オタ福の語り部屋

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『犬の鼻腔内腫瘍』③放射線治療とその他の治療法

鼻腔内腫瘍③のアイキャッチ画像

【はじめに】

これまで鼻腔内腫瘍①②と散々、鼻腔内腫瘍についてお話をしてきました。でも、気になるところは治療法と治療後の再発率やその他諸々ですね。
今回は鼻腔内腫瘍の治療法について放射線治療を中心にお話していきたいと思います。

 

『犬の鼻腔内腫瘍①~概要と症状~』はこちら↓

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『犬の鼻腔内腫瘍②~診断方法とステージ分類~』についてはこちら↓ 

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【目次】

【鼻腔内腫瘍はやっぱり厄介】

鼻腔内腫瘍の治療を行う時、主に行われるのは局所コントロールです。つまり、鼻やその周囲の頭蓋骨、眼などへの腫瘍の浸潤増殖をいかに抑えるかということです。この局所コントロールをどのような手段で行うかが鼻腔内腫瘍の治療を考える上で重要になってきます。

『治療を何もしなかった場合』

鼻腔内腫瘍がある診断されてから、治療を行わなかった場合、生存期間中央値は95日という報告があります。そして、鼻血も生存期間を左右する重要なファクターとなります。

鼻血の有無で変わる生存期間中央値
・鼻血が見られる場合:88日
・鼻血がない場合:224日 

Overall median survival time was 95 days (95% confidence interval [CI], 73 to 113 days; range, 7 to 1,114 days). In dogs with epistaxis, the hazard of dying was 2.3 times that of dogs that did not have epistaxis. Median survival time of 107 dogs with epistaxis was 88 days (95% CI, 65 to 106 days) and that of 32 dogs without epistaxis was 224 days (95% CI, 54 to 467 days). 引用文献:Evaluation of factors associated with survival in dogs with untreated nasal carcinomas: 139 cases (1993-2003).

 

『鼻切除という手段はどうか』

骨破壊が見られる場合
鼻腔内腫瘍で骨破壊が見られる場合は手術の適応外となります。手術ができるのは骨破壊が見られる場合に限ります。

 

骨破壊がない場合
骨破壊がない場合、手術を行う場合があります。←最近ではほぼ行われませんが(理由は後述)
一般的、局所コントロールがメインとなる腫瘍では外科手術によってしっかりマージン確保を行うのがセオリーとされています。鼻腔内腫瘍の治療法は局所浸潤であるにも関わらず、外科手術をあまり行いません。
なぜ、鼻腔内腫瘍では局所コントロールのための外科手術は行われないのでしょうか?

 

一般的に外科手術を行わない理由
外科手術を行わない理由として、
・大量の出血を伴うこと
・十分なマージンが確保できないこと
が挙げられます。実際に鼻切除を行なった研究でも、手術によって大きく生存期間が延長されたということはないという報告があります。
術後の生存期間は3~6ヵ月(90~180日)ほどです。
手術しても結局は取りきれないので、あまり意味がないのではないでしょうか。

 

『放射線治療:低エネルギーオルソボルテージ』

術後に低エネルギーのオルソボルテージを当てれば生存率の上昇があるという報告はあります。ただこれに関しても最近の研究では否定的です。後ほどメインとなってくる『放射線治療』の1つですが、この当て方では鼻腔内腫瘍はあまり倒せないのかもしれません。

下記の論文では「どの治療法よりも有効的であった」ということを書いていますが、この論文自体1984年に発刊されたものなので、現在の医療技術を基準に考えれば否定されることも想像するにたやすいでしょう。

The range of survival times (0.5 to 42 months), median survival time (8.5 months), and 1- and 2-year survival rates (38% and 30%, respectively) were better than those expected for other methods of treatment.  引用文献:Radiotherapy of malignant nasal tumors in 67 dogs.

 

【放射線治療:高エネルギーメガボルテージ】

高エネルギーメガボルテージ(MeV)を用いた放射線治療、通称:リニアックを呼ばれるものです。リニアックは高電圧の放射線装置で多方向から放射線を照射していく方法です。下記の写真のようなものです。近未来的なシルエットがカッコいいですよね(笑)

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写真:リニアック 東北大学病院 放射線治療科

『リニアックの成果とは』

最近では鼻腔内腫瘍が見られた場合、最も良いとされているのがこのリニアックです。では、リニアックはどの程度効くのでしょうか?

