【はじめに】
今回は『巨大食道症』についてお話ししたいと思います。巨大食道症について、僕自身まだ見たことがありません。あんまりこの病気の子は多くないのかも知れません。←あくまで経験的な話ですが。巨大食道症とは食道の収縮能がなくなり、食塊を胃へ運ぶことができなくなる病気です。離乳食を与え始めてから急に吐き戻すようになった場合、注意が必要かもしれません。では早速、『巨大食道症』について詳しく見ていきましょう。
【目次】
【食道の基本情報】
『食道の解剖学』
犬:食道全域が横紋筋で構成
猫:上部2/3が横紋筋、下部1/3が平滑筋で構成
横紋筋や平滑筋が伸展、収縮を繰り返して、食塊を胃まで運んでいます。この運動を『蠕動運動』と言います。
動物種別、食道の解剖学(図解)
『蠕動運動とは』
食道が食塊が通過するときに食道括約筋が弛緩し伸展する
↓
その伸展を感知したすぐ下の食道括約筋が弛緩する
↓
伸展していた筋肉はすぐに収縮することで、すぐ下の弛緩した食道へ食塊が運ばれる
この流れを繰り返すことで食塊を胃まで運んでいます。
蠕動運動の仕組み(図解)
『蠕動運動を支配する神経』
横紋筋:迷走神経
平滑筋:筋層間神経叢
これらの神経が的確に筋肉へ指示を与えることで、蠕動運動は成り立っています。後述で出てきますが、巨大食道症の原因の一つに迷走神経障害が疑われています。巨大食道症が犬で多く、猫で少ない理由としてはこの食道を構成している筋肉による違いなのかもしれません。
【巨大食道症ってなに?】
巨大食道症とは文字通り食道が拡張し、運動能を失っている状態のことで、物理的な閉塞や狭窄によって生じる局所的な食道拡張とは区別されるものです。
【先天性巨大食道症】
巨大食道症には先天性と後天性があります。一番発生頻度が多いのが“先天性”巨大食道症です。
『判明するきっかけ』
先天性の巨大食道症だとわかるのは離乳期直後になります。ミルクを飲んでいる時は食道の収縮能がそれほ必要ではないですが、ご飯を食べ始めると、食塊を胃へ運搬することができずに症状として現れます。
『好発犬種』
以下の犬種では家族性素因があると言われています。
・アイリッシュ・セッター
・グレート・デン
・ジャーマン・シェパード
・ラブラドール・レトリバー
・チャイニーズ・シャーペイ
・ニューファンドランド
・ミニチュア・シュナウザー
・フォックス・テリア
大型犬に多い病気ですね。ちなみにですが、猫での巨大食道症は稀です。ただ、シャム猫だけは家族性素因があると言われています。
『考えられる原因』
まだ完全に解明されたわけではありませんが、先天性巨大食道症の原因は食道領域を支配している求心性迷走神経障害であると考えられています。この神経障害によって、食道括約筋が弛緩してしまうのです。
【後天性巨大食道症(ASM)】
原因は解明されていませんが、先天性と同様に求心性神経障害が原因ではないかと言われています。
原因疾患としては
・重症筋無力症(MG):食道、食道付近の筋肉
・副腎皮質機能低下症
・全身性エリテマトーデス(SLE):食道付近の筋炎
・多発性筋炎
・多発性神経根ニューロパチー
・自律神経失調症
・ボツリヌス中毒
・中毒:鉛、有機リン剤
などなどたくさんあります。猫では全身性自律神経ニューロパチーが有名です。ですが、必ずしも原因疾患があるとは限りません。特発性(原因不明)の巨大食道症が最も多いのが現状です。あと、日本語訳の疾患名が見つからないので、疾患名がちょっと違うかもしれません。ごめんなさいm(-_-)m
【症状】
一番よく見られる症状は『吐出』です。そのタイミングや頻度はまちまちで、ご飯を食べた後によく起こります。
吐出に関してはこちらの記事を参考にしてみて下さい。
→よくある悩み、ペットの嘔吐・吐出(吐き戻し)を考える
そのほかには誤嚥性肺炎や栄養失調などが起きます。また、後天性巨大食道症では原因疾患による症状が出ることも忘れてはいけません。
