オタ福の語り部屋

獣医学を追求する。その先に見えるものは…

避妊手術がリスクを下げる‼︎『犬の乳腺腫瘍』とは

スポンサーリンク

f:id:otahukutan:20190107152724p:plain

【はじめに】

今回は『犬の乳腺腫瘍』について説明します。犬の乳腺腫瘍は比較的頻繁に見られる腫瘍のように感じます。そして、避妊手術を行なった時期によって乳腺腫瘍の発生率は著しく異なることがわかっています。

 

【目次】

 

 

【乳腺腫瘍の統計】

『発生率』

良性腫瘍の好発年齢:7~9歳

悪性腫瘍の好発年齢:9~11歳

 

『好発犬種』

好発犬種:スパニエル種、プードル、ダックスフンド
低発犬種:コリー、ボクサー

 

大型犬と小型犬
大型犬と小型犬で良性腫瘍と悪性腫瘍の比率を調べた実験があります。
大型犬の場合、乳腺腫瘍のうち良性腫瘍が42%で悪性腫瘍が58%のに対し、
小型犬の場合、乳腺腫瘍のうち良性腫瘍が75%で悪性腫瘍が25%でした。

大型犬の方が悪性の乳腺腫瘍が発生しやすいということが分かっています。

 

大型犬の方が悪性腫瘍が多い(図解)

f:id:otahukutan:20190107150553p:plain

 

『避妊手術との関係』

犬の乳腺腫瘍はホルモン依存性です。若齢での避妊手術が乳腺腫瘍の発生率を著しく下げることが分かっています。

避妊手術と発生リスク(※未避妊手術雌との比較)
・初回発情前に避妊手術:発生率 0.5%
・初回発情後に避妊手術:発生率 8%
・発情2回目以降に避妊手術:発生率 26%

2回目の発情が来るまでに避妊手術を行うと乳腺腫瘍の予防効果があります。

 

乳腺腫瘍の発生リスク(図解)

f:id:otahukutan:20190107152904p:plain

上の図は避妊手術をしていない群と比較しているので、『避妊手術せず群』を発生リスク100%と設定しています。

引用文献:下記参照

Bitches spayed before any estrous cycles had approximately 0.5% of the mammary cancer risk; those that had only 1 estrous cycle had 8%, and animals that had 2 or more estrous cycles before neutering, 26%.  引用文献:Factors Influencing Canine Mammary Cancer Development and Postsurgical Survival

 

ちなみにですが、

日本語翻訳された“とある腫瘍学の専門書”では『初回発情前に避妊での発生リスクは0.05%』と表記されています。そして僕が大学で受けた授業でも、0.05%と習いました。これはその専門書を読んだ先生がまとめたプリントだったので、0.05%というデータを踏襲したのだと思います。完全な誤訳です。実際は0.5%です。原著、引用文献の論文でもそう記載されています。

 

『プロジェステロン受容体とエストロジェン受容体』

正常な乳腺組織や良性腫瘍にはプロジェステロン受容体(PRs)とエストロジェン受容体(ERs)が多く発現していることが分かっています。
一方で、侵襲性の高い悪性の乳腺腫瘍ではこれらの受容体の発現は少ないです。
また、リンパ節転移が認められた腫瘍ではこれらの受容体は陰性を示し、ホルモン非依存性になっていることを示唆しています。これはなんとNature誌にも掲載されている信ぴょう性の高い情報です。

 

unaltered mammary tissues and benign lesions in the dog frequently contain both ER and PR. This feature is less common in primary cancers and infrequent in distant metastases. This indicates a change from steroid hormone dependency towards independency with dedifferentiation and progression of mammary tumour disease. 引用文献:Oestrogen (ER) and progestin receptors (PR) in mammary tissue of the female dog: different receptor profile in non-malignant and malignant states.

