今回は『精巣腫瘍』について説明します。
【目次】
- 【はじめに~精巣腫瘍は簡単に見つけられない~】
- 【精巣腫瘍の傾向】
- 【潜在精巣がリスクを上げる?】
- 【発症リスクが高い動物】
- 【肉眼での見分け方】
- 【精巣腫瘍に関与する分子】
- 【腫瘍の性質】
- 【精巣腫瘍とホルモンの関係性】
- 【症状】←エストロジェンによる症状
- 【診断】
- 【術前評価】
- 【治療法】
- 【人の精巣腫瘍を考えてみた】
【はじめに~精巣腫瘍は簡単に見つけられない~】
“精巣の腫瘍”と聞くと精巣がボコッと膨らみ、大きくなってくるからすぐ見つけられるのではないかと思われる方もいらっしゃるかと思います。
しかし、精巣腫瘍は3種類ありそのうちの1つであるセルトリ細胞腫と呼ばれる腫瘍は『潜在精巣』をもつ子で有意に発症しやすいとわかっています。
潜在精巣とは陰嚢にまで精巣が降りて来ず、腹腔内もしくは鼠径部に留まっている精巣で、外見から判断することは難しいです。
【精巣腫瘍の傾向】
精巣腫瘍は年齢を重ねるごとに発生リスクが上がっていきます。
犬の場合、10歳前後からの発症が一番多いと言われています。
『有名な精巣腫瘍』
有名な精巣腫瘍
①セルトリ細胞腫
②ライディッヒ細胞腫
③セミノーマ(精上皮腫)
④テラトーマ(奇形腫)
セルトリ細胞腫とライディッヒ細胞腫は性索間質性腫瘍という分類に属しており、
セミノーマやテラトーマは生殖細胞腫という分類に属しています。
これらの腫瘍は1つの腫瘍が増殖するのが基本ではありますが、たまに性索間質性腫瘍由来腫瘍(セルトリ細胞腫、ライディッヒ細胞腫)と生殖細胞腫由来腫瘍(セミノーマ、テラトーマ)が複合して増殖することがあります。
複合的に増殖する精巣腫瘍(図解)
『その他の精巣腫瘍』
・血管肉腫
・顆粒膜細胞腫
・奇形腫
・間葉系腫瘍
・胚性癌腫
・性腺芽腫
・リンパ腫
・神経鞘腫
・中皮腫
・精巣粘液性腺癌
たくさんあります(笑)
ちなみにある論文によると、これらの腫瘍は4~20%の割合で複合して発生するらしい…
でもまぁあんまり出会わないかなという印象です。
やっぱり先述した有名な精巣腫瘍がほとんどでしょう。
【潜在精巣がリスクを上げる?】
潜在精巣とは胎児の時に精巣が陰嚢まで降りて来ず、腹腔内や鼠径部に引っかかってしまった状態のことを言います。腹腔内にあると精巣では精子を作ることができません。
そして、潜在精巣は精巣腫瘍のリスクを上げることでも有名です。
『潜在精巣で見られる腫瘍の種類』
潜在精巣の場合に発症しやすい腫瘍はある程度決まっています。
潜在精巣における腫瘍はセルトリ細胞腫、セミノーマがよく見られ、ライディッヒ細胞腫はほぼ見られません。
『潜在精巣についてわかっていること』
・腹腔内潜在精巣より鼠径部潜在精巣の方が腫瘍化しやすいらしい
・高齢ほどリスクが上がる(10歳以上の犬と6歳以下の犬で比較した実験に基づく)
・潜在精巣が腫瘍化した犬の60%以上は6~10歳だった
【発症リスクが高い動物】
『好発年齢』
高齢犬で注意が必要
10歳前後が最も発症が多い
『好発犬種』
・ボクサー
・ジャーマン・シェパード
・アフガン・ハウンド
【肉眼での見分け方】
3つの精巣腫瘍で説明していきます。
これらは由来となる細胞が全く異なるため、肉眼的な見え方も異なります。
ただ、流石に見た目だけでは確定診断できないので、正確に見極めるためには必ず病理組織検査を行うべきでしょう。
『セルトリ細胞腫』
由来:輸精管の支持細胞
肉眼:分葉している
色調:白〜灰色
触診:硬い、つるつる
『セミノーマ』
由来:輸精管の精上皮
肉眼:均一、たまに分葉している
色調:割面は黄白色
触診:軟らかい
『ライディッヒ細胞腫』
由来:輸精管間質にある間質(ライディッヒ)細胞
肉眼:膨隆あり、漿液を含有した嚢胞がよくある
色調:割面は橙黄色
触診:軟らかい
【精巣腫瘍に関与する分子】
『腫瘍マーカー』
・PCNA:細胞周期DNA合成期(S期)の細胞の核で発現する。
