【はじめに】
今回は『嘔吐と吐出(吐き戻し)』について説明します。犬や猫は人間に比べて比較的よく吐きます。でも、あまりに何回も吐くようだと心配ですよね?ちょっと体重が減ってきたりしたらなおさら…
でも、本当にそれって『吐いた』のでしょうか?「吐いた」といって犬や猫を病院に連れてくる飼い主は多いです。しかし、実際は嘔吐じゃなくて吐出であったというケースも多いです。この2つを見極めるのは臨床上ととても大事なことです。イメージとしては何か喉に詰まってむせるのとノロウイルスなどにかかってオエェって吐くのとの違いぐらい病気のジャンルとしては異なります。
今回はそんなペットの嘔吐と吐出の違いを説明しつつ、それぞれの病因や治療法などを解説できたらなと思います。では早速、レッツゴー!!
【目次】
【嘔吐と吐出の見分け方】
嘔吐と吐出は違います。この2つの見分け方を紹介します。
『①吐く時の動作による判別』
嘔吐と吐出は吐く時の動作である程度見極めることができます。
嘔吐
・お腹をヘコませて、吐こうとする
・嘔吐物に胆汁が混じることがある
・吐く前にヨダレが出る
・唇の周りをペロペロ舐める
吐出
・ただただ、頭を下げて吐き出す
『②嘔吐物による判別』
よく『消化されたものを吐けば、嘔吐』、『未消化物を吐けば、吐出』と言われることがありますが、嘔吐でも未消化物を吐くこともあり、吐出でも消化物を吐くことがあります。嘔吐物による判別は正確性に欠けます。
『③嘔吐物のpHを測定』
嘔吐
・胃液が混じるのでpHが下がる
・十二指腸からの逆流があった場合、重炭酸(アルカリ性)を豊富に含んだ液を吐くので、pHが上がる
吐出
・基本的にはpHは中性かアルカリ性を示す
・胃内容物を吐出する場合にはpHは下がり、酸性を示す
このように反例が多くあげられることから、pHもあまり過信することはできません。結局、どうすればいいの? 動作や嘔吐物、pHと色々書きましたが、いまひとつ“コレ”という鑑別方法はありませんでした。上記の3つはあくまで鑑別に必要な一つの指標として考えてもらえればと思います。必ず、問診と身体検査を念入りに行う必要があります。
『飼い主さんにやってほしいこと』
嘔吐や吐出は家で起きることが多く、いざ病院に連れてきたときにはケロッとしてるなんてことも多々あります。実際に見ることができないため、唯一の目撃者である飼い主さんが問題解決のキーパーソンになります。
飼い主さんやってほしいこと
・吐き方や嘔吐物について詳細に伝える
・可能であれば、吐く様子を動画で録画しておく
・何か思い当たる節がある:異物や石鹸、腐ったものを食べたなど
などです。
これらのしっかり伝えていただくと、診断の助けになります。
嘔吐と吐出の鑑別方法(図解)
【吐出について考える】
『吐出(吐き戻し)とは』
吐出は一般的に食道や咽頭(喉元)から食べ物や液体を吐き出すことを言います。吐出では吐き出したものが気管に入り、誤嚥性肺炎になる可能性もあります。猫に関しては吐出が起こるのは稀です。
『吐出の原因』
食道の蠕動運動が何らか原因(炎症、異物、運動性の低下)により、正常に行えなくなった場合に現れます。
食道の解剖学
食道は食道括約筋という筋肉でできた管状の器官です。犬では全域が横紋筋で構成されており、猫では下部1/3~1/2が平滑筋で構成されています。
動物種別、食道の解剖学(図解)
蠕動運動とは
食塊を胃へ運ぶための運動です。食塊により一部の食道括約筋が伸展すると、その直下にある括約筋が反応を受けて弛緩します。これを繰り返すことで、食塊をスムーズに胃へ運んでいます。
蠕動運動の仕組み(図解)
『吐出の症状』
一般的に見られる症状
・消化物/未消化物の吐き出し
・泡状の液体の吐き出し
・体重減少:栄養が取れていない
・多食:栄養が取れず、お腹が空く
誤嚥性肺炎が起こると
・元気消失
・食欲不振
・発咳
・呼吸困難
『吐出の診断方法』
①胸部X線検査
X線で示される異常所見
