オタ福の語り部屋

獣医学を追求する。その先に見えるものは…

『犬の鼻腔内腫瘍』①鼻血・鼻水に注意!~概要・症状~

f:id:otahukutan:20190207091658p:plain

【はじめに】

今回は再度、『犬の鼻腔内腫瘍』についての記事を書きます。
以前、『犬の鼻腔内腫瘍』というテーマで書いた記事があります。あの記事を書いた時から3ヶ月ほど経ち、記事の書き方や文献の検索、資料の調達について学びました。今回のお話はさらなる情報とグレードアップしたコンテンツを提供できると思います。
さて、鼻腔内にできる腫瘍とはどのようなものでしょうか?今回は鼻腔内腫瘍に関する概要や症状についてお話していこうと思います。

『犬の鼻腔内腫瘍②~診断方法とステージ分類~』についてはこちら↓ 

www.otahuku8.jp

『犬の鼻腔内腫瘍③~放射線治療とその他の治療法~』についてはこちら↓

www.otahuku8.jp

 

【目次】

【発生率とリスク因子】

犬の腫瘍全体で、犬の鼻腔内あるいは副鼻腔内に発生する腫瘍の割合はどれくらいだと思いますか?
実は1%しかないんです。少ないですよね?(笑)
鼻の腫瘍は統計学的には少ないようなのですが、僕の感覚的には多くはないけど、少なくもないといった感じです。結構、見たことあります。

『好発なあれこれ』

さて、好発なあれこれについてパパッと挙げていきます。
・平均発症年齢:10歳(でも9ヶ月齢くらいから見られることもあります。)
・好発品種:中〜大型犬で多いです。
・性差:オスで若干多いかな?
その他に、噂レベルの話ですが、都心部に住む犬長頭種では発生率が上がるのではないかと言われています。その理由としては、都心部に住む犬や鼻の長い品種の犬では後で紹介する発がん物質に暴露される機会が多いためだと言われています。

『発がん物質は何だ!』

では、先ほどお話した発がん物質とは何でしょうか?発がん性があると言われている物質は何個かあります。
タバコ:これには賛否両論があります
化学燃料:灯油ストーブなど
ただこれらには賛否両論があります。鵜呑みにしすぎないほうがいいと思います。

An increase in risk for a smoker in the house was restricted to long-nosed (dolichocephalic) dogs (OR = 2.0, 95 percent CI 1.0-4.1). Evidence of a dose response relation to environmental tobacco smoke was found among long-nosed dogs. 引用文献:Cancer of the nasal cavity and paranasal sinuses and exposure to environmental tobacco smoke in pet dogs.

 

【病原性と挙動】

『どんな腫瘍ができるのか』

鼻腔内にできる腫瘍は『上皮系腫瘍(癌)』が2/3を占めています。具体的にどのような癌ができるかというと、
・腺癌 (adenocarcinoma)
・扁平上皮癌(SCC)
・未分化癌 (undifferentiated carcinoma)
が鼻腔内腫瘍の2/3を占めています。

そして、残りの1/3は『間葉系腫瘍(肉腫)』が1/3を占めています。これも同様にどのような肉腫ができるかといと、
・線維肉腫 (fibrosarcoma)
・軟骨肉腫 (chondrosarcoma)
・未分化肉腫 (undifferentiated sarcoma)
がよく見られる腫瘍です。

鼻腔内腫瘍の種類(円グラフ)

f:id:otahukutan:20190207092845p:plain

上述以外に発生しうる稀な腫瘍
・リンパ腫
・肥満細胞腫
・可移植性性器腫瘍
・血管肉腫
・メラノーマ
・神経内分泌腫瘍
・神経鞘腫
・神経芽腫
・線維性組織球腫
・多葉性骨肉腫
・血腫
・横紋筋肉腫
・平滑筋肉腫

 