リニアック単体療法での効果
・生存期間中央値:8~19.7ヵ月
・1年生存率:43~68%
・2年生存率:11~44%

このようなデータが出ています。

 

『どのようなプロトコルか』

鼻腔内腫瘍で行われるリニアックを用いた放射線治療には複数のプロトコルがあります。全照射線量を42~54Gyに設定し、3~4.2Gyを10~18回に分けて分割照射する方法です。このプロトコルでは2~4週間の治療期間を要します。

リニアックに関するプロトコルは複数ありますが、どのプロトコルが正解というのはなさそうです。というのも、骨破壊があるか、照射線量、腫瘍の種類といった変数が多く存在するため比較ができないのです。

 

【放射線治療、副作用について】

放射線治療で心配なのはやっぱり『副作用』。そして放射線の副作用は特殊で、2種類の副作用があります。その2つとは、『急性反応』『遅発性反応』です。

これらの副作用の強弱を決めるもの
・一回あたりの線量
・合計の線量
・施術期間
・治療対象となる組織の大きさ
この4つに依存します。

『急性反応とはどのようなものか』

「急性反応とは」

急性反応とは放射線治療を行なった2~8週間後に現れる放射線による副作用のことを言います。一般的には一過性の放射線皮膚炎や放射線粘膜炎、急性浮腫、栄養状態の低下などが認められ、その後徐々に回復へと向かいます。

「鼻腔への照射による副作用」

鼻腔内腫瘍の放射線治療で見られる急性反応とはどのようなものなのでしょうか?

具体的な副作用
・口腔:粘膜炎
・眼:角結膜炎、眼瞼炎
・鼻腔:鼻炎
・皮膚:落屑(皮膚がボロボロ剥がれること)
などが起こります。

「この期間にできること」

眼への対処
眼は抗生剤入り目薬や鎮痛剤入り目薬を処方します。

口腔内への対処
口腔内の痛みにより食事が摂れなくなっている場合は栄養摂取を行うために一時的なものとして、経食道チューブや経胃チューブの設置が必要となってきます。

 

『遅発性反応とはどのようなものか』

「遅発性反応とは」

遅発性反応は急性反応よりも発生頻度は低いですが、より有害で難治性です。だいたい放射線治療後、数ヶ月〜数年で症状が現れます。この副作用を防ぐには綿密な治療計画と全身状態の管理が必要になります。

「鼻腔への照射による副作用」

具体的な副作用
・水晶体:白内障
・角膜:角膜炎、萎縮、角結膜炎
・前ぶどう膜:ぶどう膜炎
・網膜:出血、変性
・神経組織:脳壊死、痙攣、眼神経の変性
・骨:骨壊死
・皮膚:線維症

「最も多い副作用は」

鼻腔内腫瘍の放射線治療で起こる遅発性反応のうち、最も頻度が高いのが眼に関する副作用です。眼への副作用は治療後6~9ヵ月で最もよく発症し、角結膜炎やドライアイ、白内障、失明などが起こります。しかし、これは制限無しに放射線治療を行なった場合です。全体の状態を把握し、治療計画を立てているならば、それほど頻度が高いわけではないのでご安心ください。

Manifestation of late ocular changes in the dog occur at a typical time-course 6–9 months following RT and include keratoconjunctivitis sicca and cataract formation. 引用文献:Proof of Principle of Ocular sparing in dogs with sinonasal tumors treated with intensity-modulated radiation therapy

 

【放射線治療の実際】

鼻腔内腫瘍において、放射線治療は現時点で一番推奨されている治療法です。しかし、これらは長い目で見た場合必ずしも良いとは限りません。鼻腔内腫瘍では局所コントロールが重要になってきます。その局所コントロールは放射線治療をもってしてもコントロールすることは難しいのです。

そこで今、あらゆる方法を試し、どの治療法が最も局所コントロールを可能にするか研究が重ねられています。この項ではどのような治療が行われているか、いくつかご紹介いたします。

『研究①:術前照射→鼻切除』

 小規模な研究ではありますが、術前に放射線治療を行い、ある程度腫瘍を小さくしてから、残りを外科手術によって取りきるという研究があります。

結果
この治療法の研究から、生存期間中央値が47.7ヶ月という結果を得ることができました。放射線治療だけは19.7ヶ月であったのに47.7ヶ月という結果は良かったのではないでしょうか。

欠点
しかし、良いことづくしではありません。放射線治療と外科手術を併用した場合、遅発性反応の発症率が上がるという報告もあります。

Overall median survival time for dogs in the radiotherapy and surgery group (47.7 months) was significantly longer than time for dogs in the radiotherapy-only group (19.7 months). 引用文献:Outcome of accelerated radiotherapy alone or accelerated radiotherapy followed by exenteration of the nasal cavity in dogs with intranasal neoplasia: 53 cases (1990-2002).