【診断】
『X線』
巨大食道はほとんどの場合、頸部と胸部のX線検査で判明します。
・異物の可能性を除去したい
・食道の運動性の有無を評価したい
こういった場合には造影剤を使った造影X線検査を行うとよく分かるでしょう。X線検査で分かることは他にもあります。誤嚥性肺炎の有無です。巨大食道症になっている時は吐出が多くみられ、どうしても誤嚥性肺炎のリスクが上がります。誤嚥性肺炎が起きているかどうかが分かることはとても大切です。
『原因疾患を見つける検査』
後天性巨大食道症(ASM)の場合、原因に何があるかを調べる必要があります。そのために全身スクリーニング検査として
・血液検査(CBC、生化学)
・尿検査
を行います。
重症筋無力症(MG)の鑑別
全身の筋肉の虚弱が見られる
→MGを疑う
→抗AChR抗体検査を行う
副腎皮質機能低下症の鑑別
→ACTH刺激試験を行う
副腎皮質機能低下症では食欲不振、多飲多尿、下痢、虚弱などの他の症状も見られます。
甲状腺機能低下症の鑑別
→血清T4濃度の測定を行います。
甲状腺機能検査に影響する因子は多くあります。
・年齢:加齢とともにT4は減少する
・大きさ、品種:小型犬は中くらい、大型犬は高値を示しがち
・肥満
・削痩、絶食
・妊娠、性周期:プロゲステロンは高値にさせがち
・外科手術・麻酔
・併発疾患:偽甲状腺機能低下症を誘発する
・薬剤:グルココルチコイド、フェノバルビタール、フロセミド
などに気をつけましょう。
【治療法】
『先天性あるいは特発性巨大食道症の場合』
先天性や特発性(原因不明)の巨大食道症の場合、治療はあまり効かないことが多いです。これらの犬にしてあげられることというと
・誤嚥性肺炎を減らしてあげる
・栄養を取れるようにしてあげる
この二つが主な治療戦略となります。 これらを行うためにできることは
テーブルフィーディング
巨大食道症の場合、食道の運動機能がうまく働かないので食塊を胃まで運ぶことができません。そのため、吐出(吐き戻し)や食塊が肺に入って誤嚥性肺炎を引き起こしたりします。テーブルフィーディングといって食器を台の上に置いてあげて、重力を使って胃まで流し込む作戦があります。簡単にできる反面、うまくいかないことも多々あります。
テーブルフィーディング(図解)
胃瘻チューブの設置
栄養失調や誤嚥性肺炎が重篤な子には胃瘻チューブがオススメです。胃瘻チューブとは胃に直接食べ物を送れるようにチューブを設置する方法です。栄養失調になると免疫力が低下し、誤嚥性肺炎の悪化にも繋がるので、早急な胃瘻チューブ設置をオススメします。ただこれも完全に誤嚥を抑えられるわけではなく、唾液の誤嚥や、胃からの逆流による誤嚥もあります。
胃瘻チューブのメリット・デメリットはこちら
→【摂食困難】過度な偏食、拒食に対応するために ~最終手段は医療で対応~
薬物療法
広域スペクトルの抗菌薬を投与することで、誤嚥性肺炎のリスクを下げることができます。その他、消化管運動促進剤などもあります。しかし、消化管運動促進剤は平滑筋の運動を促進する薬なので、食道全域が横紋筋のみで構成されている犬では効かないことが多いです。一方で、猫は食道下部1/3が平滑筋なので有効なこともあります。
『後天性巨大食道症の場合』
原因疾患を解明し、その治療を行うことである程度抑えられることが多いです。重症筋無力症(MG)による犬では約50%の犬が治療に成功しています。
【最後に】
巨大食道症はこれといった効果的な治療法がありません。先天性あるいは後天性どちらにせよ、長期的な付き合いが必要となります。しかし、現れた症状に対し正しく対処していけば、そこまで重篤化することもないのが特徴です。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 1486-1489p
日本獣医内科学アカデミー. 獣医内科学 第2版. 文英堂出版. 2014, 194-196p