【はじめに】
今回は『炎症性腸疾患』について説明します。
この疾患はtwitterで「解説してほしい」というリクエストを頂いた病気です。明確な原因が分かっていないため、とてもポピュラーな疾患であるのにも関わらず、詳しく解説されていることは少ないです。
今回はIBDとは一体なんなのかについて詳しく説明できればと思います。
【目次】
【IBDとは】
IBDとはInflammatory Bowel Diseaseの略で、日本語訳では『炎症性腸疾患』となります。慢性的に繰り返す消化器疾患や病理組織学的な炎症の確認から同定されます。原因自体はよく分かっておらず、“特発性の腸炎”という形で区分されています。
IBDはどの炎症性細胞が中心となって腸の粘膜固有層に浸潤しているかで、さらに分類されています。
最も多いのが、リンパ球と形質細胞が中心となって浸潤するリンパ球・形質細胞性腸炎(Lymphocytic-plasmacytic enteritis【LPE】)です。
その他に、好酸球性腸炎(eosinophilic eneritis【EE】)や好酸球性胃腸炎(eosinophilic gastroenteritis【EGE】)があります。そして、たまにですが肉芽腫性腸炎や好中球性腸炎があります。
まとめると、
・リンパ球・形質細胞性腸炎(LPE)←ほとんどこれ
・好酸球性腸炎(EE)
・好酸球性胃腸炎(EGE)
・肉芽腫性腸炎
・好中球性腸炎
IBDの分類(図解)
【臨床徴候】
好発年齢:中年齢からみられ、時々若齢から症状が見られます。
性差:オス・メスでなりやすさは変わりません。
好発犬種:ジャーマン・シェパード、チャイニーズ・シャー・ぺイ
猫では慢性膵炎、リンパ球性胆管炎、IBDの三重炎と呼ばれる複合疾患が存在します。
そのため、IBDだけでなく、膵炎や胆管炎なども同時に確認するべきです。
【症状】
一般的に特発性のIBDは慢性的な嘔吐や下痢を示します。しかし、なぜそうなるのかはわかっていません。そのほかに見られる症状をざっと挙げます。
『IBDで見られる症状』
・嘔吐:胆汁、食べ物、毛(猫)、草(犬)、血液
・小腸性下痢:大量に水っぽい、時に黒色便
・腸管の肥厚
・大腸性下痢:血便、粘ばっこい、頻回にトイレに行き、しぶる
・腹痛
・腸音の亢進
・体重減少
・食欲の変化:食欲亢進、食欲減退、草を食べる
・低蛋白血症:腹水、皮下水腫、胸水
発症リスクを上げる要因として、ストレスや食べ物の変化、急性胃腸炎などがあります。
『症状と炎症が起きている位置』
症状と炎症が起きている位置は多少の相関があることが分かっています。
①嘔吐
嘔吐がは胃や小腸上部での炎症時によく見られます。猫での嘔吐は小腸のIBDに顕著な症状です。
②体重減少
小腸性下痢に関与しています。
③大腸性下痢
初期の大腸炎や小腸性下痢の延長として起こります。
④血液を含む嘔吐や下痢
重篤であることを示しています。特に好酸球性腸炎や好酸球性胃腸炎などでよく見られます。
重篤なIBDでは他に体重の減少や、蛋白漏出性腸症による低蛋白血症や腹水の貯留などを認めます。腹水がたまるとお腹がポヨンポヨンに膨らんできます。
⑤食欲
多食:顕著な体重減少にも関わらず認められます。腸がやられてしまい、栄養が吸収できていないため、体重は減るが、もちろんお腹は空きます。
食欲不振:重度の炎症で起きている時になります。
草を食べる:動物が草を食べる時は吐きたい時です。嘔吐を促すメカニズムがあります。
軽度な炎症の時は、食後に痛みを示すが、食欲自体は減りません。
重篤な腸疾患を疑う症状3つ
【原因】
小動物のIBDがなぜ起こるのかはまだ解明されていません。しかし、人のIBDに類似していると言われています。
『IBDのメカニズム(現段階の見解)』
現在考えられている機序
そこで考えられるIBDのメカニズムとしては、
腸粘膜バリアの崩壊や、免疫機構の調節不全、腸内細菌叢のバランスが崩れるとともにToll様受容体(免疫反応を誘導する装置)がアップレギュレートされる
↓
腸管内にいる抗原に過剰に反応してしまう
↓
これによりIBDになる
↓
IBDでは杯細胞から分泌される粘膜保護に必要なトレフォイルペプチドや上皮成長因子などがダウンレギュレートされ、粘膜の修復を妨げる
↓
また腸粘膜バリアが崩壊する
これらの悪循環によってIBDは慢性化します。
IBDは自己免疫疾患なのか?
