分布が若干異なります。
皮膚でのデスモグレイン3の分布は表皮と真皮の境界部(基底膜層)に偏在的に分布しており、粘膜での分布は全体的に多いです。
つまり、デスモグレイン3の分布は皮膚の表皮-真皮境界部と粘膜になります。したがって病変が発生するのは表皮下と粘膜になるのです。
尋常性と落葉状、標的の分布(図解)
その他の症状
・発熱
・沈鬱
・食欲不振
・流涎
・口臭
です。流涎と口臭は口腔内病変に付随して発生するものとされています。
鑑別疾患リスト
・水疱性類天疱瘡
・全身性エリテマトーデス(SLE)
・多形紅斑
・中毒性表皮壊死症
・薬物反応
・感染症
・血管炎
・表皮向性リンパ腫
・猫の舌炎だと、FIVや猫カリシとの鑑別も必要
『どうやって診断するか?』
病理組織学的診断
表皮基底膜層上部での乖離が見られます。そのほかに棘融解細胞も認められます。
免疫組織学的診断
表皮全層のケラチノサイト間におけるIgGと補体の沈着がみられます。
偽陰性、偽陽性共によくみられるので、総合的な判断が必要になります。
細菌培養
基本的には病変部は無菌的なのですが、破裂してたりして二次感染が起こっている場合は細菌感染が認められることもあります。
『治療は3つのアプローチ』
薬用シャンプー療法
薬用のシャンプーはカサブタなどの除去に役立ちます。
抗生物質の投与
尋常性天疱瘡では二次感染による膿皮症を抑えるために、全身性の抗生物質の投与が勧められています。
抗生物質を使用した群としなかった群の比較実験では、使用した群の方が有意に生存率が伸びたという報告もあります。
免疫抑制
尋常性天疱瘡は自己抗体よる免疫介在性疾患であるため、免疫抑制をかけることが治療の基本となります。
免疫抑制剤として最も多用されるのがプレドニゾロンです。
高用量プレドニゾロンの投与で治療を行います。しかし、プレドニゾロンで症状を抑えられない、副作用が出てきた、といった場合はプレドニゾロンを減量し、他の免疫抑制剤を併用します。
【最後に】
今回は『天疱瘡』として、落葉状天疱瘡、紅斑性天疱瘡、尋常性天疱瘡を解説しました。天疱瘡は細胞同士がくっつくために必要な接着分子を攻撃して、皮膚が剥がれてしまう自己免疫疾患です。皮膚の病気は原疾患に続発する細菌感染にも注意が必要です。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 866-870p
Keith A. Hnilica ; Adam P. Patterson : Small Animal Dermatology A Color Atlas and Therapeutic Guide. 4th ed., ELSEVIER, 2016, 245-263p