今回は『犬のリンパ腫』について徹底解説していこうと思います。
この記事はおそらくリンパ腫解説ブログの中で一番詳しく書いているのではないか思います。
あまりに長いので、リンパ腫の連載をしていこうと思います。
では、早速ですが今回は統計、原因、分類についての解説の方へ行ってみましょう!
【目次】
- 【リンパ腫とは】
- 【リンパ腫の統計】
- 【病因:リンパ腫の原因を考える】
- 【リンパ腫の分類:場所で分ける】
- 【リンパ腫の分類:組織学で分ける】
- 【最後に】
- 【本記事の参考書籍】
- 【この記事を読んだ方にオススメの記事】
【リンパ腫とは】
リンパ球系の細胞が腫瘍化したものです。
リンパ節や脾臓、骨髄といったリンパ器官での発生が多くみられますが、これら以外の臓器でも多いことは間違いありません。
【リンパ腫の統計】
『年間発症率』
リンパ腫の発症率はかなり多いです。
ある複数の研究では、
1歳未満の集団では100,000匹中1.5匹でリンパ腫が発生しているのに対し、
10~11歳の集団では100,000匹中84匹でリンパ腫が発生している
という報告があります。
これらのことから、リンパ腫は年齢とともにリスクが上昇していくことが分かります。
『腫瘍中のリンパ腫の発症率』
犬の腫瘍の中で、リンパ腫はどのくらい多いのかは気になります。
ある論文では腫瘍全体の7~24%がリンパ腫であり、
造血系悪性腫瘍の83%がリンパ腫であると言われています。
腫瘍中のリンパ腫の発生率(図解)
『好発年齢、好発犬種、性差』
リンパ腫の好発年齢
リンパ腫の好発年齢は中年齢以降であり、平均発症年齢は6~9歳です。
好発犬種
・ボクサー
・ブル・マスティフ
・バセット・ハウンド
・セント・バーナード
・スコティッシュ・テリア
・エアデール・テリア
・ブル・ドッグ
ちなみに低リスク犬種は
ダックスフントとポメラニアンです。
性差
雌の方が発症率が低いです。
【病因:リンパ腫の原因を考える】
『遺伝的因子の話』
「染色体異常がリンパ腫の予後に関連する」
『ミクロアレイ』という細胞中に含まれる遺伝子の発現量を調べる方法を使って、リンパ腫の腫瘍細胞で何が起こっているのか調べることができます。
Breenさんのグループが見つけたこと
リンパ腫腫瘍細胞の遺伝子検査を行った結果、
・第13染色体と第31染色体の過剰発現
・第14染色体の消失
があることが分かりました。
↓この話はNature誌に掲載されてます。僕はabstractしか読んでいませんが…(笑)
また、ちょっと古い論文ではありますが、13番染色体のトリソミー(3つあること)は生存期間を伸ばすというデータもあります。
The results from life table survival curve analysis demonstrated that first remission length and survival time were significantly longer in 15 of 61 (25%) dogs that had a trisomy of chromosome 13 as the primary chromosomal aberration than in those dogs (46/61, 75%) with other primary chromosomal aberrations (P < 0.05). 引用文献:Diagnostic and prognostic importance of chromosomal aberrations identified in 61 dogs with lymphosarcoma.
「リンパ腫を誘発する遺伝子」
腫瘍化に関与している遺伝子
・N-ras:がん遺伝子、細胞増殖を促進する。通常は制御されている。
・p53:がん抑制遺伝子、DNAの修復や細胞増殖の停止に関与。
・Rb:がん抑制遺伝子、細胞周期のS期への移行を制御。
・p16サイクリン依存性キナーゼ:がん抑制遺伝子、細胞周期の抑制に関与。
これらの遺伝子が変異を起こすとリンパ腫が進行するリスクが上がります。
腫瘍化に関与している遺伝子(図解)
『感染因子の話』
「犬でもEBウイルス?」
Epstein-Barr virus(エプスタイン・バールウイルス:EBウイルス)は今ではヒトヘルペスウイルス4型(HHV-4)と呼ばれている人間のウイルスです。
唾液中に存在し、キスなどによる接触で伝播します。
このHHV-4はリンパ腫をはじめ、多くの悪性腫瘍の発生に関与していると言われています。
このHHV-4は犬でも感染する可能性があるかは現在まだ解明されていません。
「ヘリコバクター属菌の感染は?」
人ではヘリコバクター属菌(ピロリ菌など)の感染が胃のリンパ腫を誘発するという報告がありますが、犬では関与がないです。
『環境因子の話』
2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)
人間の話ですが、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸は非ホジキンリンパ腫になるリスクが高まります。
2,4-D除草剤の使用は注意が必要です。
強い磁場のあるところ
強い磁場があるところにいるとリンパ腫のリスクをあげるのではないかと言われています。約1.8倍です。
ほんとかな?(笑)
『免疫学的因子の話』
「免疫介在性疾患の関与」
免疫介在性血小板減少症がリンパ腫の発症リスクを上げると考えられています。
「免疫抑制剤の関与」
そのほかにも猫の腎臓移植を行なった後に使用するシクロスポリン(免疫抑制剤)が腫瘍のリスクを上げるのではないかと言われています。
