血液検査の結果を元にどんな病気があるのかを考えるシリーズを作ってみようかと思いました。第一弾はCBC検査でわかる『貧血』についてです。
『血液検査を考えるシリーズ』は“病気”を解説してるわけではありません!
どんな病気があるか、つまり貧血を起こす原因について考えるには適材適所の検査が必要です。
今回の内容はおそらく検査所見がメインの解説になりますが、
注目するポイントとして
・貧血とは何が起こっているのか
・どのような検査を行うか
・その検査でどんなことが分かるか
主に上記3点を知っていることで、獣医からの説明が驚くほど理解しやすいものとなるでしょう。
【目次】
- 【貧血の定義とは】
- 【貧血の時、まず始めにやること】
- 【血液検査は鵜呑みにできない】
- 【貧血のメカニズム】
- 【①出血している場合】
- 【②溶血している場合】
- 【③産生量の減少】
- 【貧血の診断アプローチ】
- 【血液塗抹で分かること】
- 【追加で必要な検査は?】
- 【最後に】
- 【本記事の参考書籍】
【貧血の定義とは】
貧血の定義はRBC(赤血球)が減少したものとし、
それらは血液検査の結果、PCV、HCT、Hb濃度、RBCが基準値を下回っていると認識されます。
【用語解説】
RBC (red blood cell)
赤血球数のこと。血液中に含まれている赤血球の数を示す。
PCV (packed cell volume)
血球容積のこと。血液中の血球成分が占める容積の割合を示す。
HCT(hematocrit)
ヘマトクリットのこと。ほぼPCVと同義だが、HCTは血球成分の中でも赤血球だけの血液中を占める容積を示す。
Hb(hemoglobin)値
ヘモグロビンのこと。血液中にどれくらいヘモグロビンが含まれているかを示す。
【貧血の時、まず始めにやること】
血液検査の結果、貧血が見られた
先ず始めにやることは
・検査の手技は正しく行われたか?
・この子ではこれが正常値ではないのか?
・全身状態を確認し、検査結果と合致しているか?
を確認します。
そして、間違いなく貧血は起きていると確認できたら次に、赤血球の産生能力はあるかを確認します。
【血液検査は鵜呑みにできない】
血液検査は数字は出てきた数字を鵜呑みにすることはできません!
一般的に血液検査の基準値とは品種、年齢、性別問わず様々な健康犬の血液を元に作られています。
なので、その犬では正常なことなのに、基準値では異常値を示す。あるいは逆に、基準値内ではあるが、その犬では異常である。ということももちろんあり得ます。
例えば、
・成犬と子犬でも基準値は異なります。
・採血する人の手技や機械によるエラーが原因で異常値になることもあります。
・グレイハウンドという品種でヘマトクリット値が45%であった場合、正常犬では基準値内ですが、この品種では元々ヘマトクリット値が高いため、貧血になります。
このように、血液検査ではその子に合った数値であるかを確認しながら、解釈をしなければなりません。
そして、原因疾患は何になのかを次のステップで調べていくのが血液検査の基本となります。
【貧血のメカニズム】
貧血を引き起こす病気という訳ではありません。貧血を引き起こすメカニズムについて考えていきたいと思います。貧血が起こるメカニズムは大きく分けて3つです。
貧血が起こるメカニズム
①出血:血液の絶対量が減少している場合
②溶血:血液中で赤血球が破壊されている場合
③産生量の減少:赤血球が作られていない場合
この3つについて今からお話していこうと思いますが、そもそも貧血は複数の原因が重なって起こっていることが多く、明確にこれだ!と原因を特定することは難しいです。
【①出血している場合】
出血は内出血と外出血に分けられます。イメージは簡単につきやすいと思いますが、内出血は体内(腹腔内、胸腔内)で出血することで外出血は体外(怪我、腸管内)へ出血することです。
『出血が起こる原因』
『出血の指標となるもの』
血清タンパク濃度の低下
血清タンパク濃度の低下は出血、亜急性の出血、腸管内出血の指標となります。これだけでは出血があると言えないので、他の検査を加えた総合的な評価が必要になります。
『出血が慢性化すると…』
通常、赤血球は寿命を全うすると破壊され鉄分は次の赤血球産生へと再利用されます。出血によって鉄の絶対量が減少すると、再利用できなくなります。