IBDには内因性細菌由来の抗原が重要な役割を担っていると考えられています。免疫寛容が破綻することから、自己免疫疾患の可能性もありますが、それを確認したという論文は見つけれていないので、証拠はありません。
IBDのメカニズム(図解)
『IBDに関与する微生物』
腸内フローラの崩壊によって悪さすると考えられている微生物
・大腸菌
・トキソプラズマ
・ヨーネ菌
・サッカロミセス属菌
『IBDに関与する遺伝子』
人のクローン病ではNOD2-CARD15遺伝子の変異があります。クローン病とは人間版のIBDのことと解釈してもらえればと思います。
このNOD2-CARD15遺伝子は
・炎症を誘発する転写因子NF-kapper-Bを活性化させる
・これにより細菌に対する過剰な免疫反応が起きる
ジャーマン・シェパードではこのNOD2遺伝子が変異しており、TLR4(Toll Like Receptor)やTLR5をエンコードしています。
つまり、前述したToll様受容体のアップレギュレートはここに関連しています。
【診断】
IBDの診断には内視鏡下での生検を行う必要があります。
採取したサンプルを見て、明らかな原因がわからなかった時に限り、IBDと診断がつくため、それまでにやらなければならないことがあります。
それは除去診断です。
除去診断は臨床検査や画像診断を用いて行います。
除去すべき疾患
・感染症
・食事反応性腸症
・抗菌薬反応性腸症
・腫瘍
・腸重積
・腸以外の疾患:膵炎
『一般血液検査』
・好中球の左方移動:たまに
・好酸球増加:好酸球性腸炎、好酸球性胃腸炎で時々
・貧血:慢性腸炎や慢性の腸失血
『生化学検査』
IBD自体が何か顕著な変動を示すわけでは無いです。ただ、全身状態や除去診断に生化学検査は使えます。
・低コレステロール血症:吸収不全、低Ca血症、低Mg血症
・低アルブミン血症:蛋白漏出性腸症を示唆し、予後不良の因子になる
・肝酵素上昇:犬では腸炎に続発して肝障害が起こる。猫では肝酵素の半減期は短いので、肝臓の原発性疾患を疑うべき
『糞便検査』
鉤虫、鞭虫、ジアルジア、そのほか細菌感染の除去診断に使用します。
便中α1-PIの上昇:低蛋白血症や便中カルプロテクチンの上昇よりも早期にIBDを疑える検査所見
便中カルプロテクチンは腸炎の時に上昇する腸炎マーカーの1つです。ただ、これらは実験や研究で使われているマーカーなので、現場ではやはり寄生虫や細菌の感染の除去が肝心です。
『血清ビタミン濃度』
IBDの時はビタミンDが低下します。
それは低カルシウム血症と関連しています。
そのほか、葉酸やコバラミンも低下します。これは腸管の吸収不全によるものです。IBDの低コバラミン血症はその度合いで組織障害の強さと予後がわかります。葉酸は全身の代謝システムがどの程度できているかがわかります。
『画像診断』
X線検査
解剖学的な小腸の病変を見つけることはできますが、IBDを特定するのは困難です。
超音波検査
X線検査よりも優れています。腸管壁の肥厚や腸間膜リンパ節のFNAなどができます。ただ、壁の肥厚は全てのIBDで見られるわけでは無いです。
『腸管の生検』
腸管の生検は内視鏡下で行われます。この検査はIBDを確定する上で必須の検査です。
しかし、問題点もあります。
内視鏡が小腸前半部分までしか届かないことと採取できるサンプルがとても小さく、腸壁の表層のみで病理医ごとに診断のバラツキがあることです。
内視鏡で見たときの粘膜の紅斑や不整性、脆弱性などを主観的に評価する「WSAVA GI standardization Groupのスコアリングシステム」を用いることもあります。
多分あんまり使われている指標ではありませんが…笑
採取したサンプルを病理検査に出します。検体によって、正常組織か軽度なLPEなのか?、重度のLPEかリンパ腫なのか?
