オタ福の語り部屋

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9割が悪性腫瘍です!『犬の甲状腺腫瘍』とは

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今回は『犬の甲状腺腫瘍』について説明します。

【目次】

 

【はじめに】

筆者は犬の甲状腺腫瘍はそこまで多く見られる腫瘍ではないと考えています。

発生頻度自体は多くないですが、犬の甲状腺腫瘍の9割は悪性腫瘍なので注意が必要となる腫瘍です。

悪性の腫瘍ほど早期発見が必要となるでしょう。

「早期発見って言われても、どうすればいいか分かんないじゃん!」

そんな声が聞こえてきます。

ズバリ、首回りの腫れがないかを毎日触って確認してあげることがいいでしょう。

ヨシヨシと愛でている最中に軽く首もとの腫れをチェックする。

そんな簡単な習慣が早期発見につながります。

 

【甲状腺とは】

甲状腺とは気管の上部に1対となって存在し、甲状腺ホルモンを分泌する濾胞細胞カルシトニンを分泌する傍濾胞細胞を持っています。 

 

甲状腺の解剖学的位置(図解)

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イラスト作成:オタ福

『甲状腺ホルモンとは』

「甲状腺の司令塔」

視床下部という間脳に下に存在する中枢からTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)が下垂体に送られます。

そのTRHを受け取った下垂体はTSH(甲状腺刺激ホルモン)を甲状腺へ送ります。

そしてTSHを受け取った甲状腺は甲状腺ホルモン(T3やT4)の合成を開始します。

甲状腺ホルモンが十分作られていると、視床下部や下垂体にもう作らなくていいという指令が送られます。これをネガティブフィードバックと言います。

 

 甲状腺の司令塔(図解) 

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イラスト作成:オタ福

「甲状腺ホルモンの作り方」

甲状腺ホルモンは甲状腺で作られています。

甲状腺で合成されるTG(サイログロブリン)のチロシン基にヨードが結合することで、甲状腺ホルモンは産生されます。

そして、作られた甲状腺ホルモンは血液中に放出されます。

甲状腺ホルモンにはT3とT4という2種類のタイプが存在します。

T3:いろんな臓器(肝臓・腎臓・筋肉)で作られる

T4:甲状腺でしか作られない

これらの性質を利用して、甲状腺の疾患を疑う場合は血中T4の検査を行うことが多いです。 

 

甲状腺ホルモンの作られ方(図解)

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イラスト作成:オタ福

 

「甲状腺ホルモンの働き」

甲状腺の基本的な役割は『生体の代謝を活発にする』ことです。

甲状腺ホルモンはどんな臓器や組織にも影響を与えており、非常に大切なホルモンです。

体温の維持、蛋白や酵素の合成、炭水化物や脂質の代謝などに重要です。

 

各臓器での甲状腺ホルモンの役割

心臓:心拍数↑、心収縮の増強など

血液系:赤血球産生(血を作る)

骨格系:骨形成と骨吸収のサイクルを維持(骨が常に作り変えられ、新鮮)

胎仔期:神経や骨格を作る

 

『カルシトニンとは』

カルシトニンは甲状腺の傍濾胞細胞より分泌されるホルモンです。 

「カルシトニンの働き」

上皮小体ホルモン(パラソルモン)と拮抗する作用があり、血中カルシウム濃度が上昇すると分泌され、カルシウム濃度を正常値へ戻そうとする働きがあります。

 

「カルシトニン上昇で疑う疾患」

カルシトニンは半減期が短いため、カルシトニンが上昇しすぎて問題となることは稀です。カルシトニン値が高い場合は後述の髄様癌(C細胞癌)を疑います。 

 

【甲状腺腫瘍とは】

甲状腺腫瘍は全腫瘍の中で1.1~3.8%の発生率で、そこまで多いものでもありません。

『良性・悪性の発生率』

甲状腺腫瘍には『腺腫』と呼ばれる良性腫瘍『癌』や『腺癌』と呼ばれる悪性腫瘍の2種類があります。

545匹の甲状腺腫瘍をもつ犬を用いた実験では

90%が悪性腫瘍であり、9.3%が良性の腺腫でした。

 Carcinomas and adenocarcinomas represented 90% of thyroid cancers, while adenomas represented 9.3%. Thyroid carcinoma and adenocarcinoma continue to be uncommon in our canine population.  引用文献:Thyroid Cancer in Dogs: An Update Based on 638 Cases (1995–2005)