・血管輪の異常(右大動脈弓遺残):胎児期にしかない食道を囲む血管が出生後も遺残し、食道を締め付けている病気
・食道狭窄
・食道拡張:異物や狭窄による局所的な拡張
・巨大食道症:食道拡張とは区別される
・異物
・食道内外の腫瘍
・誤嚥性肺炎
食道を狭窄する物や食道括約筋に収縮能があるかなどをチェックしています。
②造影X線検査・X線透視検査
通常X線検査でよく分からなかった場合に使用します。
③内視鏡検査
・X線検査所見の確認
・異物の除去
・腫瘍病変の生検
・食道炎の同定
主にX線検査の結果を元に行います。取れそうなら異物の除去を行なったり、腫瘍を疑う病変なら生検を行い、病理組織学検査に出したりします。
④その他
全身症状や巨大食道症が見られたら、
・血液検査(CBC・生化学)
・尿検査
巨大食道症や食道の運動低下が見られたら
・ACTH刺激試験:アジソン病による筋力低下
・サイロイド試験:甲状腺機能低下症
・アセチルコリン受容体抗体試験:重症筋無力症
・血中鉛濃度測定:鉛中毒
これら4つの検査は後天性巨大食道症の原因を追求するために行う検査です。
巨大食道症とは
食道がびまん性に拡張し、運動性が低下している病態をいいます。先天性巨大食道症と後天性巨大食道症があり、それぞれで若干病態が異なります。先天性巨大食道症とは求心性の迷走神経の異常により、食道括約筋が弛緩してしまっている状態です。
後天性巨大食道症とは何らかの原因によって食道括約筋の収縮能が欠落してしまっている状態です。
一般的にこれらの巨大食道症はいわゆる食道拡張とは区別されています。
『吐出の治療法 』
吐出の治療方針としては『何とか吐出の回数を減らしたい』これに尽きます。吐出をすると、誤嚥性肺炎になるリスクや栄養失調になるリスクが上がるので、何とか避けたいんです。 一般的に行われるのは『食事に関する改善』です。
吐出をなくす食事の方法
①少量、頻回投与
②テーブルフィーディング(elevated feedig)
台など高い所に食器を置いて、重力の力を借りて胃まで流し込む方法
テーブルフィーディング(図解)
③その子に合うフード探し
流動食、カリカリフード、缶詰フードのどれが一番いいかを模索する
④胃食道逆流症持ちの子
胃酸分泌抑制剤や消化管運動促進剤を投薬。ベタネコールやメトクロプラミドなど
【嘔吐について考える】
『嘔吐とは』
嘔吐とは食べた物、飲んだものが胃や十二指腸から逆流し、口から出てくることを言います。
嘔吐の特徴
・中枢神経制御性の動作
・声門や咽頭を締めて吐くので、誤嚥性肺炎が少ない
嘔吐が長期化した時の注意点
嘔吐は胃酸が含まれていることが多く、胃酸が食道を刺激したり、電解質のバランスを崩してしまうので、長期化・慢性化しているときは以下の続発疾患に注意が必要です。
・代謝性アルカローシス:胃酸にはH+が多くある→反復する嘔吐で大量の胃酸が体外へ流出する→血液がアルカリ性に傾く
・電解質異常
・誤嚥性肺炎
・食道炎:胃酸の刺激による
『嘔吐のメカニズム(病態生理学)』
嘔吐は延髄にある嘔吐中枢への刺激がきっかけで起こります。嘔吐中枢にはセロトニン(5HT1)受容体、アドレナリン(α2)受容体と孤束核にあるニューロキニン(NK1)受容体が存在していて、それらが刺激を伝達します。
「嘔吐中枢を刺激する経路」
嘔吐中枢を刺激する経路は主に4つあります。
・化学受容器引き金帯(CRTZ)からの入力
・大脳皮質からの入力
・前庭からの入力
・消化管などの末梢からの入力
このように、嘔吐中枢への神経刺激は求心性迷走神経(消化管由来)や大脳皮質、前庭を経由して起こります。
嘔吐中枢を刺激する4つの経路(図解)
化学受容器引き金帯(CTZ)とは
CTZは第四脳室底に位置し、血液脳関門が少なく、血中に含まれる催吐性化学物質の影響を受けやすいので、化学受容器引き金帯と呼ばれています。
(図解) 化学受容器引き金帯(CTZ)とは
CTZに存在する受容体
・ドーパミン(D2)受容体:犬で多い、猫では少ない
・ヒスタミン(H1)受容体