そのため、
出血が慢性化すると血中鉄が減ってきます。鉄が減少するとヘモグロビンの合成が上手くいかないことがあります。そうなってくると、血液検査で小球性低色素性貧血というものが見られます。
小球性低色素性貧血の出現
小球性低色素性とは赤血球の体積が小さく、ヘモグロビンの合成に何か支障が出ていることを示しています。
このタイプの貧血が見られる原因としては、
・鉄分の欠乏→ヘモグロビンが作れない
・出血→鉄分が体外へ漏出→鉄を利用できない
・トランスフェリン(Tf)の減少→鉄の輸送ができない→造血場まで鉄を運べない
Tf(トランスフェリン)
血清タンパクのβ1グロブリンで、血清中の鉄と結合しています。
Tfは通常過剰に存在し、約30%が鉄と結合しています。
残りのTfは不飽和鉄結合能(UIBC)と呼ばれています。
【②溶血している場合】
溶血とは赤血球が破壊されることをいい、
血管内で赤血球が壊れる『血管内溶血』と血管外で赤血球が壊れる『血管外溶血』があります。
血管内溶血は通常、血管外溶血と同時に発生しますが、
血管外溶血は単独で発生し、よく見られる所見です。
これら2つの鑑別は原因を明らかにする上で非常に重要です。
『溶血の原因』
『血管内溶血でよく見られるもの』
Ghost赤血球
極端に膨化した赤血球のことで、血液塗抹標本で赤血球が薄く、見えにくくなるためゴースト(幽霊)赤血球と呼ばれています。
アーチファクト(間違った手技による偽反応)が出ることもあるので、しっかり見極めなければなりません。
赤血球の酸化障害
ハインツ小体と呼ばれる変性したヘモグロビン顆粒の凝集したものが見られます。
・毒物
・タマネギ中毒
・スカンクのオナラ
・アセトアミフェンの摂取(猫)
赤血球への感染症
赤血球に感染する寄生虫やウイルス、細菌がいます。
・Babesia:バベシア
・Theileria:タイレリア
・Mycoplasma haemocanis:マイコプラズマ・ヘモキャニス
・Mycoplasma heamofelis(猫):マイコプラズマ・ヘモフェリス
・Leptospira:レプロスピラ
『血管外溶血とは』
血管外とは脾臓のことです。脾臓では通常、古くなった赤血球を壊して、新しい赤血球をリサイクルするように作っています(これは造血とは異なる作業です) 。
異常な赤血球が増えている場合や脾臓の赤血球破壊が亢進する場合に血管外溶血が起こります。
『溶血で言えること』
溶血による貧血では一般的に血清タンパク濃度は上昇するといわれています。
それはビリルビンの上昇が原因です。赤血球が破壊されるとヘモグロビンが代謝され、ビリルビンが増えます。
そのほかには
血清鉄濃度やトランスフェリン濃度の上昇や担鉄赤血球の出現があります。
溶血によって壊れた赤血球から漏出した鉄分が血液中に増えるためです。
【③産生量の減少】
『産生量減少の原因』
赤血球の産生量を低下させる原因としては下の図のようにたくさん原因があります。
『非再生性貧血』
非再生性貧血は骨髄中の赤芽球系細胞の成熟が障害された場合やエリスロポエチンの分泌が二次的に障害された場合に起こります。
非再生性貧血の原因を見つける糸口として
・貧血の重篤度
・RBC値
・併発する他の血球減少症(好中球減少症、血小板減少症)
などがあります。
また正球性正色素性貧血は非再生性貧血を示唆する所見であると同時に、髄外造血(骨髄以外で造血すること)や炎症性貧血を示唆しています。
炎症性貧血とは
炎症細胞が出すサイトカイン(指令みたいなもの)によって赤血球新生やエリスロポエチンの放出、エリスロポエチンへの反応性を低下させます。
『併発する血球減少症が無い時』
考えられるのは以下の通りです。
犬:免疫介在性貧血
猫:FeLV(猫白血病ウイルス)感染
【貧血の診断アプローチ】
診断を行ううえで大切なポイントをこの項では解説していきます。
『その貧血、急性?慢性?』
貧血が“いつ発生”し、“どのくらい続いているか”を知ることは、
再生性の貧血か(赤血球の産生がある)
そして、
非再生性の貧血か(赤血球の産生がない)
を鑑別するのに重要なファクターとなります。
では、どのようにして貧血が起きている期間を判断するのでしょうか?
