【はじめに】
今回は『ペットの熱中症』をテーマに解説していこうと思います。毎年気温が上がってくるこの時期になると、熱中症によって命を落としてしまう方が多数います。この熱中症って、実は動物でもよくあることなんです。
でも、僕ら獣医学科に通う獣医学生でもキチンと授業で習うことってないんですよね。しかも、一般的に獣医学生が使っている内科の教科書には熱中症について載ってないんです。
熱中症とは一体何なのか、熱中症の時、体では何が起こっているのか、どのように対策すれば良いのか、そういったことをしっかり記載していければ良いなと思います。
【関連記事】
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- 【はじめに】
- 【熱中症の概要について】
- 【体温調節のメカニズム】
- 【熱中症を引き起こすリスク因子】
- 【本当に熱中症?類似症状にご注意を】
- 【高体温症進むとどうなるか】
- 【最後に】
- 【本記事の参考書籍】
- 【関連記事】
【熱中症の概要について】
『高体温症の定義』
熱中症の原因にもなり得る、高体温症の定義とは『過度な運動や高温な環境にいた際、体温が重度に上昇(40.5~43℃)すること』とされています。
高体温症から引き起こされる熱中症はほとんど(78%)が6~8月中に認められており、暑くなるこの時期から注意しておくべきでしょう。
Exertional and environmental heat stroke were present in 63% (34 of 54) and 37% (20 of 54) of the dogs, respectively, and 78% (42 of 54) were examined between June and August. 引用文献:Heat stroke in dogs: A retrospective study of 54 cases (1999-2004) and analysis of risk factors for death.
『高体温症の分類』
高体温症には2つのタイプに分かれます。
①発熱性高体温症(高熱)
②非発熱性体温症(熱中症)
発熱性高体温症(高熱)
発熱性高体温症とは視床下部にある体温調節中枢が反応して、体温を上げている高体温症で、いわば生理的な反応によるものです。病気で起こる『発熱』がこれに該当します。
非発熱性高体温症(熱中症)
非発熱性高体温症とは熱放散の異常によって起こる高体温症で、気温や湿度が高いと30分程度で起こってしまいます。特に夏場の炎天下や体を冷やすことができる場所が無い時は要注意です。いわゆる『熱中症』がこれに該当します。
今回は熱中症がテーマなので、後者の非発熱性高体温症がメインになります。
高体温症の分類(図解)
【体温調節のメカニズム】
体温は視床下部にある体温調節中枢によって制御されています。この体温調節中枢が正常に働くおかげで、我々人間を含め動物たちは気温に関係なく体温を一定に保つことができます。
『体温調節の基礎、熱利得と熱消失とは』
前の項で体温が一定に保つことができるのは体温調節中枢が制御しているからとお話ししました。
ではどのようにして、下がり過ぎた体温を上げたり、上がり過ぎた体温を下げたりしているのでしょうか?
それにはどうやら『熱利得』と『熱消失』という活動が関係しているみたいです。
熱利得
熱利得とは体温をあげるために熱を産む作業です。
熱利得が起こる時
・食物の酸化的代謝:食べ物を消化している時
・運動
・外気温の上昇
などです。
一方で、熱消失はどのようなものでしょう。
熱消失
熱消失とは体温の上昇を避けるために熱を逃す作業です。
熱消失が起こる時
・冷たい場所
・末梢血管の拡張時
・蒸発性の冷却:発汗やパンティング
などです。
『パンディングの重要性』
パンティングとは
パンティングとは「ハァーハァー」と胸を大きく膨らませて息を吐き出す呼吸方法のことを言います。マラソン選手が走り終わってやっているアレです。
気温の上昇や激しい運動によって体温が上昇した際、蒸発性の冷却すなわち発汗やパンティングはとても重要な働きをします。
特にパンティングは重要です。
なぜなら、動物には汗腺が少なく、汗をかきにくいので、蒸発性の冷却を主に担うのはパンティングだからです。
パンティングが起こるメカニズム
パンティングは体温調節中枢から指令を受け行われます。
体温が上昇
↓
体温調節中枢が体温上昇を感知
↓
パンティング中枢へ指令が送られる
↓
パンティングが起き、体温を下げる
こういった流れ、パンティングは起きています。
パンティングで体温が下がる理由
パンティングでは胸を膨らませ、大きく呼吸を行います。これは何をしてるかというと、外気の冷たい空気を気管や肺に取り入れ、体の中心部に近い粘膜面に触れさせて熱を下げているのです。
これらのメカニズムを理解しておくことが次の項の説明を理解するのにとても大切です。
パンティングで体温が下がる理由(図解)
『パンティングが使えない状況とは』
