オタ福の語り部屋

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コアワクチン① 『犬ジステンパーウイルス』

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犬ジステンパーウイルス感染症、部位別症状

今回は『犬ジステンパーウイルス感染症』について説明します。
犬ジステンパーウイルスはコアワクチンの1つにも含まれているウイルスです。皆さんは普段、混合ワクチンを打ちに連れて行かれると思いますが、そのワクチンはどのような病気を予防するのに必要なのかご存知でしょうか?

今回説明する犬ジステンパーウイルスとはリンパ球と呼ばれる免疫細胞に感染し、全身へと病原体が拡がっていくウイルスです。

 

【目次】

 

【犬ジステンパーウイルスとは】

『基本情報』

・パラミクソウイルス科 モルビリウイルス属 犬ジステンパーウイルス
・エンベロープ有
・一本鎖RNAウイルス

 

『特徴』

犬ジステンパーウイルスは紫外線や熱、乾燥に弱く、宿主外の環境では長期間生きることができません。
一方で寒さには強く、0~4℃の環境では数週間生きることができます。
フェノール類(0.75%)や四級アンモニウム類(0.3%)で不活化でき、感染予防にはこまめな殺菌が大切です。

 

『感染すると…』

感染すると、急性の全身症状(呼吸器症状、消化器症状、神経症状、鼻の角化亢進など)がみられます。
若齢の犬では死亡率が50%以上ある危険なウイルスです。

 

『宿主(感染の恐れがある動物)』

イヌ科動物
・イタチ目:フェレット、カワウソ、テン、ミンク
・大型ネコ科動物:ライオンやチーター

 

【疫学:ウイルスの分布は?】

世界中のあらゆる地域で犬ジステンパーは確認されています。
もうかれこれ50年以上ワクチンが行われていますが、撲滅することはなく、野生動物間で保有が認められています。

 

【伝播経路:どうやって感染が拡がるか】

犬ジステンパーウイルスは感染個体が排泄する嘔吐物、糞尿、またはそれらが付着したタオルやお皿などを経口摂取することで感染が起こります。
また、咳やくしゃみなどで飛んできたエアロゾルを吸引することで感染が起こります。 

ウイルス暴露後7~10日でウイルスは表皮や中枢神経系に血行性に拡大していきます。

全身症状が見られている時、排出物全部にウイルスが含まれているので、扱いには十分注意が必要となります。

感染した犬では約3ヶ月以上は他の犬へ感染する可能性があります。 

犬ジステンパーウイルスの伝播様式(図解)

犬ジステンパーウイルスの伝播様式

 

【病原体の動き方について】

『感染から2~4日後』

最初の標的となるのは扁桃腺や肺門リンパ節、気管支上皮にいるマクロファージとリンパ球です。
そこでウイルスが増殖します。

犬ジステンパーウイルスは免疫細胞の細胞膜表面に存在するCD150(SLAM)を標的として感染します。

扁桃腺やリンパ節には免疫細胞が多数存在しており、免疫細胞のTh1細胞(リンパ球)はSLAMを多く発現していることから、犬ジステンパーウイルスの標的となりやすいのです。

犬ジステンパーウイルスの標的細胞(図解)

犬ジステンパーウイルスの標的細胞

 

『感染から4~6日後』

ウイルスが胃や小腸、脾臓、肝臓のマクロファージと骨髄、リンパ組織のリンパ球に感染し、全身へ拡大していきます。

犬ジステンパーウイルスはマクロファージやリンパ球に感染するので、リンパ球減少症や発熱を引き起こします。
さらに、血行性にウイルスは拡大し、目や皮膚、中枢神経系にも感染が起こります。
感染は長期間持続します。
このようにして、呼吸器や胃腸、尿路、表皮から長期にわたってウイルスを排出し続けます。

 

『感染から9~14日後』

犬ジステンパーウイルスに感染すると一時的な免疫抑制状態になります。

免疫抑制が重度の場合

中枢神経疾患へと症状が発展します。死亡する個体も多いです。

これらは若齢犬で多いです。

 

免疫抑制が軽度の場合

不顕性感染が持続し、全身症状は落ち着きます。

しかし、中枢神経疾患に発展するリスクはあるので、経過を注意深く観察しなければなりません。

 

『中枢神経系への感染』

血液に乗って犬ジステンパーウイルスが中枢神経の脈絡叢上皮細胞やアストロサイト、ニューロンに感染します。
この時、MHCⅡ(抗原提示を行い、CD4に結合する)や炎症性サイトカインなどもアップレギュレートされています。
免疫抑制が重度な個体では炎症反応を示さない急性の『脱髄』が見られます。

 