・アドレナリン(α2)受容体:猫で強力に作用(メデトミジンで嘔吐注意)
・セロトニン(5HT3)受容体:犬のシスプラチン誘導性嘔吐(消化器にある受容体がメイン)
・アセチルコリン(ムスカリン:M1)受容体
・エンケファリン(ENKμ,δ)受容体
・ニューロキニン(NK1)受容体
催吐性化学物質とは
催吐性化学物質には内因性と外因性があります。
・内因性:尿毒素、アンモニア
・外因性:薬物、毒物
例)消化管疾患で嘔吐が起こる機序
腸疾患がある
↓
腸クロム親和性細胞からセロトニンを分泌
↓
セロトニン受容体(5TH3)受容体にセロトニンが結合
(犬:迷走神経にあるセロトニン受容体に結合)
(猫:化学受容器引き金帯にあるセロトニン受容体に結合)
↓
嘔吐中枢を刺激
↓
嘔吐
『嘔吐、“今”の状態を知る』
「本当に嘔吐か、嘔吐の種類を見分ける」
まずは問診によって本当に嘔吐なのかを鑑別します。そのために
・嘔吐の頻度:1日何回?
・どのくらい続いているか:1週間以上続くか
・摂食時、飲水時との関係性:直後?無関係?
・嘔吐物の種類:胆汁、血、未消化物
などを詳細に伝えて頂ければいいでしょう。これらを元に『吐出』か『発咳』との鑑別や『急性嘔吐』か『慢性嘔吐』かなどの鑑別を行います。
慢性嘔吐とは
1〜2週間以上、嘔吐が続いている場合に慢性嘔吐である可能性が高いです。 ただ、散発的に発生する嘔吐の場合、急性嘔吐が散発しているのか、慢性嘔吐が持続しているかなどは鑑別ができない場合があります。
「嘔吐の原因を考える」
嘔吐を引き起こす原因はたくさんあります。
・ご飯の種類を変えた
・薬やサプリメントをあげている
・毒物や異物を飲み込んだ可能性
・最近、ワクチンを接種した
・他の犬と接触し、感染症をもらった
など多くの原因が挙げられます。
「身体検査」
・体調のチェック:元気があるかなど
・口腔内のチェック:尿毒症、毒物の摂取
・粘膜の黄疸:肝疾患の可能性
・不整脈:代謝異常、毒物による症状
・腹部の圧痛:膵炎、腸閉塞、腹膜炎
・腹部臓器の腫大
・直腸検査:黒色便や異物の確認
これらの検査を行うことで、どこに異常が発生して嘔吐を引き起こしているかを知るヒントになります。
『診断方法』
診断方法に関しては上述の項と重複することが多いんですが、
上述の項:ざっくりとした原因と検査
今回の項:より具体的に疾患名を鑑別していく方法
といった具合に思ってもらえれば読みやすいかと思います。
急性嘔吐と慢性嘔吐では診断方法が異なります。
「急性嘔吐」
急性嘔吐の場合、軽度か重度かを上述の『嘔吐、“今”の状態を知る』の項で説明した検査を行い、調べます。
『症状が軽度、落ち着いている』
軽度の場合、基本的には勝手に治っていくことが多いです。なので、必要最低限の検査しか行いません。
軽度な急性嘔吐の検査
・糞便検査:寄生虫の有無を確認
・腹部X線検査:手術が必要な疾患ではないかを確認
行う処置
24時間の絶食、あるいは流動食や制吐剤の投与を行います。
『症状が重度な場合』
重度の場合、命に関わる場合があるので緊急性を要します。まずは全身状態の確認です。
全身状態の検査
・血液検査(CBC・生化学)
・尿検査
・血液ガス:代謝性アルカローシスに注意
・腹部X線検査:異物、胃拡張・胃捻転、腸閉塞の有無
・腹部超音波検査:異物、胃拡張・胃捻転、腸閉塞の有無
これらの検査を用いて、病気を見つけていき、それぞれに適した治療を行なっていきます。
「慢性嘔吐」
慢性嘔吐の場合さらに多くの検査が必要になる場合があります。急性嘔吐での検査に加え、これといった病気が見つからなかった場合は猫では猫白血病や猫エイズの検査、甲状腺機能亢進症などの検査も必要です。まだまだあるよ〜^-^/
これでも分からない時は
・膵炎の可能性
・副腎皮質機能低下症
・造影X検査:ガスが多くて超音波やX線検査が上手くいかない時に使用
・食物不耐症の可能性:除去食の処方
・内視鏡生検:全身麻酔をかけて行うので、最後の手段!