  

良性・悪性の発生率(図解) 

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イラスト作成:オタ福

 

『良性腫瘍:甲状腺腫とは』

甲状腺腫は一般的に非浸潤性で、臨床症状も見られないため、あまり注目されません。

 

『悪性腫瘍:甲状腺癌とは』

甲状腺癌は由来する細胞が2つあります。

・濾胞細胞:甲状腺ホルモンを産生

・傍濾胞細胞:カルシトニンを産生

 

内分泌系の腫瘍では機能性腫瘍と非機能性腫瘍というものがあります。 

・機能性腫瘍:ホルモンを分泌する

・非機能性腫瘍:ホルモンを分泌しない

この2つの区分けはとても重要で、ホルモン過剰による臨床症状が出るか出ないかが決まります。

 

『濾胞細胞由来の甲状腺癌』

濾胞細胞由来の甲状腺癌はその増殖形式から主に4つのサブタイプに分類されます。

 

甲状腺癌のサブタイプ

・乳頭型(papillary)

・濾胞型(follicular)

・充実型(solid)

・未分化型(anaplastic)

 

これらの全てのタイプはサイログロブリンとサイロイド転写因子1を有します。

人では乳頭型が多いですが、

犬では濾胞型や充実型が多いです。

 

『傍濾胞細胞由来の甲状腺癌』

この甲状腺癌はいろんな呼び方があります。

髄様癌、傍濾胞細胞癌、C細胞癌なんて呼ばれています。

僕は『C細胞癌』という呼び名がなんとなくカッコいいので好きです(笑)

人や犬ではあまり一般的ではない甲状腺癌です。

 

先ほども説明しましたが、傍濾胞細胞はカルシトニンを産生する細胞です。

確定診断には病理組織学的検査が必要ですが、カルシトニンの免疫組織化学染色をやれば一発でわかるので、簡単です。

カルシトニン以外にも

・カルシトニン遺伝子関連ペプチド

・サイロイド転写因子1

・クロモグラニンA

・ニューロン特異的エノラーゼ

などがあります。

 

【病因:なぜ甲状腺癌が発生するのか】

犬に関しては全然解明されていないのが現状です。

人でわかっていることを中心にお話ししたいと思います。

乳頭型、濾胞型、未分化型で変異を起こしている遺伝子が異なります。

 

タイプ別の遺伝子変異

・乳頭型:RET、TRKなど受容体型チロシンキナーゼの活性化

・濾胞型:RASの変異が活性化

・未分化型:p53の不活性化

 

遺伝子以外で発ガン因子になるもの

・TSH:甲状腺刺激ホルモン

・TSH受容体:甲状腺機能亢進症の犬ではTSH受容体を保持し、甲状腺癌のリスクをあげます。

・甲状腺への放射線照射:動物種問わず影響が出ることはわかっています。

 

【統計】

『ざっと統計をあげてみた』

好発年齢:9~11歳

性差:無し

好発品種:ゴールデン・レトリバー、ビーグル、ボクサー、シベリアン・ハスキー

髄様癌の好発品種:アラスカン・マラミュート(アラスカのそり犬)

甲状腺の左右:60%が両側性

異所性甲状腺癌の場所:舌、頚椎、頭蓋内、心臓

 

『転移について』

初回診断時には35~40%で転移が認められます。

最終的には80%の確率で転移が起こっています。

 

腫瘍原発巣のボリュームと転移の関係

・腫瘍体積が23cm3→転移率が有意に上昇する

・腫瘍体積が100cm3→転移率は100%になる

ただ甲状腺が100cm3になっている時は首(気管や食道)がものすごい圧迫されていて、転移とかそれどころではないと思います。

 

両側性・片側性と転移率の関係

両側性の甲状腺癌の方が片側性と比較して、16倍転移率が高いです。

 

転移しやすい場所

・肺

・領域リンパ節:咽頭後LN、下顎LN

 

