【はじめに】
今回は『免疫介在性溶血性貧血(IMHA)』の概要と症状について解説します。免疫介在性溶血性貧血という言葉を聞いたことはありますでしょうか?
免疫介在性溶血性貧血は一般的にIMHAと呼ばれています。
IMHAとは
免疫=Immune
介在性=Mediated
溶血性=Hemolytic
貧血=Anemia
の頭文字をとってIMHAと呼ばれています。
IMHAは自分の赤血球を自分の免疫細胞で破壊してしまう、いわゆる自己免疫疾患というものに分類されます。IMHAがいったいどのような病気なのか、そしてどのような臨床徴候があるのかについて詳しく迫っていきたいと思います。
『IMHA②の診断方法』はこちら↓
『IMHA③の治療法』はこちら↓
【目次】
【IMHAとはどんな病気?】
IMHAは抗体によって赤血球が破壊されてしまい、貧血になる病気です。
起こるきっかけとしては新生子同種溶血や輸血による拒絶反応がありますが、一番多いのは原因不明の特発性自己免疫疾患です。
免疫寛容が破綻し、自己反応性リンパ球が産生されることで、自分の赤血球を攻撃してしまうのだろうと考えられています。
そして、その免疫寛容が破綻するきっかけは感染や怪我の後に続発する場合もあるとされています。
発生頻度としてはそこまで多いわけではなく、大学病院で診る病気の約0.2%がこのIMHAだと言われています。←うん、ピンと来ませんね(笑)
IMHAってどんな病気(図解)
【可能性のある原因遺伝子】
犬のIMHAは免疫介在性疾患の中で最も多い病気です。IMHAの発症原因として家族性、好発犬種、犬白血球抗原ハプロタイプ(DLH)があるのではないかと言われています。
『DLAとは』
犬白血球抗原ハプロタイプ(DLA)とは名前こそは“白血球”とついていますが、白血球だけでなく赤血球以外のほとんどの組織や体液に発現が認められています。
DLAは自己と非自己の識別に関与し、多くの研究結果から主要組織適合性複合体(MHC)として知られるようになりました。
「DLA=MHC」
と考えてもらえればわかりやすいと思います。
『DLA=MHC、じゃあMHCは何者?』
MHCに関して話せば長くなるので、簡単に説明すると、
異物(ウイルスや細菌など)が侵入した際に、異物をキャッチして、提示することでT細胞やB細胞の活性化を促します。
例えるなら、
泥棒(=異物)が侵入
↓
防犯カメラ(=MHC)で捉えた犯人像を警察署へ
↓
警察官(=T細胞やB細胞)が警戒態勢に入る
といった具合です。
防犯カメラが故障しており、市民(=自分の細胞)を間違えて、警察署へ持っていくと、冤罪になりますね。
『冤罪=自己免疫疾患』
と思っていただければわかりやすいかと思います。
『論文から見る、IMHAにDLAの関与している可能性』
DLAがIMHAのリスク因子であると根拠づける論文があります。この論文では108匹のIMHA犬と750匹のコントロール犬を比較して、ある種のDLAハプロタイプがIMHAのリスク因子だと言っています。
関与が疑われるDLAハプロタイプ
・DLA‐DRB1*00601/DQA1*005011/DQB1*00701
・DLA‐DRB1*015/DQA1*00601/DQB1*00301
が関与を疑われています。ただ、絶対知ってなくてもいい知識なので、覚えてなくて大丈夫です(笑)
When the 108 dogs with primary IMHA were compared with the 750 controls, two haplotypes were significantly increased in the diseased dogs: DLA‐DRB1*00601/DQA1*005011/DQB1*00701 (30.3% vs19.1%, OR = 1.8, CI = 1.2–3.0, P < 0.01) and DLA‐DRB1*015/DQA1*00601/DQB1*00301 (9.2% vs 3.7%, OR = 2.6, CI = 1.1–5.8, P < 0.02), while two other haplotypes were reduced: DLA‐DRB1*001/DQA1*00101/DQB1*00201 (9.2% vs 18.9%, OR = 0.4, CI = 0.2–0.9, P < 0.02) and DLA‐DRB1*015/DQA1*00601/DQB1*02301 (16.5% vs 23.6%, not significant). 引用文献:Association of a common dog leucocyte antigen class II haplotype with canine primary immune‐mediated haemolytic anaemia
『とはいえ、品種が影響しやすい』
この項では散々DLAの話をしてきましたが、IMHAのリスク因子としては品種の方がウェイトは大きいみたいです(笑)
DLAも品種も遺伝性のものなので、どちらも遺伝が関係していると言えるでしょう。
以下の文献によると、
IMHAの好発犬種として
・コッカー・スパニエル
・ビション・フリーゼ
・ミニチュア・ピンシャー
・ラフ・コリー
・フィニッシュ・スピッツ
があるみたいです。
ただこの文献、概要しか読めないので詳しい実験方法が分かっていません(笑)
ご参考程度にお願いします。