・Ki67:細胞増殖マーカー。細胞増殖期(G0期以外)で発現する。
・AgNORs:NORsを銀で染色したもの。細胞の活動性を評価する。
・TERT:テロメラーゼの一部。細胞の老化を防ぐ。
これらの腫瘍マーカー精巣腫瘍では使用できます。
TERTは増殖とp53発現に関与していると考えられています。が、ほとんどの精巣腫瘍ではPCNAとTERTの発現は多く認められ、
もっと言うならば、悪性の挙動を示す精巣腫瘍は上記の4つ全ての遺伝子が過剰に発現しています。
『細胞外マトリックス』
「ラミニン」
細胞外マトリックスのラミニンは細胞を基底膜に接着させていますが、セルトリ細胞腫やセミノーマではラミニンの発現が低下しています。
「KIT」
KIT:SCF(幹細胞因子)と結合し、細胞の増殖や成熟に関与。
KITは始原生殖細胞やライディッヒ細胞の細胞膜表面に発現しており、セルトリ細胞がもつSCFによって刺激を受けると、精子やテストステロンを製造を開始します。
生殖細胞のKITの発現は精原細胞から精母細胞になるまで維持されます。
「そのほかの分子」
p53:腫瘍抑制遺伝子。腫瘍では変異p53の増殖が認められる。
VEGF:腫瘍の栄養供給や転移のきっかけとなる血管新生に関与。
【腫瘍の性質】
精巣腫瘍は全体的に局所浸潤性が強く、転移を示すことは稀です。
セルトリ細胞腫やセミノーマでは病理組織学的検査では悪性像を示す一方で、臨床的には悪性度は低いとされています。
また、これら2つの腫瘍の転移率は罹患犬の15%以下と低いです。
そして、ライディッヒ細胞腫に関してはほとんど転移することはないでしょう。
精巣腫瘍が転移しやすい場所←強いて言うなら
領域リンパ節、目、脳、肺、腎臓、脾臓、肝臓、副腎、膵臓、皮膚、腹膜
いっぱいある。
【精巣腫瘍とホルモンの関係性】
セルトリ細胞腫の犬では雌性化が見られます。
というのも、セルトリ細胞腫をもつ50%以上の犬で腫瘍細胞からエストロジェン(女性ホルモン)が産生されていることがわかっています。
雌性化を起こすセルトリ細胞腫のほとんどは潜在精巣のセルトリ細胞腫です。
しかし、潜在精巣ではないセルトリ細胞腫の17%でも雌性化は見られました。
『血清ホルモン濃度の測定』
エストラジオール17β
簡潔に言うとセルトリ細胞腫でエストロジェンが増加しているということ
下の図はそれを証明している論文の図
犬の血清エストラジオール17βを測定した実験で
左の赤四角がコントロールで
右の赤四角がセルトリ細胞腫の犬
引用文献の図1
引用文献:下記参照
https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0034528802001005-gr1.gif FIG 1. Oestradiol-17β concentration in blood of dogs with normal scrotal testicles (normal control, NC), Leydig-cell tumours (LCT), Sertoli-cell tumours (SCT), semionomas (SEM), inguinal cryptorchidism (IC), abdominal cryptorchidism (AC), and testicle degeneration (DEG). (Circular markers indicate bilateral occurence of the same disorder, horizontal lines mark each median; p-values reflect the probability of error for significant differences from the control via the Mann–Whitney test). 引用文献:Blood plasma concentrations of oestradiol-17β, testosterone and testosterone/oestradiol ratio in dogs with neoplastic and degenerative testicular diseases
