【はじめに】
ついに『血管肉腫』最終章、治療法と予後についてです。
血管肉腫①では『血管肉腫の正体』は何なのかについてお話をしてきました。
そして、血管肉腫②では『血管肉腫による症状とその正体の暴き方』をお話ししてきました。
さて、今回の最終章では『血管肉腫の倒し方とその後』についてお話ししていきます。
【関連記事はこちら】
発見時には一大事⁈ 『血管肉腫』って何?③ ~治療法・予後~
【目次】
【治療:外科手術】
血管肉腫において、外科的切除は一番最初に考えられる治療法です。
術前には貧血や凝固異常の是正や対策を行なっておくべきでしょう。そして、手術ではできる限り多くの組織を切除するべきです。
『皮膚の血管肉腫』
皮膚にできた血管肉腫
皮膚や皮下にできた血管肉腫は基本的に他の皮膚軟部組織肉腫と同じように切除されます。1~2cmの正常組織を含めた十分なマージン確保を行うべきでしょう。
皮筋内にできた血管肉腫
腫瘍と血餅が入り混じった大きな塊として病変を示すことが多く、十分なマージンを確保して切除することが難しいです。
可能であれば、切除しきるためにも肋骨の切除も視野に入れなければなりません。
『脾臓の血管肉腫』
脾臓の血管肉腫の場合、電気メスなどのシーリングシステムを用いた脾臓摘出が一般的に行われています。脾臓摘出は手技としては簡単なんですが、注意しなければならない点がいくつかあります。
①取り出す時は慎重に!
血管肉腫をもつ脾臓はとても脆くなっています。簡単に破裂します。腹腔内で破裂させてしまうと腫瘍細胞が腹腔内に播種してしまうので注意しましょう。
②大網も取り出す
脾臓に接着していた大網には腫瘍細胞が転移している可能性も十分考えられます。接着が見られた場合は大網も合わせて切除しましょう。
③他に異変は無いかチェック
脾臓を無事取り出せたら、肝臓や腹膜に異変が見られないかをチェックしましょう。
肉眼的に異常が見られた場合や、腹腔内出血が激しい場合は生検するもの1つの方法です。
④腹腔内は洗浄しましょう
腹腔内は生理食塩水などを用いて洗浄しましょう。
⑤閉腹時も播種に注意!
閉腹時も播種に注意しましょう。摘出時に使用した手術器具には腫瘍細胞が付着している可能性があるので、新しい器具に取り替えて、閉腹を行うべきです。
術後の注意
脾摘を行なった犬では心室性不整脈が発症しがちです。ある研究では24%の犬で心室性不整脈が見られたそうです。
そのため、術中から術後1~2日までは心電図で不整脈が無いかをモニタリングしておく必要があります。一般的に術後1~2日で不整脈は見られなくなります。
あと、心筋血流量の低下から、二次性の低酸素血症や血液量減少、貧血、神経内分泌反応が起こる可能性があります。
引用文献:下記参照
Ventricular arrhythmias were documented in 17 of the remaining 73 dogs, including 14 of 59 dogs with hemangiosarcoma and 3 of 12 dogs with splenic hematomas (Table1) 引用文献:Ventricular Arrhythmias in Dogs With Splenic Masses
『心臓の血管肉腫』
心臓の血管肉腫も同様に手術が行われます。心タンポナーデを解除してあげるために、心膜の切除を行なったり、右心耳腫瘍の切除などを行います。
手術の予後も内臓の血管肉腫と似たような経過を辿ります。
【治療:化学療法】
血管肉腫は転移も多く、手術だけでは治療成績も芳しくないため、術後補助療法として抗がん剤治療は必須です。
具体的なデータとして、脾臓摘出のみを行なった症例が1~3ヶ月の生存期間中央値であるのに対し、脾臓摘出+化学療法を行なった症例は6~9ヶ月まで生存期間が伸びています。
血管肉腫の抗がん剤で主要なものはドキソルビシン(アドリアシン®️)です。ドキソルビシンと何かを組み合わせて使う方法が一番メジャーになっています。
『抗がん剤の使用法①:ドキソルビシン単剤』
文字通りドキソルビシンだけを用いた抗がん剤プロトコルです。
ドキソルビシンの使用時に注意しなければならないのは『蓄積性心毒性』と『コリー犬種への使用』です。
蓄積性心毒性
ドキソルビシンは蓄積性の心毒性があり、累積投与量によって心毒性を示す場合があります。累積投与量が150~180mg/m2を超えないようにしましょう。
そして投与期間中は心臓の聴診、心電図、心エコーを行い、心臓のモニタリングを徹底して行うべきでしょう。
コリー犬種への使用
ドキソルビシンはP糖蛋白というものを介して薬剤が細胞から排出されています。P糖蛋白をコードしている遺伝子はMDR1遺伝子です。
コリー犬種にはMDR1のヘテロ変異を有しているものが多く、正常にドキソルビシンを排出することができないので、危険です。使用を控えるのがセオリーです。
『抗がん剤の使用法②:VACプロトコル』
ドキソルビシン(30mg/m2 静注)(第1日目)
↓
ビンクリスチン(0.5~0.75mg 静注)(第8日目)
↓
シクロフォスファミド(200~300mg/m2 経口)(第10日目)