髄様癌

濾胞細胞由来の甲状腺癌に比べると転移率は低いです。

 

【症状】

先ほどもちらっとお話ししましたが、犬の甲状腺癌はほとんどが非機能性で、ホルモンを分泌しません。

甲状腺癌を有する犬で血清T4濃度を測ると

60%:正常

30%:甲状腺機能低下症←正常の甲状腺組織が破壊されたことによる

10%:甲状腺機能亢進症←機能性腫瘍

 

ほとんどの甲状腺癌患者で頸部の腫瘤が触知可能です

 

そのほか、見られる症状としては腫脹した甲状腺が気管や食道を圧迫することで起きるものが多いです。

甲状腺癌の時の症状

・発咳

・呼吸促迫

・呼吸困難

・摂食障害

・鳴き声の変化

・喉頭麻痺

・ホルネル症候群

・顔面浮腫

・急な重度出血←頸静脈を巻き込んで腫瘍が増殖した時

 

10%の機能性甲状腺癌であった場合に見られる症状は

機能性甲状腺癌による症状

・多飲、多尿

・多食

・体重減少

・筋肉萎縮

 

【診断】

『触診』

診断という程の診断でもないが、触診でほとんどが腫脹を発見できるので、しっかりと触診することが重要です。

 

『超音波検査』

カラードプラーを用いて、腫瘤に血管が豊富な場合、腫瘍の可能性が上がります。

悪性の甲状腺癌ほど、血管を豊富に含んでいるというデータがあるので、注意が必要です。

 

『細胞診』

腫脹を確認したら、エコー下でFNBをしてみましょう。

犬の甲状腺癌のFNAよりFNBの方が診断の精度が上がると言われています。

甲状腺癌は血管が豊富に含まれているため、FNAを行うと血液やへモジデリン貪食マクロファージがたくさん入り、評価しづらくなります。

 

濾胞細胞由来の腫瘍細胞の特徴

甲状腺癌の腫瘍細胞は内分泌細胞の特徴に加え、細胞質内に青紫色の顆粒を含んでいます。この正体はチロシン顆粒だと言われています。

ピンク色で無構造状の物質はコロイドです。

これらの特徴なしに傍濾胞細胞由来や上皮小体由来の腫瘍細胞と鑑別することは難しいです。というかできません。

 

顕微鏡での見え方

豊富な赤血球を背景にシート状に緩く結合した甲状腺癌由来の腫瘍細胞が見えます。 

 

 甲状腺癌:FNB

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イラスト作成:オタ福

 

『病理組織学的検査』

病理組織画像は細胞診よりも多くの情報を得ることができます。

甲状腺腫瘍を摘出後に行われる検査で、病理所見は以下のようになります。

写真は「濾胞充実性甲状腺癌」と診断された症例です。

壊死が強く、細胞異形も高いので、悪性度の高い甲状腺癌と言えます。

 

濾胞充実性甲状腺癌(図解)

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 免疫組織化学染色(サイログロブリン)(図解)

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撮影:オタ福

 

『頚部腫瘤の鑑別疾患』

・膿瘍

・肉芽腫

・唾液腺粘液嚢胞

・扁桃扁平上皮癌のリンパ節転移

・リンパ腫

・頸動脈小体腫瘍

・軟部肉腫

 

【ステージ分類】 

ステージ分類とは腫瘍の大きさ、リンパ節転移有無、遠隔転移の有無を評価していくことです。

ステージ分類で必要な検査

・血液検査(CBC、生化学):全身スクリーニングを兼ねて一応やっとく

 

・尿検査:全身スクリーニングを兼ねて一応やっとく

 

・三方向胸部レントゲン:肺転移、心臓転移がないかをチェック

 

・リンパ節の超音波検査:下顎リンパ節、咽頭後LN、浅頚LN

 

・頚部超音波検査:局所浸潤と血管の巻き込みをチェック

 

・細胞診:下顎リンパ節、咽頭後LN、浅頚LN

 

・CT、MRI:腫瘍の位置の把握、転移の有無

 

【治療:外科的切除】

 『手術には条件がある』

甲状腺癌の外科的切除には条件があります。

手術の条件

・腫瘍が全方向に可動性がある

・隣接する組織を巻き込んでいない(腫瘍が小さい)

