【はじめに】
前回、FIPの概要と症状について説明しました。
詳しくはこちらを参照にしてください。
「検査方法なんて知る必要があるのか?」
そんな風に考える方も多いと思われますが、知っておくことで正しい治療を受けているか判断する一つの基準になります。
症状と照らし合わせた時、トンチンカンな検査ばかりされていたら、おかしいと気づくことができます。
では早速『検査方法』についてお話ししていきましょう
【目次】
【診断方法】
FIPを発症すると、そのほとんどが数日〜数週間以内に死亡し、有効な治療法もありません。
FIPを診断するには、
猫の経歴、症状、検査結果、抗体価などで判断します。
ただこれらの診断方法はFIPの可能性を示唆する程度のものであり、確定診断にはなりません。
『確定診断するためには』
FIPの確定診断を行うためには検死解剖あるいは開腹して複数の臓器を採取し、FCoV(猫コロナウイルス)抗原を免疫組織化学染色するのがゴールドスタンダードな方法です。
しかし、あくまで確定診断する方法であり『教科書的な話では』ということです。
実際の臨床現場では侵襲度の低いものから順に検査していきます。
『FIPの診断フロー』
先にFIPのざっとした診断の流れを以下の図に示してみました。細かな検査について順に説明していきます。
FIPの診断フロー(図解)
作成:オタ福
『血液検査:CBC』
「ストレスパターン」
好中球増加症を伴ったリンパ球減少症がよく見られます。
これはストレスパターンという白血球の動態です。
『血液検査:生化学』
「高グロブリン血症」
FIP感染猫ではウイルス感染マクロファージによってB細胞や形質細胞から大量の抗体を産生されます。グロブリンの中でも主にγ-グロブリンが上昇します。
低アルブミン血症も
高グロブリン血症と同時に低アルブミン血症も見られます。
このため、総蛋白濃度は上昇していますがAlb/Glob比は低下します。
グロブリン分画の電気泳動
グロブリン分画を調べるための電気泳動は役立ちません。
というのも、グロブリンはポリクローナルとモノクローナルの両方の増殖が見られるためです。
つまり、特徴的な分画を示さないということです。
「急性炎症蛋白」
猫ではSAA(血清アミロイドA)が犬で言うところのCRPであり、炎症時に上昇するマーカーです。
FIP感染猫ではSAAが上昇しますが、炎症時に上がるマーカーなのであまり特定には役立ちません。
「高ビリルビン血症」
これは肝臓の肉芽腫性炎症によって起こると考えられています。
高ビリルビン血症が見られる原因として
・溶血性
・肝性
・肝外胆管性
がありますが、FIP感染猫の場合は正確にどれかとは鑑別できません。
膜貫通型トランスポートを阻害するTNF-αが増加することで、ビリルビン代謝や排泄に不具合が生じている可能性が示唆されています。
『体腔貯留液の検査』
胸水や腹水などの体腔貯留液の貯留が見られた場合、必ずその体腔貯留液を検査するべきです。
体腔貯留液検査は血液検査よりも診断価値が高いとされています。
腹水胸水の診断価値が高い理由
FIPのワクチン接種を行なった猫の場合、ワクチンによって血液中のFIP抗体価が上がっていることがあります。一方で、体腔貯留液(腹水や胸水)の場合、ワクチンによって抗体価が上がってしまうことが少ないです。
というわけで、体腔貯留液の方がより特異度が高いというわけです。
でもこれにもまだ欠点があり、抗体価の話については後ほど説明します。
「体腔貯留液の性状」
一般的には黄透明色粘液が最もよく見られます。
それ以外にも、乳び様の液体も見られます。
「体腔貯留液の成分」
FIP時の体腔貯留液の成分は蛋白濃度は>3.5g/dLと滲出液に近く、細胞数は<5000/μLと変性漏出液に近い成分となっています。
FIP感染時の体腔貯留液の特徴
・蛋白濃度が高い:フィブリンや炎症性メディエーターによって上昇する
・意外と細胞数は多くない:非変性性の好中球の浸潤を主体とし、空胞化したマクロファージが散見される。
FIP感染時の腹水のFNA特徴所見(図解)
体腔貯留液の分類(図解)
作成:オタ福
「性状と成分から見る、鑑別疾患」
体腔貯留液の性状や成分が同じ様な状態を示すFIP以外の疾患としては
・リンパ腫
・心疾患
・肝胆管炎
・細菌性腹膜炎、胸膜炎
「細胞診の所見」
好中球やマクロファージを中心とした化膿性肉芽腫性炎症が見られます。
類似した所見を示す疾患
・菌血症(細菌感染)←細胞数が高値を示すので✖️
・リンパ腫←異形なリンパ球が見られるので✖︎
「Rivalta反応」
Rivalta反応は胸水や腹水などの蛋白量やフィブリン、炎症性メディエーターを調べ、滲出液か漏出液を調べる試験です。
これはFIPとそのほかの疾患とを鑑別するのに役立ちます。
Rivalta反応の診断精度
感度:91.3%
特異度:65.5%
感度=結果が陰性を示した時にその疾患を否定できる精度
特異度=結果が陽性を示した時にその疾患だと特定できる精度
なので、Rivalta反応で陰性を示した場合、FIPの可能性はかなり低くなります。
The Rivalta test had a sensitivity of 91.3%, specificity of 65.5%, PPV of 58.4%, and NPV of 93.4% for the diagnosis of FIP. 引用文献:Diagnostic accuracy of the Rivalta test for feline infectious peritonitis
偽陽性の可能性
偽陽性とは本来は陰性なのに何らかの原因で、試験結果が陽性を示すことで、偽陽性の可能性として考えられるのは細菌感染やリンパ腫です。