『癌と肉腫、これらの転移について』

これらの鼻腔内腫瘍は主に"浸潤性"に増殖するため、転移が見られることは多くありません。特に診断時にすでに転移が起きていたという症例は稀でしょう。

一方で、死亡時には40~50%の症例で転移が認められています。基本的には局所コントロールをしっかり行い、転移しないように注意は払います。

転移が多い部位
どうしても転移は避けられないことがあります。転移した場合、どのような部位に転移が多いのでしょうか?転移が多い部位は、
・領域リンパ節
・肺
です。

転移が少ない部位
骨、腎臓、肝臓、皮膚、脳(脳は局所浸潤がメイン)です。 

【分子学的なお話】

多くの研究で、鼻腔内腫瘍では癌遺伝子の関わりが示唆されています。これらの癌遺伝子についてお話します。

『p53の変異』

ある研究では鼻腺癌の約60%(19匹中11匹)で、このp53遺伝子がコードしているp53蛋白に変異が認められています。変異したp53蛋白の過剰発現が腺癌の発生率を助長しているとされています。

引用文献のTable 1Tumors with high prevalence (>50%) of positive staining included squamous cell carcinomas, perianal gland carcinomas, and nasal adenocarcinomas. 引用文献:Overexpression of p53 tumor suppressor protein in spontaneously arising neoplasms of dogs

 

『EGFRとVEGFの発現』

EGFRとは細胞の増殖や成長に関わるシグナルをキャッチする受容体で、悪性腫瘍でしばしば過剰発現が認められています。

VEGFとは血管を作るのに必要な成長因子です。こちらもEGFRと同様で悪性腫瘍でしばしば過剰発現が認められています。

EGFR(上皮成長因子受容体)VEGF(血管内皮成長因子)の発現が認められています。ある論文ではEGFRは54.2%、VEGFは91.7%の割合で発現が認められています。

In this study, immunohistochemical evaluation was employed to determine and characterize the potential protein expression levels and patterns of EGFR and VEGF in a variety of canine malignant epithelial nasal tumours. Of 24 malignant canine nasal tumours, 13 (54.2%) were positive for EGFR staining and 22 (91.7%) were positive for VEGF staining. 引用文献:Expression of epidermal growth factor receptor and vascular endothelial growth factor in malignant canine epithelial nasal tumours

 

『鼻粘膜に出てきた炎症細胞』

ちょっと分子の話から脱線してしまいますが、鼻の粘膜を調べると腫瘍では好中球やマクロファージを主体とする炎症性細胞が浸潤してきていることが分かっています。
形質細胞なども散見されるという報告があります。
こういった事実から僕が考えるのは、鼻粘膜を採取し検査する細胞診などではやはり鼻炎などとの鑑別は難しいということです。
よほど異型な上皮細胞が認められない限りはFNAだけで「癌です」とは言えないですね。

 

【鼻腔内腫瘍の症状】

『鼻腔内腫瘍、主な症状はこれ』

鼻腔内腫瘍が見られる際、最もよくあるのが『鼻血』『粘っこい鼻水』です。

その他の症状として
・顔面の変形:骨融解、皮下への浸潤増殖
・開口困難:口を開けたがらない
・くしゃみ
・摂食困難
・いびき:鼻づまりによる
・眼球突出:目がちょっと飛び出る
・目やに:鼻涙管の閉塞による

『症状だけでは腫瘍とは言えない?』

鼻の病気では同じような症状を示す疾患が他にもあります。同じような症状を示す疾患、すなわち鑑別疾患はどのようなものがあるのか見ていきましょう。

鼻腔内腫瘍の鑑別疾患
・鼻腔内アスペルギルス症
・細菌性鼻炎
・特発性鼻炎:リンパ球・形質細胞性のものが多い
・鼻腔内の寄生虫(稀です)
・出血障害
・高血圧
・異物の混入
・外傷:単なる怪我
・発生異常:鼻がうまく形成されない病気
・ラトケ嚢胞
などがあります。
上述の通り、鼻血、鼻水などの症状では腫瘍以外の病気の可能性がたくさんあります。
とはいえ慢性的な鼻腔内疾患の場合、やはり腫瘍の可能性が高いという報告もあります。