でも、実際全部やるかと言われればそうではなく、これらの疾患は嘔吐以外にも必ず他に顕著な症状があるので、検査を全部やる前にわかることが多いです。嘔吐を示す病気とはこれだけあるということです。病気を特定するためには複数の手がかりが必要となります。
『嘔吐の治療法』
めちゃくちゃ大事なことは大前提としてまずは基礎疾患の特定を行なってから治療を始めるということ。基礎疾患の特定とは、先ほどの身体検査と診断をしっかり行なって、『この病気が原因で、嘔吐が起きている!』とはっきり解明するということです。嘔吐を引き起こすと考えられる病気を以下の図に示します。←めっちゃ大事!
嘔吐の鑑別疾患リスト(図解)
これらの疾患に対する治療を行うことで、自然と嘔吐はなくなるでしょう。
「制吐剤の使用」
制吐剤とは嘔吐中枢への刺激をブロックすることで、嘔吐するのを防ぐ薬です。制吐剤の使用にはメリット・デメリットがあるので、それについて書きたいと思います。
メリット
・QOLが上がる
・代謝性アルカローシスのリスクを下げる
・食事ができるので、栄養を摂れる
デメリット
・嘔吐の症状を隠してしまう
これは先ほどの大前提の話と同じで、基礎疾患の特定ができていない場合は絶対やってはいけません。一生治らない、下手すりゃ死んじゃう可能性があります。絶対これだけは気をつけましょう!!!
【最後に:オタ福ならこうする】
『本記事の反省点』
今回は吐出と嘔吐を説明しました。いつもの語り部屋では『病気→原因→検査方法→診断→治療』という教科書や授業で僕が習ってきたような内容を書いているので、書きやすいんですが今回の記事では『症状→検査→診断→病気→治療法』を説明するという獣医が普段やっている思考フローを文字で起こすのは結構難しかったです(笑)下手くそな文になってしまい、すみません(笑)
『吐く子が来院、オタ福ならこうする』
もし主訴が「よく吐く」という子が来たら問診と身体検査をします。
問診
・嘔吐の頻度:1日何回?
・どのくらい続いているか:1週間以上続くか
・摂食時、飲水時との関係性:直後?無関係?
・嘔吐物の種類:胆汁、血、未消化物
身体検査(お金がかからないものを優先的に)
・腹部の聴診:腸管運動は亢進してないかな?
・CRT:脱水してないかな?
・ツルゴールテスト :脱水してないかな?
・顔つき、様子のチェック:しんどそう?全身状態悪くない?
など僕がこういった検査をまず行う目的としては、緊急性があるかを見極めるためです。嘔吐や吐出に関しては比較的よくあることで、一過性のものも多々あります。こういった、緊急性の低いものに侵襲度や治療費がかさむような検査を行うのは、その子の身体にもお財布にも負担でしかありません。なるべく除去していきます。そして、「あっ、これ下手したら三日以内に倒れこむかも…」というような緊急性が高い疾患が疑われる場合には本記事のような病気が隠れていないか精査していきます。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 158-164p
日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 160-162p
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