 

『研究②:線量を増やす』

腫瘍をより確実に倒すには放射線線量を増やすという発想が思い付かない気はしませんが、安直な気がします…
実際、この実験では治療期間を延長させずに線量を上げていきました。

結果
この治療法では多くの症例で急性反応による放射線の副作用が出て、その症例の1/3が放射線によって亡くなりました。 

Acute effects were unacceptable, with 11 of the 18 dogs developing severe mucositis, desquamation, edema, swelling, and pruritus.  引用文献:A BOOST TECHNIQUE FOR IRRADIATION OF MALIGNANT CANINE NASAL TUMORS

 

『研究③:抗がん剤+放射線療法』

抗がん剤と放射線療法を併用してみた研究です。

「ゲムシタビン+放射線療法」

まず1つ目は放射線治療を行う前にゲムシタビン(ジェムザール®️)を50mg/m2で週2回静脈内投与する方法です。この方法は好中球減少症などの、副作用が強く出たと報告されています。

 

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Hematologic toxicity was detected in 11 dogs (73%). Eight instances of severe neutropenia and 10 instances of moderate neutropenia were documented (Table 3).  引用文献:UNEXPECTED TOXICITY FOLLOWING USE OF GEMCITABINE AS A RADIOSENSITIZER IN HEAD AND NECK CARCINOMAS: A VETERINARY RADIATION THERAPY ONCOLOGY GROUP PILOT STUDY

 

「シスプラチン+放射線療法」 

続いて2つ目の実験では放射線治療と並行して、シスプラチンを7.5mg/m2で静脈内投与する方法です。こちらの方が放射線治療による副作用が目立たないようですね。先ほどのゲムシタビンでは15匹中14匹が血液の副作用が出たのに対し、シスプラチンでは18匹中2匹が高窒素血症になっただけですから。
しかしながら、肝心の治療結果の有効性は証明されていませんが…。

 Cisplatin was administered as prescribed in 12 of 18 dogs. Cisplatin was discontinued in 2 dogs because of azotemia. In the other 4 dogs cisplatin was not administered as prescribed because the dogs were withdrawn from treatment due to disease progression or radiation effects. 引用文献:Cobalt radiation with or without low-dose cisplatin for treatment of canine naso-sinus carcinomas.

 研究①〜③のまとめ

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『研究④:IMRTで腫瘍だけを狙う』 

「え、IMRTって?」ご安心を。詳しくは別の項で解説します。

IMRTとは放射線治療で最大の目標とする“腫瘍だけを狙う治療”を可能にします。従来の放射線治療では全方向から一定量の線量を照射するため、腫瘍周辺の正常組織が障害を受けることも少なくありませんでした。これを解決したのがIMRTという治療法です。

IMRTでは計画CTの時点で精密に腫瘍の位置を把握します。そのデータを用いて、コンピュータが最適な照射野と線量を算出することで、人間が試行錯誤して作る照射計画よりも副作用を減らすことができるのです。

 

【IMRT:強度変調放射線治療とは】

 IMRTでは完全にコンピュータ制御された機械は放射線の強さや形状を巧みに変化させ、患者に最適な放射線照射を行います。

このように、複数の照射野と線量を駆使することで、周辺組織の傷害をなるべく抑え、腫瘍をピンポイントで照射することができます。

IMRTとは(図解)

IMRTとは
イラスト描画:オタ福

『鼻腔照射でのIMRTの有用性』

鼻腔内腫瘍での放射線治療で何が問題かというと、放射線の副作用が一番です。鼻の周りには眼や脳などの重要な器官があり、特に眼は副作用が強く出ます。

IMRTを使用した場合、従来の放射線治療と比較し、眼へ副作用が少なかったという報告があります。

Compared with conventional techniques, IMRT reduced dose delivered to eyes and resulted in bilateral ocular sparing in the dogs reported herein.  引用文献:Proof of Principle of Ocular sparing in dogs with sinonasal tumors treated with intensity-modulated radiation therapy

 

『IMRTで一番大事なのこと』

IMRTを行う上で最も重要なのが、位置決めです。腫瘍の位置がわずかにズレるだけで、正常組織が障害され、腫瘍へあまり放射線が当たらないなんてことも起こります。最大限にIMRTの効果を上げるためには正確な位置決めが重要なのです。

そのために必要なのが、しっかりと頭や身体を固定するための道具です。従来の放射線治療では動物に麻酔をかけて、動かさないようにするだけでも良かったのですが、IMRTの場合、毎日計画CTを撮影し、頭や身体を正確な位置でキープできるように固定しなければなりません。