 

『発情防止薬プロジェスチンの影響』

犬の発情を予防させる薬としてプロジェスチンを投与することがヨーロッパではあります(←最近は減ってきていますが)。一般的にプロジェステロンは筋上皮の発達に関与し、乳腺の小葉胞状組織の発達を誘発されます。
そして、エストロジェンは管状組織の発達を誘発します。プロジェスチンの投与によって、良性腫瘍の発生率が増加することが分かっています。
 

『肥満との関係』

肥満は犬は乳腺腫瘍になるリスクが上がります。

 

『その他の因子』

・c-erbB-2:がん遺伝子。犬の悪性腫瘍で過剰に発現している。
・p53:腫瘍抑制遺伝子。乳腺腫瘍の犬の17%で突然変異を認める。
・COX-2:良性腫瘍で24%、悪性腫瘍で56%発現している。
・細胞接着因子:腫瘍の浸潤増殖に関与。

 

【乳腺腫瘍の病理学】

『組織学的所見と臨床挙動の齟齬』

病理学的検査の結果、犬の乳腺腫瘍は良性、悪性の比率は約50%ずつです。
病理学的に悪性と診断されたものが臨床挙動と相関しているわけではないです。臨床挙動と相関があると言われているものはグレード分類です。Elston-Ellisのグレード分類が有名です。

 

『Elston-Ellisのグレード分類』

この分類は人の予後的病理学的病理分類をKarayannopoulouらが犬に応用できるかを調べた実験です。

Elston-Ellisのグレード分類(図解)

f:id:otahukutan:20190107153610p:plain

 

上の図のように病理組織学的に乳腺腫瘍のグレードを分類すると予後の相関が見えてきます。この論文ではグレード別に2年間の生存率を追っている。

グレードⅠでは2年間の死亡数は27匹中0匹(0%)
グレードⅡでは28匹中13匹(46.4%)
グレードⅢでは30匹中26(86.7%)

これらのデータをグラフ化したのが下の図です。

グレードⅠ、Ⅱと比較して、グレードⅢは有意に生存率が低下していることを示しています。この実験ではこの他にも腫瘍別に生存率を出したり、リンパ節転移群と転移無し群で分けて生存率を出したりと非常に有益なデータを出しています。

 

f:id:otahukutan:20181010161613j:plain

引用文献:下記参照

The numbers of deaths within the 2-year follow-up period were 0/27 (0%) for dogs with grade I carcinoma, 13/28 (46.4%) for dogs with grade II carcinoma and 26/30 (86.7%) for dogs with grade III carcinoma.  引用文献:Histological Grading and Prognosis in Dogs with Mammary Carcinomas: Application of a Human Grading Method

 

【症状】

『腫瘍ができる場所』

犬は5対の乳腺があります。乳腺腫瘍の65~70%は第4乳腺と第5乳腺にできます。
これはこの二つの乳腺が他の乳腺よりも大きいからです。

 

『良性と悪性の症状』

良性腫瘍と悪性腫瘍で触診上若干の違いがあります。
良性腫瘍:小さく、境界が明瞭
悪性腫瘍:急速に増大、境界不明瞭、深部組織に固着、自潰、炎症

 

【診断】

乳腺腫瘍の診断は触診、レントゲン、エコー、細胞診が臨床現場でできる治療法です。

5つの乳腺のリンパ管は第1~3乳腺(前方の3つ)と第4.5乳腺(後方の3つ)で分かれています。

第1~3乳腺:腋窩リンパ節
第4.5乳腺:鼠径リンパ節

発生頻度や転移のことを考慮して、第1-3乳腺と第4.5乳腺に分けて検査します。

『第1-3乳腺』

胸部レントゲンを撮影し、肺や胸骨LNへの転移がないかを検査します。

 

『第4,5乳腺』

腹部レントゲンを撮影し、リンパ節転移がないかを確認します。
その他、エコーで腰椎下LNの転移をみたり、直腸検査で内腸骨LNの転移確認します。
 

『FNA』

乳腺腫瘍に関してFNAの診断精度は低いと言われています。しかし、腫瘍性疾患か炎症性疾患の鑑別や肥満細胞腫などの乳腺腫瘍以外の疾患、あるいは手術が禁忌と言われている炎症性乳がんの鑑別に用いることができます。

 

『病理組織学的検査』

確定診断に使われます。主に手術で乳腺を摘出した後に行われる検査です。

 

【治療】

『外科療法』

乳腺腫瘍は炎症性乳がんや転移がある場合以外は外科的治療が第一選択となります。外科的切除の一般原則として『正常乳腺を含めて、腫瘤が存在する近隣の乳腺を含めて大きく切除する』ことが推奨されています。切除の範囲は多くのバリエーションがあります。

①腫瘤切除術(ランペクトミー)
・適応:腫瘤は0.5cm以下、硬く、固着がない、表層にある良性腫瘍
・非適応:悪性腫瘍
術後、病理検査にて良性・悪性やマージンが十分かを確認
 