テストステロン/エストラジオール比
セルトリ細胞腫では有意に低い。これはセルトリ細胞腫によるエストラジオールの絶対量が増加したためと考えられます。
セミノーマでも若干低いが、健常犬との有意差はありませんでした。
引用文献の図3
SCT(セルトリ細胞腫)が明らかに低値を示しているのがわかります。
引用文献:下記参照
https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0034528802001005-gr3.gif FIG 3. Testosterone/oestradiol (ratio testosterone concentration [ng/mL]×100/oestradiol concentration [pg/mL]) in blood of dogs with normal scrotal testicles (normal control, NC), Leydig-cell tumours (LCT), Sertoli-cell tumours (SCT), semionomas (SEM), inguinal cryptorchidism (IC), abdominal cryptorchidism (AC), and testicle degeneration (DEG). (Circular markers indicate bilateral occurence of the same disorder, horizontal lines mark each median; p-values reflect the probability of error for significant differences from the control via the Mann–Whitney test). 引用文献:Blood plasma concentrations of oestradiol-17β, testosterone and testosterone/oestradiol ratio in dogs with neoplastic and degenerative testicular diseases
これら2つのデータからやはり、セルトリ細胞腫がエストロジェンをたくさん分泌するということは言えそうです。
IGF(インスリン様成長因子)
ライディッヒ細胞腫ではIGF結合蛋白とIGF受容体が有意に増加していることがわかっています。これら2つはIGFが働くのに重要な役割をします。
IGFは精巣内での役割
・ライディッヒ細胞→テストステロン合成を刺激
・セルトリ細胞→ラクターゼ合成とグルコース輸送を刺激
・精祖細胞→DNA合成を刺激
がん原遺伝子がIGF系を活性化させ、腫瘍が増殖するのに有利な環境を作っていると言われています。
【症状】←エストロジェンによる症状
基本的にほとんどの犬では症状を示しません。
繁殖犬では繁殖障害などを引き起こしますが…
そのほか、腫瘍随伴症候群として高エストロジェン症があります。
50%のセルトリ細胞腫で高エストロジェン症が見られます。
精巣腫瘍の症状(図解)
『高エストロジェン血症で見られる主な症状』
・両側性全身性脱毛:切れるように毛が抜ける
・皮膚の色素沈着:エストロジェンはメラニン色素の生成を促す
・表皮の菲薄化:皮膚が薄くなり、血管が透ける
・雌性化乳房:乳腺が張っている
・乳汁漏出
・包皮萎縮
・骨髄抑制
『最も危険な骨髄抑制』
この中でもっとも注意しなければならないのが、『骨髄抑制』です。
骨髄抑制は不可逆的に進行し、命を落としかねません。
十分な注意が必要です。
『エストロジェンが引き起こす骨髄抑制の怖さ』
エストロジェンによる造血作業の停止