 

【論文から見る、再照射の必要性】

放射線治療を行なったあと、再び腫瘍が大きくなってくることがあります。そういった場合、放射線の再照射によって寿命を延長させることが可能です。

ある研究の話をします。

実験方法
1回目に放射線治療を行なった犬9匹についての研究です。この9匹の犬は1回目の放射線治療で総線量50Gyを18回に分割して照射しました。1回目のプロトコル終了後、平均日数513日で再発が見られました。

実験結果
2回目の照射プロトコルを総線量36Gyを2Gyずつで18分割して照射しました。2回目の照射を行なった場合、生存期間中央値が927日という結果になりました。
副作用については遅発性反応が9匹全頭に見られたものの、QOLを害するほどの副作用が出たのは2匹だけでした。

筆者の考察
この結果から、この論文の筆者は再照射による有用性は高いと評価しています。

The median dose delivered with the first protocol was 50 Gy (range 44–55 Gy) and the median fraction number was 18 (range 15–20). For the second protocol, the median dose was lower intentionally, median of 36 Gy (range 23–44 Gy), without changing the median fraction number of 18 (range 14–20) to avoid late effects. The median time between protocols was 539 days (range 258–1652 days). Median survival was 927 days (95% confidence interval [CI] 423–1767 days).  引用文献:REIRRADIATION OF RECURRENT CANINE NASAL TUMORS

 

【化学療法~緩和的な治療を選ぶ方へ~】

化学療法すなわち抗がん剤を単体で使用することは稀です。というのも、局所コントロールを行うべきタイプの腫瘍で、全身への効果が強い化学療法は相性が悪いのです。ただ、放射線治療は立地的な制限と経済的な制限があり、なかなか利用しにくいです。

一方で、抗がん剤は利用できる病院も多く、安価(放射線治療と比較して)です。抗がん剤を鼻腔内腫瘍で使用する場合、どのようなやり方と効果があるのでしょうか?

 

『シスプラチン単剤療法』

積極的な治療を行うお金や時間が無い。あるいはそこまでして寿命を延長させてあげなくてもいいという方はこの治療法が適応されるでしょう。

シスプラチンという抗がん剤を使用した研究では、無治療と比べ寿命自体が有意に延長されることは無いものの、約27%の犬で腫瘍の寛解が認められています。生存期間中央値は5ヶ月です。

『寿命の延長<QOL維持』という飼い主さんはこの治療法もアリだと僕は思います。

 

【予後について】

『予後に関わる因子』

予後に関わる因子として以下のようなものがあげられます。これらが認められる場合は予後が悪くなります。

予後因子
・10歳以上
・鼻血がある
・臨床症状が持続している
・腫瘍の浸潤が進行している
・転移がある
・悪性上皮系腫瘍(扁平上皮癌、未分化癌) 

 

『ADAMS分類から見える予後』

鼻腔内腫瘍②で説明した通り、ADAMS分類はWHO分類よりもより正確に予後を把握できます。

篩板にまで腫瘍が波及する場合
このパターンが最も予後が悪いです。
・無発病生存期間(DFS):3.8ヶ月
・全生存期間(OS):約7ヶ月

骨浸潤が見られ無い場合
・DFS:6.5ヶ月
・OS:23ヶ月

 

 

【最後に】

鼻腔内腫瘍の治療法を放射線治療を中心にお話ししました。犬の鼻腔内腫瘍に関しては一番効果的な治療法が放射線治療であり、この治療を選択することは容易ではありません。なぜなら、放射線治療ができる施設は日本で数カ所しかなく、その上100万円近くの莫大な治療費がかかるためです。

積極的な治療ばかりが論文では取り上げられがちですが、人間とは違う『動物の命』というものについて適切なエンドポイントを用意してあげるのも選択肢としてはありだと思います。

 

【関連記事】

『犬の鼻腔内腫瘍①~概要と症状~』

こちら↓

www.otahuku8.jp

『犬の鼻腔内腫瘍②~診断方法とステージ分類~』

こちら↓ 

www.otahuku8.jp

 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 435-451p

Erik Wisner ; Allison Zwingenberger 著, 長谷川 大輔 監訳 : 犬と猫のCT&MRIアトラス, 緑書房, 2016, 19-26p

日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 126-127p

末松正弘. ”上部気道(鼻腔,鼻咽頭,喉頭)腫瘍の生検”. VETERINARY ONCOLOGY. 2018, NO.18, 58-64p