・転移がない 

これらの条件を満たした場合にのみ手術が可能です。

遡及的な研究では25~50%の甲状腺癌で条件を満たしたというデータがあります。

 

『手術を行う上での危険』

甲状腺を切除するには何点か注意点があります。

・すぐ横に大きな血管(頸静脈)が走っている

・甲状腺癌は血管に富む

・上皮小体も一緒に切除しなければならない

これらの制約があります。

 

手術による危険

・過度な出血が起こる可能性

・上皮小体切除による低カルシウム血症

これらが術中あるいは術後に起こらないかをしっかりとモニタリングする必要があります。

 

『治療成績』

完全に遊離して可動性が確保されていた場合

生存期間中央値は約3年

 

浸潤が強く可動性がなかった場合

生存期間中央値は6~12ヶ月

 

【治療:転移がない放射線治療】

『放射線治療の目的』

放射線治療の目的としては大きく分けて2つあります。

①手術せずに放射線治療だけで治していく

②手術の条件を満たすために放射線治療を行う

 

『治療の成績』

目的①の場合

1年間、腫瘍の進行を抑えられた犬は80%

3年間、腫瘍の進行を抑えられた犬は72%

 

目的②の場合

完全に取りきれていない状態で手術が終わった犬で追加的に照射を行った症例では

生存期間中央値は2年以上でした。

 

『放射線の副作用について』

喉頭、気管、食道がよく攻撃を受けますが、意外と耐えられるみたいです。

 

【治療:転移がある放射線治療】

少分割照射法を用いた放射線治療では原発巣も転移巣も腫瘍の進行がゆっくりになることがわかっています。

 

甲状腺癌(WHO分類:T2b、T3b)13匹の犬を用いた実験で

9Gy×4回=36Gy(グレイ)を照射した結果

・完全寛解したのが1匹

・部分寛解したのが9匹

でした。緩和的な治療ではありますが、手術ができないという状況ではこの治療法でも十分な成績ではないでしょうか。

そしてこの実験での生存期間中央値は96週間とまずまずの結果です。

放射線治療も十分選択肢の1つになり得ます。

Thirteen dogs with invasive thyroid carcinoma (WHO classification T2b or T3b) seen between January 1991 and October 1997 were treated by external beam irradiation. Four once‐weekly fractions of 9 gray of 4 MeV X‐rays were administered. Four of the dogs died of progression of the primary disease and four from metastatic spread. Of the remaining dogs, three died of unrelated problems, although two were still alive at the time of the censor. Kaplan‐Meier analysis of the survival time from first dose to death from either primary or metastatic disease gave a median survival time of 96 weeks (mean 85 weeks, range six to 247 weeks).  引用文献:Hypofractionated radiation therapy for invasive thyroid carcinoma in dogs: a retrospective analysis of survival

 

【治療:化学療法】 

化学療法は第一選択ではないですが、

抗がん剤の使用は切除不可能な大きさの腫瘍や転移巣がある時に適応されます。

・ドキソルビシン:部分寛解が30%

・シスプラチン:部分寛解が50%

 

【最後に:まとめ】 

甲状腺癌について解説してみました。

ざっと復習してみましょう!

 

甲状腺癌には

・濾胞細胞:甲状腺ホルモン産生細胞

・傍濾胞細胞:カルトシトニン産生細胞

があります。

 

そして、内分泌腫瘍には

・機能性腫瘍:ホルモン産生腫瘍

・非機能性腫瘍:ホルモン非産生性

があります。

犬の甲状腺癌は濾胞細胞由来の非機能性腫瘍が多く、悪性の挙動を示すものが9割と言われています。

 

症状としては甲状腺が腫大することで気管や食道が圧迫されることで現れます。

・発咳

・呼吸促迫

・摂食障害

・鳴き声の変化

などなどです

 

診断方法は

・触診

・超音波検査

・レントゲン

・CT、MRI

・細胞診や病理組織学検査

があります。

 

治療法は

条件を満たせば外科的切除

それ以外なら、放射線治療化学療法を行います。

 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 513-515p,

日本獣医内科学アカデミー. 獣医内科学 第2. 文英堂出版. 2014, 341-345p