一般的に、貧血が起こって3~5日ほど経過してから骨髄での造血反応が見られます。
そのため、貧血発症後間もない時期では非再生性に見えることもあります。
貧血が起こった時期は症状や経歴から判断する必要があります。
経歴などから明らかな外傷などが見られない場合、症状が出るまで分かりません。
骨髄での造血反応の程度
重度な貧血ほど、急速で顕著な造血反応が見られ、
軽度な貧血ほど、穏やかな造血反応が見られます。
重度な貧血が5日以上続いているのに、造血反応が見られない場合は非再生性貧血の可能性が高いでしょう。
『その貧血、再生性?非再生性?』
再生像の評価とは具体的にどのようなものでしょうか?
それは末梢血で未熟な無核赤血球の増加が見られることであり、調べる方法はいろいろあるのですが通常はニューメチレンブルー(NMB)染色を行うことで見つけることができます。
NMB染色は凝集したRNAを青染する染色法です。
未熟な無核赤血球はRNA含有量が上昇しているため、染色されるというわけです。
NMB染色で染色された未熟な無核赤血球を網状赤血球と言います。
上記の方法以外にも
ロマノフスキー染色によって、多染性赤血球が染まります。
多染性赤血球がどのくらい見られるかも、再生像の評価として使うことができます。
『染色の結果、分かること』
網状赤血球の出現程度を評価し、再生性貧血か非再生性貧血かを鑑別します。
その結果、
再生性貧血であれば、
・失血性貧血
・溶血性貧血
であることが分かります。
非再生性貧血であれば、
・非再生性免疫介在性貧血
・鉄欠乏性貧血←出血が継続している場合でも起こる
・慢性疾患による貧血
・白血病
など、考えられる原因はたくさんあります。
そのため、
非再生性貧血の場合は原因を明らかにするためにはさらなる精査が必要となります。
『再生像評価の注意点』
ハウエルジョリー小体
網状赤血球とハウエルジョリー小体を見間違えないようにしましょう。
ハウエルジョリー小体は赤芽球から赤血球になる時にたまに見られる核の遺残物であり、これ再生像の評価に使えません。
猫の網状赤血球
猫の網状赤血球は3種類あります。
・凝集型
・中間型
・点状型←分けて考えなければならない
点状型網状赤血球は残りの2つの型とは挙動が異なるため、分けて考えないといけません。
【血液塗抹で分かること】
血液塗抹とは採血した血液をスライドガラスに垂らし、顕微鏡で観察し、形態学的に評価を行う検査法です。
血液に関する多くの情報を提供してくれるため、貧血を呈している患者では必ず行うべき検査の1つです。
形態学的異常を示す血液塗抹所見を見ていきましょう。
『有棘赤血球:acanthocytes』
特徴
突起を持ち、大きさが不揃いな赤血球
通常、ケラトサイト(有角赤血球)や断片化赤血球と一緒に見られます。
原因
・赤血球の損傷
・鉄欠乏性貧血
・血管性腫瘍(血管肉腫)
・DIC
『凝集:Agglutination』
特徴
赤血球がくっつき、塊になっている状態のことを言います。
それは連銭と呼ばれる赤血球が一列に並ぶものとは区別します。
原因
・IMHA(免疫介在性溶血性貧血)
・EDTAの使用による偽陽性
『偏心赤血球:Eccentrocytes』
特徴
酸化ストレスを受け、膜タンパク質の誘発によって起こります。
原因
・タマネギ中毒
・亜鉛中毒(犬)
・ナフタリン防虫剤の誤食
・ビタミンK1の摂取(犬)
『楕円赤血球:Elliptocytes』
特徴
楕円形の赤血球。
ちなみにラクダやリャマでは正常に見られます(笑)
原因
・非再生性免疫介在性貧血(NRIMA):犬の骨髄線維症や赤芽球の奇形
・肝臓疾患:特に脂肪肝の猫でⅢ型楕円赤血球が見られる
・遺伝性/先天性の赤血球異常:犬で稀にみる
『ハインツ小体:Heinz bodies』
特徴
酸化障害によって起こります。偏心赤血球とセットで現れることが多いです。
ニューメチレンブルー染色で網状赤血球と鑑別できます。