②単一乳腺切除術
適応:腫瘤は1cm以上の大きさ、皮膚や筋肉に固着がある
 

③部分乳腺切除術

残しておくと転移する可能性がある乳腺組織の動静脈とリンパ管流出路を考慮しなければなりません。

 

乳腺組織の動静脈は主に3つの血管によって2つの領域が支配されています。

支配血管
第1-3乳腺:浅前腹壁動静脈
第4,5乳腺:浅後腹壁動静脈+外陰部動静脈

 

支配リンパ管
乳腺のリンパ管が向かうリンパ節は4つあります。腋窩LN、浅鼠径LN、腰椎下LN、前胸骨LN。これら4つのリンパ節がどの乳腺から流出されるかをそれぞれ示します。

第1-3乳腺:腋窩LN・前胸骨LN
第3-5乳腺:浅鼠径LN・腰椎下LN

 

ここで重要になるのは第3乳腺は両方のリンパ管から排泄されているということです。第1,2乳腺の交流と第4,5乳腺の交流は大きく、これら2つの乳腺群は群内での交流が盛んです。
血管の支配とリンパ管の流出路を考慮した結果、一般的に行われる部分乳腺切除術としては第1-3乳腺の切除か、第4-5乳腺の切除を行います。

 

片側あるいは両側乳腺全摘出
この2つの術式は侵襲度が高いですが、複数の腫瘍がある場合にまとめて切除でき手術時間の削減や取り残しのリスクが減ると言われています。
一方で、犬の乳腺腫瘍は良性・悪性は50%ずつであり、大きな術創が必要となる全摘出は過剰な医療行為ではないかとも言われています。
これら2つの利点欠点によって、乳腺全摘出を行うべきかは議論が多く交わされています。また、全摘出が他の術式と比較して生存期間を延長させることはありません。どの術式にするかは担当医と飼い主さんで十分相談されることをお勧めします。

 

『その他の治療法』

乳腺腫瘍の場合、抗がん剤やその他のホルモン療法などの効果が証明されていません。やはり、外科手術と術後の補助的な抗がん剤療法がオーソドックスな気がします。効果があると言われている抗がん剤はドキソルビシンとシクロフォスファミドです。

 

【予後】

『組織学的グレード』

組織学的グレードによる予後の相関は先ほど説明しているので、こちらを参考にしてください→『Elston-Ellisのグレード分類』

 

『大きさ』

腫瘍の直径が3.4cm未満(腫瘍サイズ40cc)のものは3.4cm以上のものに比べて、予後が良いです。

引用文献:下記参照 

The most significant prognostic factor was tumor volume; dogs with tumors less than 41 cc had significantly enhanced survival time (p = 0.0007) and cancer-free survival time (p = 0.0005). 引用文献:Evaluation of effects of levamisole and surgery on canine mammary cancer.

『リンパ節転移』

再発率の比較
転移有り:術後6ヶ月以内の再発率が80%以上
転移無し:術後2年後の再発率は30%以下
であり、再発率は転移がない方が低いです。

 

次に、生存率の比較です。

術後2年間の生存率の比較
転移有り:14%
転移無し:79%

でした。明らかに転移が無い方が生存率は高いです。

 

『プロジェステロン受容体、エストロジェン受容体』

人でよく検査されるプロジェステロン受容体やエストロジェン受容体の陽性率は犬の乳腺腫瘍でも予後に相関するという報告があります。陽性率が高いほど、予後が良好です。

 

『Ki-67』

Ki-67とは核内タンパクの1つです。この核内タンパクは腫瘍の増殖能を示すバロメーターに使われています。Ki-67指数が高いと予後が悪いという結果が出ています。 

 

【さいごに】

今回は犬の乳腺腫瘍について説明しました。犬の乳腺腫瘍は良性・悪性が50:50と言われているため一概に予後が悪いとは言えませんが、全摘の手術になるとかなりの傷口が必要となり、動物にも負担は大きくなります。悪性の腫瘍ほど増殖スピードは早いため、早期発見は難しいかもしれませんが、抱っこしたりするついでにこまめに乳腺が腫れていないかチェックしてあげることは早期発見に繋がります。

 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 538-547p

日本獣医内科学アカデミー編 : 獣医内科学 第2版, 文英堂出版, 2014, 585p