Cocker Spaniels, Bichon Frise, Miniature Pinschers, Rough-coated Collies, and Finnish Spitz had a significantly increased risk of IMHA, as did female dogs (OR, 2.1). 引用文献:Case-control study of blood type, breed, sex, and bacteremia in dogs with immune-mediated hemolytic anemia
【貧血の怖さ、リスク因子とは】
特発性IMHAの死亡率は21~83%と幅が広く、その理由には死亡率を上げる因子の有無が関わっています。
『リスク因子①:血小板』
特発性IMHAを有する犬の約50%がDIC(播種性血管内凝固)などの血液凝固異常を伴っていることが分かっています。
DICとは血小板という止血に関わる物質が必要以上に消費されることで、血液中の血小板が枯渇してしまい、正常な血液凝固能が欠落してしまう状態を言います。
The prothrombin time is increased in up to 50% of dogs, and the activated partial thromboplastin time (APTT) is increased in 50–60% of dogs with idiopathic IMHA (Burgess et al. 2000; Scott-Moncrieff et al. 2001; Carr et al. 2002; Piek et al. 2008). 引用文献:Canine idiopathic immune-mediated haemolytic anaemia: a review with recommendations for future research
ドラマ『-JIN- 仁』の主人公である南方 仁 先生もこのDICに悩まされるシーンがありました。
DICになる原因はたくさんあるので、またいつか記事として書けたらと思います。
出典:TBSドラマ『JIN -仁- 完結編』第5話(2011年)より
『リスク因子②:低酸素血症』
Hct(ヘマトクリット)が<10%になると酸素運搬の減少が見られることが分かっています。
10%以下になるよりもっと早くに低酸素血症のような症状が出ている気がしますが…(笑)
貧血が慢性化している動物では貧血の症状は見られにくいので、ギリギリまで症状が出ないのかな?
低酸素血症によって肝臓の中心静脈が壊死したり、腎障害が起こります。
肝機能の低下も引き起こします。
『リスク因子③:その他』
・黄疸:低酸素血症→肝機能低下
・点状出血:血小板減少症に起因する
・血中尿素窒素濃度:低酸素血症→腎機能低下
・貧血による血漿乳酸濃度の上昇
・APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長
・血小板減少症
・マクロファージを活性化させるサイトカイン
・単球増加を伴う白血球の左方変位
※左方変位:好中球の大量動員により、成熟した好中球(分葉核好中球)が減少し、幼若な好中球(杆状核好中球)の比率が増えること。
【臨床徴候】
『好発年齢』
どの年齢でもなりえます。
犬では中年齢以上になると発症傾向があるみたいです。
・平均発症年齢は6歳
・1歳未満の発生は4%
『性差』
発情期の猫や避妊雌で多いと言われていますが、まだ議論の余地がありそうです。
先ほど好発犬種の話をちょっとしましたが、あそこにも雌の方がなりやすいとは書いていましたね。
『好発犬種』
・アメリカン・コッカー・スパニエル
・コリー
・プードル
・オールド・イングリッシュ・シープドッグ
・シーズー
・ウェルシュ・コーギー・ペンブローク
上述の犬種に加え、先ほどリスク因子のところでお話した犬種も覚えておくと良いでしょう。
『症状』
貧血を呈している時の症状はあまり特異的ではなく、元気消失や食欲低下がほとんどです。15~30%の犬では嘔吐や下痢が見られます。
IMHAの貧血は急速に進行するので、飼い主さんはその異常に気づくことが多いでしょう。
『身体検査』
・頻脈
・呼吸促迫
・可視粘膜(口腔粘膜、歯茎)の蒼白
・収縮期雑音
・糞便の変色(黄〜橙色)
・血色素尿(24~44%)
・発熱(46%)
・脾腫、肝腫大(40%)
・点状出血←エバンス症候群を疑う
・エバンス症候群(2~5%)
『エバンス症候群(Evans'syndrome )』
赤血球だけでなく血小板にも免疫介在性の破壊が起こることで、貧血だけでなく血小板減少症にもなる症候群です。
IMHAを呈する犬の2~5%の割合で見られます。
【最後に】
今回は『IMHA(免疫介在性溶血性貧血)』 の概要と臨床徴候について説明しました。
IMHAは特発性すなわち原因が不明で発症する場合が多いです。IMHAがどのような病気であるかや、そのリスク因子を知っておくことで、飼い主さん自身が普段から気にかけるようになり早期発見につながると思います。
『IMHA②の診断方法』はこちら↓
『IMHA③の治療法』はこちら↓
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 834-837p
日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 510-514p
石田卓夫 著: 伴侶動物の臨床病理学 第2版. 緑書房. 2014, 73-75p