 A definitive diagnosis was made in 74/75 cases (98.6%). Nasal neoplasia was the most common diagnosis (46.7%), median age 108 months, followed by lympho-plasmacytic rhinitis (20%), median age 112 months, and fungal rhinitis (10.7%), median age 53.5 months. Other diagnoses included nasal foreign body (5.3%), median age 51 months, and primary bacterial rhinitis (6.7%), median age 116.5 months. Rare aetiologies identified were nasal polyps, granulomatous rhinitis, oro-nasal fistula and naso-pharyngeal stenosis.  引用文献:A retrospective study of chronic nasal disease in 75 dogs.

『この症状は腫瘍を疑え!』

鑑別疾患を列挙し、腫瘍以外でも同じような症状が見られる場合があることはわかっていただけたかと思います。しかし、この症状が見られた場合かなりの確率で腫瘍性疾患だと言える症状があります。

その症状とは『顔面の変形』です。

顔面の変形が見られる時は鼻周りの骨を壊して腫瘍が増殖していたり、皮下に腫瘍が浸潤し、ボコッと盛り上がって見えている状態です。
こういった挙動を示すということは『悪性腫瘍』の可能性が濃厚になります。

鼻腔内腫瘍を疑うべき症状(図解)

f:id:otahukutan:20190207091901p:plain



『神経症状は意外と少ない』

「鼻腔内腫瘍では神経症状が見られることがある」僕はそんな風に授業で習いました。結構頻繁に見られるものなのかなと思っていたのですが、稀だと書かれていたので「へぇ〜。」って感じです。

神経症状が出る理由
なぜ鼻の腫瘍なのに神経症状が出るのでしょうか?それには鼻と脳の解剖学的位置が関係しています。鼻腔と頭蓋は非常に密接しています。その境界を作っている骨が篩骨という骨です。
鼻腔内腫瘍ではその悪性度により、篩骨を破壊し、どんどん頭蓋骨内へ増殖していきます。その結果、脳を圧迫するため神経症状を示すのです。

具体的な神経症状
・痙攣
・急性の視覚障害
・行動の変化
・運動麻痺
・旋回運動:ぐるぐると縁を描くように歩く
・鈍麻:神経が鈍くなる

神経症状がないからといって、腫瘍は除外できない
神経症状が見られないからといって、腫瘍の可能性を除去することはできません。神経症状が見られるのは頭蓋内への浸潤が起こった時です。ということは逆方向(頭蓋とは逆)に浸潤増殖をしていった際、脳の圧迫は無く神経症状も見られないのです。

 

【最後に】

今回、犬の鼻腔内腫瘍の概要と症状をお話ししました。鼻腔内腫瘍は腺癌や扁平上皮癌が主な腫瘍となります。そして、気をつけるべきことが『症状』です。

鼻血、膿を含む粘っこい鼻水、顔面の変形などが見られた場合、高確率で鼻腔内腫瘍が疑われます。

また後日、検査法や治療法について解説していきます。お楽しみに〜!

 

【関連記事】

『犬の鼻腔内腫瘍②~診断方法とステージ分類~』

こちら↓ 

www.otahuku8.jp

『犬の鼻腔内腫瘍③~放射線治療とその他の治療法~』

こちら↓

www.otahuku8.jp

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 435-451p

Erik Wisner ; Allison Zwingenberger 著, 長谷川 大輔 監訳 : 犬と猫のCT&MRIアトラス, 緑書房, 2016, 19-26p

日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 126-127p

末松正弘. ”上部気道(鼻腔,鼻咽頭,喉頭)腫瘍の生検”. VETERINARY ONCOLOGY. 2018, NO.18, 58-64p