汗腺が少ない動物にとってパンティングは体温調節を行う上でとても大切な作業になります。しかし、このパンティングが功を奏さない場合があるのです。
それは、湿度が高い時です。
高体温症へ導く悪循環
前項でお話しした通り、パンティングでなぜ体温が下がるかというと、冷たい空気を粘膜に触れさせてその気化によって体を冷やしているのです。
湿度が高い状況ではその気化をうまく使用することができません。おまけにパンティングによって大きく体を動かしているので、体温が上がってしまいます。
さらに、体温が上昇するにつれて、代謝量も上がるので、どんどん熱が体に蓄積されていきます。
対策として
湿度が高く、パンティングによる熱消失がうまく機能していないと犬は冷たい場所を探します。うまくパンティングが機能していないなと感じられた場合は冷たいものを体に当てて、冷やしてあげましょう。
【熱中症を引き起こすリスク因子】
熱中症が起こりやすい状況についてです。要するに体温が下げられない状況ということです。
体温を下げられない状況(疾患)
・下部気道閉塞
・喉頭麻痺
・短頭種気道症候群
・気管虚脱
・肥満
・熱産生性の疾患歴あり
体温を下げられない状況(環境)
・多湿
・日陰がない
・冷たい場所がない
・水がない
などです。
先ほどから話しているパンティングをうまく機能させないような疾患がリスク因子となってます。そのほかに肥満や前歴などが上がっています。
環境では熱を下げさせない状況が上がっています。
【本当に熱中症?類似症状にご注意を】
熱中症と同様の症状を示す病気をご紹介します。前提条件としては直腸体温が40.5℃を超えており、感染症などが認められないという条件です。
熱中症と同様に非発熱性高体温症を示している動物では熱中症以外にどのような疾患があるのでしょうか?
考えられる疾患として挙げられるのは中枢神経系の炎症性疾患です。
具体的には
・髄膜炎
・脳炎
・体温調節中枢に関わる視床下部の腫瘤性病変
があります。
そのほかに考えるべき鑑別疾患として、
中枢神経系以外の鑑別疾患
・悪性高熱(特にゴールデンレトリバー)
・発作
・毒物による痙攣:キシリトール、アンフェタミン、メタアルデヒド、ブロメタリン、ストリキニン
・筋繊維束性痙縮による発熱
などがあります。
【高体温症進むとどうなるか】
『初期の高体温症では』
最初は換気能の低下
体温が上がり始めた初期の高体温症では換気能の低下によって二酸化炭素の排出がうまくできなくなります。
さらに体温が上がると、
体は熱を逃がすために末梢血管(体表の血管)を拡張させます。末梢の血管が拡張すると血圧が下がってしまうので、その血圧を維持するために内臓の血管が代わりに収縮することで、血圧を維持します。
さらにさらに…
さらにカテコラミンの作用によって心拍数が上昇します。
これは血管拡張によって起きた相対的・絶対的血液量の減少をまかなうために心拍出量を増やそうとしているのです。血圧が下がっていることを体が感知し、一生懸命心臓を動かして、血液量を維持しようとする体の生理的な反応です。
しかし、矛盾が生じる
心臓は大きく膨らみ、一気に収縮することで、全身に血液を送っているポンプです。これが低血圧に反応し、心拍数で拍出量を補おうとすると、小刻みにバクバクと心臓が動くので、一回に送り出せる血液量が減ってしまいます。
過度な心拍数の上昇はやがて、拍出量の低下に繋がり、生命維持に必要な臓器への血液供給が減っていきます。結果として、多くの臓器で虚血性のダメージを受けるのです。
高体温症の進行ステップ(図解)
『進行した高体温症では』
高体温症が持続すると神経組織や心筋細胞、肝細胞、腎臓間質/尿細管細胞、腸管バリアなどが熱によって傷害されます。
さらに、
酸化的リン酸化(←ATP(エネルギーの源)を作る回路のこと)や酵素活性の機能が低下し、エネルギー産生ができなくなります。酸化的リン酸化や酵素活性は正常体温37~38℃で最も活発に活動できるようになっているので40℃を越えると機能が低下します。
心拍出量の低下に伴う臓器の虚血性傷害をはじめ、酵素活性の低下や、酸化的リン酸化の破綻が起こると、好気的解糖ができなくなり、乳酸がたくさん作られてしまいます。
乳酸の蓄積によって高体温症では乳酸性アシドーシスが見られます。
※アシドーシスとは血液を酸性側にしようとする流れ(状態)をいい、このアシドーシスが起こると体は様々な異常を呈します。
では、次の項では高体温症の持続によって熱傷害を受ける臓器を一個ずつ見ていきましょう。
【最後に】
今回は「熱中症がなぜ起こるか」という熱中症の概要・発生機序について解説しました。熱中症が起こる原因を理解しておけば、気をつけなければらない点を理解することも容易になってきます。次回は熱中症の症状についてです。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 562-566p
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