↓
好中球減少症、血小板減少症、非再生性貧血
↓
一時的な末梢血液中に好中球数の増加←ストックが動員されてるだけ
↓
骨髄低形成による重度の汎白血球減少症
↓
そして、現れる症状
・血小板減少症による続発性出血:血を凝固する力を喪失
・貧血:赤血球が作れていない
・発熱性好中球減少症:好中球は免疫細胞。それらの減少により感染症が起きている
高エストロジェン症の骨髄抑制(図解)
『その他←症状とはちょっと違うけど…』
潜在精巣を伴う雄性仮性半陰陽の犬ではセルトリ細胞腫とライディッヒ細胞腫の混合腫瘍が認められています。
中年齢のミニチュアシュナウザーで起こるセルトリ細胞腫は潜在精巣を伴う雄性仮性半陰陽で報告されています。
仮性半陰陽とは
染色体や性腺による性別と外性器の不一致が生じることをいう。
雄性仮性半陰陽の場合
・染色体上はオス、精巣もある
・でも、陰茎は小さく、尿道下裂がある←外性器の不一致
【診断】
『触診』
触診はとても大事です。特に高齢犬では念入りに行われるべきです。
ポイント
・大きさ:左右対称であるか
・直腸検査:前立腺、領域リンパ節、肛門周囲の評価
『血清ホルモン濃度の測定』
セルトリ細胞腫の場合、エストラジオール-17βが上昇している。
『確定診断』
精巣摘出手術後の病理組織学的検査によって判明します。
【術前評価】
精巣腫瘍が見られる犬は高齢犬であることがほとんどなので、術前の評価は大切です。
・血液検査:CBC、生化学検査
・尿検査
・血液凝固検査:貧血や出血傾向の犬ではマスト
・三方向X線検査
・腹部超音波検査
※赤字は最低限行いたい検査
腹部超音波検査は特に大切です。
超音波検査にはたくさんの目的があります。
・腹腔内の検査:潜在精巣なら後腹膜腔を慎重に観察
・鼠径部の検査:潜在精巣なら慎重に観察
・前立腺の検査
・領域リンパ節の検査
・肝臓や脾臓への転移の確認
・場合によってはFNAも行える
【治療法】
『基本は両側精巣摘出術を行う』
片方に精巣腫瘍が見つかった犬では、もう片方にも腫瘍を持っている可能性は50%以下とされていて、12%の犬では実際に腫瘍化が起きています。
よっぽど貴重な繁殖犬でもない限り、片側精巣摘出はやらない方がいいでしょう。
『潜在精巣の犬の場合』
開腹手術を行います。
ついでに、領域リンパ節も目視でき、必要ならば生検しておくべきです。
『高エストロジェン症を示す犬の場合』
去勢手術を行った1~3ヶ月後にはエストロジェン濃度は下がってきます。
ただ、下がらない場合は転移病変の取り残しが考えられるため、血清エストロジェン濃度のモニタリングは定期的に行っておくべきです。
『リンパ節転移や遠隔転移が見られた犬の場合』
化学療法
シスプラチン、アクチノマイシン-D、クロラムブシル、ミトラマイシン、ブレオマイシン…
といっぱい書きましたが、シスプラチンがいいでしょう(笑)
放射線療法
領域リンパ節へ転移したものを狙い撃ちする治療法です。
割と効くみたいです…
データ数が少ないので、なんとも言えません(笑)
【人の精巣腫瘍を考えてみた】
人の精巣腫瘍もなかなか多いと言われています。
40歳未満の発症率が60~70%を占めています。
リスク因子としては
当たり前というか、一番明白に分かっている因子は潜在精巣です。
その他の因子としては
遺伝的素因、食事、職業災害、タバコ、出生地などたくさんあります。
そして、なんと言っても人医療がすごいなと感じるのが分類です。
人の精巣腫瘍は
まず“セミノーマ”か“それ以外”で分類します。
セミノーマでは抗がん剤、放射線治療ともに有効であるのに対し、
非セミノーマは放射線治療に抵抗性を示します。
さらに、セミノーマを『セミノーマ』と『精母細胞性セミノーマ』に分類します。
そしてステージ分類!!
これも充実しています。本当に。
評価するポイント
・身体検査
・X線検査
・血清マーカー(AFP、hCG、乳酸デヒドロゲナーゼ)
・病理組織学的検査
こんな感じで人の精巣腫瘍についても軽く書いてみました。