【はじめに】
犬の鼻腔内腫瘍に引き続き、今回は猫の鼻腔内腫瘍について解説していきたいと思います。犬と猫で分ける理由としては両者の鼻腔内腫瘍は一緒にして考えられない特徴があるためです。
過去に書いた『猫の鼻腔内腫瘍』の記事はこちら
→猫の鼻腔内腫瘍(鼻腔内リンパ腫)
【目次】
【概要】
この項では概要と称し、猫の鼻腔内腫瘍の統計を中心に猫の鼻腔内腫瘍がどのようなものなのかをお話ししていきたいと思います。
猫の鼻腔内腫瘍の90%以上は病理組織学的検査によって診断されます。
平均発症年齢:9~10歳
鼻腔内腫瘍の特徴として、局所浸潤性が強く、診断時に転移していることは少ないです。こちらは犬の鼻腔内腫瘍と同様の特徴を有しています。
【症状】
猫の鼻腔内腫瘍の症状は慢性鼻炎の症状と重複していることが多いです。
具体的な症状
・鼻水
・鼻詰まり
・くしゃみ
・鼻血
・顔面の腫脹(顔が腫れる)
・目やにが増える←鼻涙管の狭窄による
・体重減少
しかし、これらの症状は慢性鼻炎などでも見られることが多いので症状だけで腫瘍とその他の疾患(慢性鼻炎、感染性鼻炎、異物、ポリープ、鼻咽頭狭窄、外傷)の鑑別を行うことはできません。
ただし、顔面の変形と鼻血は腫瘍を疑うべき症状の1つです。
Cats with neoplasia were older on average than the other cats, and were more likely to be dyspnoeic and have a haemorrhagic and/or unilateral nasal discharge than cats with chronic rhinitis. 引用文献:Investigation of nasal disease in the cat--a retrospective study of 77 cases.
【猫の鼻腔内腫瘍の種類とは】
犬と猫で分けて書いている1つになりやすい腫瘍の種類が違うという点があります。犬の場合、鼻腺癌や扁平上皮癌、未分化癌など上皮系腫瘍が2/3を占めています。
一方で猫の場合、一番多いのがリンパ腫。
それに続いて上皮系腫瘍が並びます。
線維肉腫や骨肉腫、軟骨肉腫、肥満細胞腫、メラノーマ、形質細胞腫、嗅神経芽細胞腫などは稀です。
【診断方法】
診断方法は基本的に犬の鼻腔内腫瘍と類似しています。
『鼻咽頭からの生検』
猫では内視鏡を口から入れ、鼻咽頭(口と鼻の境界)から鼻腔へとアプローチする方法がよく使用されます。ここで採取した組織を圧扁標本を作成し、細胞を見るといったものです。
上述の通り、猫の鼻腔内腫瘍はリンパ腫が多いです。そのため、細胞診でもある程度診断することができます。
鼻咽頭からの生検
イラストが犬モデルでごめんなさい、猫モデル描く時間なかった笑
一方で、このやり方では細胞のみの評価になるため、やはりリンパ腫とリンパ球性炎症反応を鑑別することは困難です。
リンパ腫のサブタイプは
50匹の鼻腔内リンパ腫を病理検査や細胞診を行なった結果、
・B細胞リンパ腫(68%):45匹中32匹
・T細胞性リンパ腫(20%):45匹中7匹
・B細胞性T細胞性リンパ腫(12%):45匹中6匹
という結果になったという報告があります。
下記の引用文献で記載されているCD79aはB細胞のマーカー、CD3はT細胞のマーカーです。これらが発現しているもの別にサブタイプを分類しています。
Of the 45 cats for which immunohistochemical stains were available, 32 were uniformly positive for CD79a, 7 were uniformly CD3 positive, and 6 had a mixed population of CD79a and CD3 cells. 引用文献:Nasal and nasopharyngeal lymphoma in cats: 50 cases (1989-2005).
『レントゲン検査』
こちらの犬の話と重複しますが、レントゲン検査では腫瘍性疾患と慢性鼻炎の診断が可能です。
レントゲン検査で鼻腔内腫瘍の可能性を有意に高める特徴的所見として
・正中線の崩壊(73%):左右の鼻を分ける線が真っ直ぐでない
・片側性病変(軟部組織の不透明性亢進など)(70%):正常では顔は左右対称
・鼻甲介の破壊(69%)
・骨浸潤(64%)
これらのレントゲン所見が確認された場合、腫瘍性病変であることが強く疑われます。
The signs with highest predictive value for nasal neoplasia were displacement of midline structures (73%), unilateral generalised soft tissue opacity (70%), unilateral generalised loss of turbinate detail (69%) and evidence of bone invasion (64%). 引用文献:Radiographic signs in cats with nasal disease.
『CT検査』
最近はCT検査が行われることも多いです。レントゲンと異なり、立体的に病変部を捉えることができ、ステージングなどを行う際にCT検査は重宝します。
腫瘍に特徴的なCT検査所見
・片側性の骨融解像
・mass様病変の存在
・鼻甲介の破壊
・篩骨甲介の骨融解
・鋤骨と上顎の骨融解
・蝶骨洞、前頭洞、鼓室胞への液体貯留
鑑別に注意
CT検査所見はあくまで後向き研究の結果、腫瘍性病変で見られたデータを集めたものにすぎません。確定診断を行うためには生検による病理組織学的検査を行い、細胞そのものを見ることが必要なのです。
実際に真菌性鼻炎と診断された猫でも腫瘍性病変と類似したCT検査所見(高齢、Mass様病変、骨融解像)が得られたという報告があります。
『転移について』
猫の鼻腔内腫瘍では診断時に転移が見られることはあまりありません。そして、領域リンパ節の腫脹が見られたとしても、必ず、反応性腫脹と転移を鑑別しなければなりません。
鼻腔内腫瘍と診断された123匹の猫を用いた研究では21匹の猫でリンパ節の腫脹が認められましたが、細胞診などの結果からそれらが転移であるというエビデンスは見つけられませんでした。
【治療法と予後】
『放射線治療』
鼻腔内腫瘍の治療法は犬同様、放射線治療が推奨されています。
16匹のリンパ腫以外の鼻腔内腫瘍をもつ猫を用いた研究では総線量48Gyの放射線を照射したところ
生存期間中央値:12ヶ月
1年生存率:44%
2年生存率:16%
という結果になりました。
『放射線治療+多剤併用化学療法』
このパターンが現在、鼻腔内腫瘍において一番成績がいい治療法となっています。
この治療法による研究は複数の方法で行われています。生存期間中央値は174~955日と幅が大きいです。
猫の鼻腔内腫瘍、治療法と予後
※MST=生存期間中央値のこと
【最後に】
今回、犬の鼻腔内腫瘍に引き続き『猫の鼻腔内腫瘍』について解説しました。大体は犬のそれと類似しているのですが、腫瘍の種類が異なります。
犬では腺癌が多いのに対し、猫ではリンパ腫が多いです。
特徴的や症状や検査結果から早期に正しい対応が行われることを祈っております。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwen’s SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed., ELSEVIER, 2013, 435-451p
Erik Wisner ; Allison Zwingenberger 著, 長谷川 大輔 監訳 : 犬と猫のCT&MRIアトラス, 緑書房, 2016, 19-26p
日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 126-127p
末松正弘. ”上部気道(鼻腔,鼻咽頭,喉頭)腫瘍の生検”. VETERINARY ONCOLOGY. 2018, NO.18, 58-64p