実験の手順
うまく解読できなかったのですが、おそらく「ケトコナゾール(シクロスポリンの代謝を延長させる)+シクロスポリン」群と「シクロスポリン」群で移植後腫瘍発生率を比較している実験です。
これで、シクロスポリンが体内に長く留まっていた群が有意に腫瘍発生率が多かったという話だと思っています。
引用文献のリンクを貼っておくので、間違っていたら教えて下さい(笑)
「犬アトピー性皮膚炎」
犬アトピー性皮膚炎が表皮向性T細胞リンパ腫の発症リスクを上げる可能性があるという報告があります。この引用文献曰く、人では菌状息肉腫とアトピー性皮膚炎の間に関係があると言われていると書いてます。それを犬でも同じか調べたという実験です。
Five of them (5/19, 26.3%) had previous diagnosis of AD. The odds of having MF was 12 times (OR = 12.54; 95% CI = 1.95-80.39; P < 0.01) higher in dogs with AD than in dogs without AD. In conclusion, this study suggests an association between AD and MF in dogs. 引用文献:Investigation on the association between atopic dermatitis and the development of mycosis fungoides in dogs: a retrospective case-control study.
【リンパ腫の分類:場所で分ける】
リンパ腫が発生する場所は非常に多岐に渡ります。
『多中心型リンパ腫』
犬のリンパ腫で一番多いのがこの型です。
約84%のリンパ腫が多中心型を示します。
体表のリンパ節が腫脹することで発見されることがほとんどです。
体表リンパ節の場所(図解)
『消化管型リンパ腫』
約5~7%が消化管型リンパ腫です。
このタイプのリンパ腫は雌犬より雄犬でよく発生すると言われています。
消化管型リンパ腫の特徴としては
・多巣状の病巣を作る
・消化管壁の肥厚
・胃の狭小化
・胃の潰瘍
などが挙げられます。
肝臓や領域リンパ節へ転移する可能性もあります。
「注意すべき併発疾患」
消化管型リンパ腫では腫瘍と共にリンパ球形質細胞性腸炎(LPE)が見られる場合があります。
LPEとはIBD(炎症性腸症)などで見られる病理組織学的診断名です。
リンパ球や形質細胞はリンパ腫の腫瘍細胞と似ており、リンパ腫とLPEを鑑別するのは難しいです。
ちなみにですが、
なんと併発疾患であるLPEはリンパ腫へ発展する可能性があることがわかっています。
LPEに関してはこちらの記事を参考にして下さい↓
「消化管型リンパ腫のサブタイプ」
リンパ球にはT細胞というものとB細胞というものがあります。
消化管型リンパ腫はほとんどがB細胞由来のリンパ球が腫瘍化すると言われていますが、最近ではT細胞によるものも多いと言われています。
「消化管型リンパ腫の好発犬種」
・ボクサー
・シャーペイ
『縦隔型リンパ腫』
縦隔型リンパ腫は縦隔にできるリンパ腫でリンパ腫のうち約5%がこれに入ります。
縦隔リンパ節の腫脹によって発見されることがほとんどです。
縦隔型リンパ腫の特徴は2つあります。
「縦隔型の特徴①:高Ca血症」
高カルシウム血症を示すこと
リンパ腫自体、10~40%の割合で高カルシウム血症を引き起こします。
37匹の高カルシウム血症を示しているリンパ腫の犬を調べた結果、その43%(16匹)が縦隔型リンパ腫であったそうです。
つまり、
『リンパ腫+高Ca血症→43%は縦隔型リンパ腫』
と言えます。
「縦隔型の特徴②:ほぼ全てがT細胞型」
縦隔自体がT細胞リンパ球を産生する場所であるので、当然ですが縦隔型リンパ腫のほとんどはT細胞性リンパ腫になります。
『皮膚型リンパ腫』
皮膚型リンパ腫は『表皮向性リンパ腫』と『非表皮向性リンパ腫』に細分化されます。
「表皮向性リンパ腫とは」
表皮向性リンパ腫は別名『菌状息肉腫』といいなんともイカツイ名前です(笑)
表皮向性リンパ腫の特徴としてはT細胞性リンパ腫であるということであり、それは人と類似している点であります。
さらにいうならば、
・犬の表皮向性リンパ腫:CD8+T細胞由来が多い
・人の表皮向性リンパ腫:CD4+T細胞由来が多い
ということがわかっています。
「表皮向性:セザリー症候群とは」
『セザリー症候群(Sezary syndrome)』とは
『大きな溝が入った異形な核を持つリンパ球が末梢血液中に見られること』を言います。
「非表皮向性リンパ腫とは」
肉眼的な見え方としては単一あるいは複数の結節が皮膚や皮下にできます。
病理組織組織学的な見え方としては表皮と真皮乳頭層にまたがる様に病巣が拡がり、皮下組織にまで及ぶことがあります。
『肝臓/脾臓原発のリンパ腫』
肝臓、脾臓、骨髄に原発するリンパ腫は悪性リンパ球が臓器に浸潤しているのにも関わらず、リンパ節の腫脹がほとんど見られないのが特徴です。
リンパ球のサブタイプはT細胞であり、これらの内蔵型リンパ腫はT細胞性リンパ腫が多いです。
T細胞はγδTcell受容体発現T細胞が考えられています。
肝臓/脾臓原発性リンパ腫は非常に浸潤性が高く、治療効果も薄いです。
『血管内(皮)リンパ腫』
定義としては『血管外の原発巣や白血病を欠いた血管壁への腫瘍性リンパ球浸潤』といったところです。
血管内リンパ腫は中枢神経や末梢神経、目などにも関与しています。
サブタイプは?