ただし、猫の小さなハインツ小体は特に病変ではなく正常像として考えられています。
『担鉄赤血球:Siderocytes』
特徴
溶血性貧血や中毒、大循環門脈シャント(PSS)によって起こります。
『球状赤血球:Spherocytes』
特徴
中等度〜重度の球状赤血球の増殖はIMHA(免疫介在性溶血性貧血)と診断されます。この時、担鉄赤血球(赤血球のターンオーバーの上昇による)やゴースト赤血球(血管内溶血による)も見られます。
一部で球状赤血球が見られる場合は非再生性免疫介在性貧血が示唆されます。
猫ではセントラルペーラーが浅いので、球状赤血球と正常赤血球の鑑別が難しいです。
【追加で必要な検査は?】
貧血が疑われいる場合に、まずやる検査は
血液検査、尿検査、血液塗抹検査などを行なっていると思います。
ただそれだけでは、貧血が起こっていることがわかっても貧血の原因まで特定することは困難です。
追加で行うべき検査
・クームス試験:IMHA
・抗核抗体検査:全身性エリテマトーデス
・遺伝子学あるいは血清学的検査:感染症
・骨髄吸引生検:リンパ腫や白血病、感染症(リーシュマニア症など)
『クームス試験』
クームス試験とは赤血球の細胞膜に免疫グロブリンや補体が結合しているかを調べる試験です。
IMHA(免疫介在性溶血性貧血)のように自分の免疫細胞が自分の赤血球を破壊するような病気では赤血球の表面に免疫グロブリンが結合してます。
クームス試験陽性はIMHAを示唆する所見と言えるでしょう。
『抗核抗体検査』
抗核抗体検査は細胞内にある核に対して抗体が作られているかを調べる検査です。
細胞が炎症や感染、腫瘍などで破壊され、核が露出します
↓
核の成分をキャッチした抗原提示細胞(樹状細胞)がT細胞へ抗原提示します
↓
抗原提示を受けたT細胞は核に対する抗体を産生するようにB細胞に働きかけます
↓
指令を受けたB細胞は核に対する抗体を作ります
↓
核が抗体によって破壊されていきます
これは全身性エリテマトーデスで見られる病態です。
『遺伝子学的、血清学的検査』
これはよくあるPCRなどをかけて、細菌やウイルスの感染がないかを調べる検査です。
一番イメージが湧きやすい検査だと思います。
『骨髄吸引生検』
骨髄吸引生検は文字通り、骨髄を採取し、どうなっているかを見る試験です。
骨髄穿刺が行われるケース
・血液検査にて明らかな血球の増減が見られる場合
・それが進行性、持続性である場合
・末梢血に明らかな原因がない場合
・骨髄原発の疾患が疑われている場合
・末梢血にリンパ球性腫瘍細胞が見られ、リンパ腫と白血病を鑑別したい場合
ちなみリンパ腫と白血病はどちらもリンパ球がモノクローナルに増殖する病態を示しますが、決定的な違いは白血病の原発が骨髄であるのに対し、リンパ腫の原発が骨髄ではないという点です。
そのため、この2つを鑑別するのに骨髄吸引生検が必要なのです。
話を貧血に戻します。
骨髄吸引生検で分かること
・骨髄癆(ろう)や赤血球癆(ろう)
骨髄癆(ろう)や赤血球癆(ろう)という骨髄に重度な病変を示すことで、造血能が破綻してしまうことがあります。
こういった場合の鑑別にも骨髄吸引生検は役立ちます。
・感染症
日本では稀ですが、ヒストプラズマ症、リーシュマニア症、トキソプラズマ症、エリヒア症などの鑑別にも骨髄吸引生検は使えます。
【最後に】
今回は貧血を起こす病気ではなく、貧血そのものにスポットライトを当てて紹介してみました。
貧血1つ説明するのでも、今回のだけでは全然足りません。
・貧血の定義
・貧血のメカニズム
・どのタイプの貧血かを調べる検査方法
これらの理解にちょっとでも手助けできればと思い、書かせて頂きました。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 229-234p
日本獣医内科学アカデミー. 獣医内科学 第2版. 文英堂出版. 2014, 465-472p
石田卓夫. 伴侶動物の臨床病理学 第2版. 緑書房. 2014, 58-77p