脱髄とは
脱髄とは神経細胞を囲っている鞘みたいものが剥がされて、神経細胞が露出してしまうことです。脱髄が起こると神経伝達の遅延や神経障害が発生します。
 

亜急性〜慢性の犬ジステンパーウイルス脳炎
マクロファージの活性化と炎症性メディエーターの放出により、ウイルス抗原に対する炎症反応が起こります。

ウイルス感染あとからの流れ(図解)

犬ジステンパーウイルス感染あとからの流れ

 

【症状】 

犬ジステンパーウイルス感染症は宿主の免疫応答力によって重篤さが異なります。
老齢犬や免疫力の低下気味の犬程度では無症状性の感染や軽度の症状が見られます。
一方で、子犬では重篤な症状と高い致死率があります。
 

上述でもありますが、犬ジステンパーウイルスはまず宿主のリンパ装置に感染します。
これにより、リンパ球減少症と発熱が見られます。

続いて、
・元気消失
・食欲不振
・脱水
・結膜炎
・呼吸器症状:漿液性・粘液性鼻汁、咳
が起こります。

『呼吸器症状』

呼吸器症状は免疫応答がうまく機能していないと進行性に悪化していきます。
漿液性(サラサラ)や粘液性(ネバネバ)の鼻水が出ていたり、収まる気配のない咳には注意が必要です。

 

ウイルス性肺炎
下部呼吸器(細気管支や肺)に犬ジステンパーウイルスが感染すると、ウイルス性肺炎を示します。
ウイルス性肺炎は細菌性肺炎に続発して感染することが多いものであるため、本当に犬ジステンパーウイルスによる肺炎なのかを鑑別しなければいけません。

 

『消化器症状』

嘔吐や粘液性・出血性の下痢が見られます。
これらは腸管粘膜上皮細胞にウイルスが感染するために見られる症状です。
 

『眼の症状』

視索上皮に感染すると
・羞明:まぶしがること
・前部ぶどう膜炎
・脈絡網膜炎
などが発症します。
 

視神経が障害されると、失明や散瞳などが起こります。
・失明:視力を失うこと。失明は網膜剥離でも起こります。
・散瞳:瞳孔の開閉が制御不能になる症状
 

『泌尿器の症状』

尿路上皮の障害を受けることがあります。
腎臓や膀胱の尿路上皮が障害され、結果として排尿障害が起きる場合があります。
 

『その他の症状』

・鼻鏡や肉球の肥厚
・子犬でエナメル質の過形成
・長骨の骨幹端の骨硬化症←若齢大型犬で多い

 

『一番注意‼︎中枢神経系の症状』

神経症状は全身症状が治った1~3週間後に症状として見られます。神経症状は進行性がほとんどで、予後に大きく関わる因子です。 

全身症状を示していた時にどんな症状が見られたかで、中枢神経症状に発展するものか否かがある程度わかっています。

膿疱性皮膚病変を持つ犬では中枢神経症状には発展しにくいとされており、一方で鼻鏡や肉球での角化症は中枢神経症に発展しやすいとされています。

 

具体的な神経症状
・ミオクローヌス痙攣:犬ジステンパーウイルス感染では最もよく見られる症状
・運動失調
・測定過大
・不全対麻痺
・四肢不全麻痺
・頸部の痛み 

 

犬ジステンパーウイルス感染症、部位別症状(図解)

犬ジステンパーウイルス感染症、部位別症状



【診断】

『症状から』

犬ジステンパーウイルス感染症では全身症状を示し、呼吸器症状、消化器症状、神経症状といろんな症状を示すため、診断を定めていくのは難しいです。

 

『血液塗抹』

核内あるいは細胞質内に封入体が見られます。しかし、これは症状が見られて1~2週間で消失してしまいます。

 

『血液検査』

CBC
リンパ球減少症が見られます。
 

生化学検査 
犬ジステンパーウイルス感染症で見られる異常所見です。
・低アルブミン血症
・低グロブリン血症
が見られます。

 

『CSF』

リンパ球と単球の増加が見られます。蛋白濃度は症例ごとに異なります。
CSF中に抗原が検出された場合は確定診断できます。

『画像診断』

胸部レントゲン
間質または肺胞パターンを示します。
 

四肢のレントゲン(跛行がある場合)
長骨の骨幹端の骨硬化症が見られます。

 

MRI
急性の犬ジステンパーウイルス感染症では脳に何らかの異常が見られる場合があります。
ただ、特異的な病変は見られません。CSF検査と照らし合わせて考えるとより犬ジステンパーウイルス感染を疑いやすくなります。 