人間の血管内リンパ腫はB細胞性リンパ腫が一般的ではありますが、
犬の場合、血管内リンパ腫のサブタイプはほとんどがT細胞性あるいはNull細胞性(T細胞でもB細胞でもない細胞)です。
『肺リンパ腫様肉芽腫症(PLG)』
PLGとは肺にリンパ球や好中球、形質細胞、マクロファージが異常に蓄積した結節状病変を血管を中心にして形成します。
リンパ球のサブタイプはB細胞性、T細胞性ともありえます。
肺リンパ腫様肉芽腫症がリンパ腫なのかそれとも前リンパ腫様病態なのかは議論が交わされています。
症状は呼吸器疾患が見られ、治療では様々な化学療法が使用されます。
リンパ腫の種類(図解)
【リンパ腫の分類:組織学で分ける】
犬のリンパ腫はたくさんの種類があり、『今どんなタイプのリンパ腫と戦っているのかを明らかにするため』に分類されます。
その分類によって、ある程度の治療成績と予後を予測することができます。
リンパ腫の分類システムは多く存在し、有名なものとしては
『Kiel分類システム』
『NCLWF分類システム』
(『Rappaport分類システム』)←有名だけど役立たない(笑)
があります。
これらがどのような分類方法なのか簡単に説明していこうと思います。
『WF分類システム』
この分類システムは
・組織構造:びまん性or濾胞型
・細胞型:小球性細胞、大球性細胞、免疫芽細胞性
を分類したもので、免疫表現型(T細胞性やB細胞性)などの分類を含んでいません。
『Kiel分類システム』
この分類システムは
・組織構造:びまん性、濾胞型
・形態:中心芽細胞性、中心細胞性、免疫芽細胞性
・免疫表現型:T細胞性、B細胞性
を分類したものです。
『WF分類システムとKeil分類システム』
これら2つの分類システムは細胞形態や分裂像、浸潤性の程度によって、低、中、高グレードの3つのグレーディングを行います。
「2つの分類で食い違い、考えるべきこと」
これら2つの分類でグレーディングに齟齬が生まれた場合、考えるべきことは犬種による免疫表現型の問題です。
・B細胞性になりやすい犬種(コッカー・スパニエルとドーベルマン・ピンシャー)
・T細胞性になりやすい犬種(ボクサー)
・どっちにもなりやすい犬種(ゴールデン・レトリバー)
がいます。
WF分類システムは免疫表現型による評価をしていないので、こういった食い違いが生まれます。
「これらの分類から分かること」
ある研究ではWF分類システムが生存率に相関があり、Kiel分類システムが再発の予測を立てるのに役立つという報告があります。
「リンパ腫の免疫細胞型の割合」
・B細胞性:60~80%
・T細胞性:10~38%
・B細胞T細胞複合型:多くて22%
・Null細胞性:5%以下
「分類から分かる抗がん剤の効き目」
一般的に言われていることは、低グレードリンパ腫は効きが悪く、中〜高グレードのリンパ腫の方が効きが良いということです。
ただし、低グレードリンパ腫ではアグレッシブな抗がん剤治療を行う必要もないため、治療は比較的軽度です。
【最後に】
犬のリンパ腫は発症率がとても多く、その分わかっていることも多いです。今回はリンパ腫の統計、原因、分類についてお話ししました。リンパ腫の症状や治療法、予後についても今後掲載する予定です。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwen’s SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed., ELSEVIER, 2013, 608-638p