これらの鑑別は困難です。
腸で炎症が起きていることを証明するには
・粘膜の損傷
・炎症細胞の重度浸潤
が見られなければなりません。
『その他の検査法』
・細胞診:精度は落ちるが、早いので現場ではたまに使う
・p-ANCA:好中球のアズール顆粒中のミエロペルオキシダーゼ。
・血清CRPの上昇:炎症時に上昇
・GIホルモンの上昇:消化管ホルモン。粘膜上皮に含まれているホルモン
・腸管透過性の亢進
・血清3-BrY濃度の上昇
・PCR:T細胞、B細胞のサブセットを明らかにし、リンパ腫の除去ができる
こんなものもあるんだ程度でいいでしょう。ほとんど使いません笑
診断方法のまとめ←ここだけでも読んで
長々と書きましたが、IBDの診断は基本的に
除去診断(血検、画像診断、糞便検査)
↓
内視鏡下での生検で腸炎を確認
↓
原因不明の腸炎としてIBDとする
でオッケーです!
【治療法】
IBDの治療法としては
抗菌作用を考慮した食事の改善と免疫抑制です。ただ、その前に段階を踏む必要があります。免疫抑制をかける前に、炎症の原因を除去するという意味で。
駆虫薬、除去食、抗菌薬といった試験的治療に反応しないことを確認しておくべきです。
『食事療法』
抗原制限食や単一蛋白食は食事反応性の腸炎の可能性を除去する、腸粘膜の炎症を抑えるといった意味でも効果的です。
こういった食事療法を一度試してみることはIBDの場合だけでなく、全ての腸炎で行うべきと推奨されています。
特に加水分解食はおすすめです。
加水分解食とはアレルギーや腸炎の原因となる抗原タンパク質を分解してしまい、アミノ酸にすることで、抗原として働かないようにしたものです。
おすすめの理由
①単純に消化に良い食べ物だから
②炎症を誘導するサイトカインが出にくくなるから
『抗菌薬の投与』
抗菌薬の投与はIBDではよく使われます。
その理由としては、
・腸内細菌の異常増殖を抑えるため
・細菌の抗原がIBDの病原性として重要であり、それを防ぐため
です。
人のIBDではよく
プレドニゾロン(免疫抑制剤)+メトロニダゾールorフルオロキノロンを使用します。
小動物ではメトロニダゾール(フラジール®️)がよく使用されます。
余談ですが、
メトロニダゾール(フラジール®️)は実は意味ないのではないかなんても言われています。というのも、メトロニダゾールは細胞免疫によって分泌されるサイトカインを調整するといった、免疫調整を行う薬なので、抗菌作用を示さないのではないかということです。
ただこれはあくまで噂程度なので気にしなくも大丈夫です(笑)
『免疫抑制剤』
特発性のIBDは免疫反応が過剰になることで、腸炎を引き起こしていることがほとんどなので、免疫抑制をかけることは大切なことです。
でも、副作用や続発疾患を考慮し、免疫抑制剤は最後の手段として使われるべきでしょう。
プレドニゾロン
プレドニゾロンはステロイド薬で免疫を抑制することで炎症を抑える強力な薬です。ステロイド薬を処方される時、必ず説明を受けると思いますが、ステロイド薬は副作用が強力です。
具体的な副作用としては
・医原性副腎皮質機能亢進症
・筋萎縮
があります。
副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)についてはこちらを参考にして下さい↓