細菌感染は細菌培養で、またリンパ腫は細胞診の評価で除去できるので、複合的な検査が大切になります。
『CSF(脳脊髄液)検査』
CSFで見られる異常所見
・蛋白濃度の上昇(50~350mg/dL)
・細胞の増加:好中球、リンパ球、マクロファージの上昇
ただ特異的な所見ではないため、これだけでは診断できません。
『抗体価検査』
抗体価とは猫コロナウイルスに対し、どれだけ抗体を体内で作っているかを調べる検査です。
血液や体腔貯留液、CSFなどで調べるのですが、現在あるいは過去に猫コロナウイルス感染症を患った猫や猫コロナウイルスワクチンを接種している猫でも抗体価は上昇しているので、診断精度としては低いです。
診断精度が低い理由①
ウイルスが多すぎて、抗体が大量に使われてしまい、測定用に結合する抗体が少ないから
診断精度が低い理由②
血管炎などで、蛋白が血管外へ漏出すると抗体が血液中から体腔貯留液へ出て行ってしまうから
診断精度が低い理由③
体腔貯留液は血液の抗体価と相関関係があるので、体腔貯留液の抗体価を測定するなのはあまり意味がない←調べたのですが、よく意味が分かりませんでした(笑)
でも、②と合わせて考えると、正確な数値が分からなくなるから意味がないのだと解釈しています。
血液中の抗体価と体液の抗体価が相関あるのに、血管から体腔貯留液へ漏出すると、どの数値が本当の抗体価なのか分からなくなってしまうという意味です。
『コロナウイルス特異的抗体-抗原複合体の検出』
コロナウイルス特異的抗原抗体複合体とはコロナウイルスという抗原に対し、免疫細胞(B細胞や形質細胞)が産生する抗体がくっつき、『抗体-抗原複合体』となったものを言います。
この抗体-抗原複合体が循環血液中や体腔貯留液にみられた場合に診断の手がかりとなります。
しかし、検出には限りがあり、実際の場では有用性に限りがあります。
『マクロファージ内のコロナウイルス抗原』
マクロファージ内にコロナウイルス抗原が見られる事は蛍光染色や免疫染色によって判断することができます。
欠点
病原性の低い通常のコロナウイルスとFIPに繋がる変異型コロナウイルスとでは染色だけでは判断できません。
特異度と感度
特異度:100%に近いが、偽陽性も数回報告があります
感度:57%と高くない
以上のことから、
陽性を示した場合はFIPを強く疑うことができますが、陰性の場合にFIPを否定するのは難しいということになります。
『RT-PCR』
「ウイルスの有無で見るRT-PCR」
特異度は低いです。
・FIPと病原性の低い猫コロナウイルスの鑑別ができないこと
・健常キャリアーでも陽性を示すこと
この2つから、特異度は低いとされています。
猫コロナウイルス感染症を示す猫では糞便にウイルスを排泄するため、糞便のRT-PCRは感度がよく、陰性が見られた場合はコロナウイルスの感染を否定しやすいです。
ちなみに、血液中のRT-PCRはそもそも血中に含まれているウイルスの量が少ないため、当てになりません。
「ウイルスの変異で見るRT-PCR」
コロナウイルスのS遺伝子(23531,23537ヌクレオチド)の変異を見ることで、病原性の強い猫コロナウイルスかそうでないかを鑑別することができます。
そしてその特異度は96.0%と高く、感度も低くないです。サンプルは血液ではなく体腔貯留液を用いるのがポイントです。
『結局、FIPの確定診断は?』
免疫組織化学染色でコロナウイルス抗原に対し陽性を示した場合、100%FIPだと言えます。
しかし、これは開腹手術や腹腔鏡を用いてある程度の大きさのサンプルを生検しなければなりません。死後の剖検などで行われる場合もあります。
死後では遅いので、臨床の現場では超音波ガイド下のFNA(細胞診)が用いられることが多いですが、FNAもFNAで診断には限りがあります。
また、肝臓のFNAと腎臓のFNAでは肝臓のFNAの方がより検出率が高いという報告があります。
The only way to definitively diagnose FIP is histopathology or the detection of intracellular FCoV antigen by immunofluorescent or immunohistochemistry staining. 引用文献:Comparison of Different Tests to Diagnose Feline Infectious Peritonitis
【最後に】
今回はFIPの診断方法について解説しました。
非滲出型の場合は病理検査が一番確実みたいですね。
滲出型の場合、体腔内に貯留し胸水や腹水を採取し、Rivalta反応を調べるのがいいです。
でも、教科書的な話をすればこのような検査が必要なのですが、現場では血液の抗体価検査が侵襲度も低く、簡便であるので、血液のコロナウイルス抗体価検査が行われていることも結構あります。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 984-991p
日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 212p, 401-402
Rose E. Raskin ; Denny J.Meyer 著 作野幸孝, 横内博文 訳 : 犬と猫の細胞学 カラーアトラスと解釈のためのガイド-第2版-, ELSEVIER, 2011, 181-182p
【本記事の読者にオススメの記事】
『猫伝染性腹膜炎(FIP)』その①はこちら↓↓
『猫伝染性腹膜炎(FIP)』その③はこちら↓↓