↓
ビンクリスチン(0.5~0.75mg 静注)(第15日目)
特徴
VACプロトコルの特徴はステージⅢの症例でも、ステージⅠやⅡの症例と同様の生存期間が得られていることです。つまり、進行した血管肉腫でも効果を示すということです。
注意点
シクロフォスファミドの出血性膀胱炎に注意しなければいけません。シクロフォスファミドを投与する際はフロセミド(利尿剤)も同時に投与しておく必要があります。
『抗がん剤の使用法③:メトロノミック療法』
術後に通常の抗がん剤プロトコルを終了した後に行う化学療法で、プロトコルとしてはシクロフォスファミド(10~15kg/m2 経口)24~48時間に1回ピロキシカム(0.3mg/kg 経口)
【免疫療法】
実用化されていませんが、ドキソルビシンとL-MTP-PEの併用療法が有効的ではないかと言われています。ドキソルビシン単剤療法とドキソルビシン+L-MTP-PE併用療法で比較すると生存期間中央値は5.7ヶ月と9.1ヶ月で有意差がありました。
ただ、L-MTP-PEは認可されていないので、使えません。
The median survival time of 277 days for L-MTP-PE-tneated dogs is the longest reported for dogs with splenic HSA treated by any means.
引用文献:Liposome-encapsulated muramyl tripeptide phosphatidylethanolamine adjuvant immunotherapy for splenic hemangiosarcoma in the dog: a randomized multi-institutional clinical trial.
【放射線治療】
効かないので使いません‼︎
【新しい治療法】
紹介するのは実用化しているものもありますが、まだまだ実験段階のものもあります。
血管肉腫は血管新生を活発に行うので、その血管新生を抑える薬が開発されています。
血管新生阻害剤
・VEGF受容体キナーゼ阻害薬(トセラニブ)
・TNP-470
【予後】
『手術+化学療法が吉』
生存期間中央値
手術だけ:19~86日
手術+抗がん剤:141~179日
手術+抗がん剤+L-MTP-PE:273日
抗がん剤はアントラサイクリン系(ドキソルビシン)を用いるのがいいです。
『そりゃそうだの予後』
脾臓の血管肉腫
破裂していない血管肉腫の方が破裂したものより予後がいいです。
皮膚の血管肉腫
表層の血管肉腫の方が、皮下や筋層にある血管肉腫より予後がいいです。
心臓の血管肉腫
予後は悪い。1~4ヶ月程度。
『猫の予後』
猫の血管肉腫は予後が悪いです。再発や転移が多く、生存期間が短いのが現状です。
The medical records of 19 cats that had complete splenectomy were reviewed for information on preoperative, intraoperative, and postoperative factors. The most common presenting signs were a palpable abdominal mass in 58% and anorexia in 47% of the cats. Mast cell tumors were the most common reason for splenectomy and were found in 10/19 cats (53%); followed by hemangiosarcoma in 4/19 (21%); and lymphoma in 2/19 (11%). 引用文献:Outcome following splenectomy in cats
【最後に】
今回は血管肉腫について説明しました。血管肉腫は血管をどんどん作っていく悪性の腫瘍です。
好発部位は脾臓を始め、肝臓、腎臓、右心耳 であり、多くの場所で見られます。血管肉腫は壊死もひどく、脆くなり、破裂することがあります。
破裂した場合、播種が起こる可能性があります。血管肉腫は注意点が山ほどある腫瘍です。
『血管肉腫の概要・統計』について
『血管肉腫の症状・検査法』について
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 2091-2100p
Spencer A. Johnston ; Karen M. Tobias : veterinary surgery small animal. 2nd ed., ELSEVIER, 2017, 1557-1561p
Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwen’s SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed., ELSEVIER, 2013, 679-684p