プレドニゾロンを処方する時はこういった副作用の程度と症状の改善具合を見て、量を調節していきます。
重度のIBDの場合、
1-2mg/kg BID(1日2回) を2~4週間
↓
徐々に減らす
↓
1~2mg/kg SID(1日1回)を3~4週間
↓
徐々に減らす
↓
最終的にプレドニゾロンを打ち切るか、2日に1回の投与で治療効果のある限界量まで減らしていくべきでしょう。
ブデゾニド
人のクローン病で使われている薬ですが、腸管から吸収されて肝臓で代謝されるステロイド薬です。
この薬の最大の特徴は肝臓で90%が代謝されるので、全身的な副作用が出にくいということです。しかし、犬ではその特徴が十分活かせるかがまだ分かっていないので、犬ではプレドニゾロンを使うことが多いです。
猫ではブデゾニドが効果的と言われています。
『細胞障害性薬物』
プレドニゾロンと併用し、ステロイド薬の作用を補助する意味で使われています。
クロラムブシル+プレドニゾロン
犬、猫両方で用いられ、効果的だと言われています。
アザチオプリン(イムラン®️)+プレドニゾロン
アザチオプリンはアデノシンとグアニンの合成を阻害する代謝拮抗薬です。効果が遅く、投薬から3週間ほど必要になります。また、骨髄抑制の素因でもあるので、血液検査を行い頻繁に管理していく必要があります。長期投薬では肝酵素の上昇が認められるため、肝庇護薬などを併用するべきでしょう。
また、猫での使用は禁忌です。
猫ではチオメチルトランスフェラーゼ(TPMT)と呼ばれるアザチオプリンを分解する代謝酵素の活性が弱いため、薬剤が蓄積して毒性を示します。
シクロスポリン(シクロキャップ®️)+プレドニゾロン
シクロスポリンはアザチオプリンと比べてやや高価な薬です。シクロスポリンの作用としてカルシニューリン阻害というものがあり、T細胞の増殖を抑えることで免疫反応を抑えます。
また、プレドニゾロンなどのステロイド薬はP糖蛋白と呼ばれる薬剤排出機構をもつタンパク質を細胞で増やします。これが起きるとステロイド薬の効きが悪くなります。
ところが、シクロスポリンはこのP糖蛋白に蓋をする作用もあるため、ステロイド薬に抵抗性を持ち始めた腸炎にも有効的に作用します。
『新しい治療法?使えるかは未解明』
・TNF-α標的薬:サリドマイドやペントキシフィリン←米国の人医療で使用
・オクラシチニブ(アポキル®️):アトピーなどで使う薬
・便細菌移植(FMT):健康な腸内細菌を移植する方法。人ではクロストリジウム・ディフィシル腸炎でのみ証明されていて、今実験中。
・腸移植:豚と人ではやられているが、、、さすがにそこまでは(笑)
治療戦略:免疫抑制剤のまとめ
【最後に】
今回はIBDについて説明しました。IBDとは特発性の腸炎で原因がはっきりと解明されていない難病です。そのため、しっかりと下痢・嘔吐を示す可能性のある疾患を除去し、内視鏡生検を行って診断しましょう。治療としては抗菌薬投与(メトロニダゾール)とステロイド薬(プレドニゾロン、ブデゾニド)を処方していきます。
そして、症状を見ながら、追加で免疫抑制剤(クロラムブシル、シクロスポリン)やステロイド薬の投与量の調節を行っていくといいでしょう。