『確定診断を行うには…』

犬ジステンパーウイルス感染症の確定診断を行うにはウイルスの同定をしなければなりません。

 

「免疫組織化学染色」

ウイルス同定に必要なサンプルとして、血液塗抹の細胞、結膜や喉頭、鼻腔のスメア、剖検で採取した組織による免疫組織化学染色を行います。
ただ、これはあまり感度が高くありません。

 

「RT-PCR」

RT-PCRは感度、特異度が高く非常に有効性が高い検査方法です。感染初期の分泌物や排泄物をサンプルとして用います。
ただ、ワクチン接種3週間以内であれば、ワクチンで用いた犬ジステンパーウイルスがバンドされる場合があり、野生株との鑑別そして偽陽性に注意が必要です。
 

「血清学的検査」

血清から犬ジステンパーウイルスの抗体を検出する検査方法です。
この検査方法では急性期の重度な免疫抑制状態の時には反応性が低下するため、検査結果には注意が必要です。 
 

「免疫蛍光アッセイ(IFA)」

犬ジステンパーウイルス抗体をもつIgMやIgGを検出する方法です。
 

「中和試験」

犬ジステンパーウイルスを検出するゴールドスタンダードな検査方法です。この検査系では急性期と回復期の血清が必要とされており、
その血清中の抗体価が急性期から回復期には4倍以上に上昇していると定義されています。

 

【治療】

 基本的には対症療法になります。
症状別の対策
・下痢や嘔吐がひどい子→非経口投与の流動食
・続発性の細菌性気管支肺炎を発症した子→抗菌薬の投与
・痙攣がみられる子→抗痙攣薬の投与
 

【予後】

犬ジステンパーウイルス感染症では神経症状の有無が大きく関与しています。神経症状がみられた場合は予後が悪いことが多いです。

 

【一番大事‼︎ 予防ワクチンとは?】

犬ジステンパーウイルス感染症を予防する上で一番大切なのはワクチン接種です。
コアワクチンの1つであり、本来は全ての犬が打つべきワクチンです。

 

『いつワクチン接種するべきなのか?』

では、このワクチンはいつ打つ必要があるのでしょうか?
それは母犬からの移行抗体で決定します。
母犬から移行抗体をもらっている期間中に最初のワクチンを接種することで、より効率的に免疫力を高めることができます。

 

移行抗体とは
生まれたての子犬は自分で免疫を上げることができません。その代わりに母犬から抗体をもらっているのです。
移行抗体とは母犬からもらう免疫力のことで、犬であれば胎盤や乳汁を経由してもらっています。

 

『AAHAが勧めるワクチン接種時期』

AAHAAmerican Animal Hospital Association)が推奨しているガイドラインは以下のようなものです。

『AAHA ワクチン接種ガイドライン』
6週齢前後の犬に初回接種を行う

2~4週間ごとにワクチン接種を16週齢まで行う
(初回接種が16週齢以上の場合、初回接種2~4週間後に2回目を接種)

1年後、ブースターワクチンとして、もう一度接種する

それから3年ごとにワクチン接種を行う
 

『AAHA ワクチン接種ガイドライン』はこちらをクリック↓ ↓

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 『ワクチン接種による副作用』

これはほとんど心配はないのですが、万が一の話です。
日本で接種されているワクチンは犬ジステンパーウイルスを弱らせた『弱毒生ワクチン』を使用しています。
弱毒生ワクチンは弱らせているとは言えど、生きたウイルスなので、その分リスクもあります。

 

ワクチンによる一般的な副作用
一般的な副作用として脳炎があります。
脳炎はワクチン接種後7~14日後に神経症状として現れることがあります。接種からしばらく期間を置いてから症状が現れるのが特徴です。

 

ワクチン接種後、数日で症状が出たら
もしワクチン接種後、数日で犬ジステンパーウイルス感染症を疑う症状が見られた場合はワクチンによるものではなく、野生株による感染を疑うべきでしょう。

 

『免疫を獲得したか調べる方法』

犬ジステンパーウイルスに対する抵抗力を持っているかを調べるためにELISAという検査方法を使用します。
ELISAによって体内の抗体価を調べることで、抵抗力を獲得したか調べられます。

 

【最後に】

今回は犬ジステンパーウイルスについて解説しました。
犬ジステンパーウイルスはコアワクチンの1つで、犬を飼われている方であれば一度は聞いたことがあるウイルスだと思います。
野生動物には保有している個体もいて、意外と身近な存在であるのも特徴です。
きちんとワクチン接種を行い、予防に努めることが大切でしょう。

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 1006-1008p

日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 400-401p

見上彪 監修: 獣医微生物学 第3版, 文英堂出版, 2011, 230p