【はじめに】
今回は『犬の肛門周囲にできる腫瘍』について説明していきます。肛門周囲には主に3種類の腫瘍ができます。予後がそれほど悪くないものから、診断時には転移している可能性が高率な腫瘍まであります。今回はそんな肛門周囲の腫瘍についてお話ししていこうと思います。
【目次】
【肛門周囲の腫瘍とは】
肛門周囲の腫瘍は大きく分けて3種類あります。
肛門周囲の腫瘍
・肛門周囲腺腫
・肛門周囲腺癌
・肛門嚢アポクリン腺癌(肛門嚢腺癌)
主な肛門周囲の腫瘍(図解)
これらがどのような腫瘍かそれぞれ説明します。
『肛門周囲腺腫とは』
肛門周囲腺は体表にある脂腺が特殊分化したもので、非分泌性の皮脂腺です。
肛門皮帯と呼ばれる場所に分布しています。
肛門周囲にできる腫瘍として最も多い腫瘍で、肛門周囲腫瘍全体の58~96%がこの肛門周囲腺腫と言われています。
発生する平均年齢は10歳です。肛門周囲腺の発達は雄性ホルモン(テストステロン)が密接に関与していることが知られています。そのため、発生率とリスク因子に関しては高齢の未去勢雄で最も好発です。
そのほかには、不妊手術雌でもエストロジェンレベルが低下するため発生率が上がります。
あとは副腎皮質の網状帯でもテストステロンの元になるアンドロジェンを産生・分泌しているため、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)でも発生のリスクは上昇します。
最後に、精巣腫瘍の一つであるライディッヒ細胞腫はアンドロジェンを過剰に産生するため、肛門周囲腺腫のリスクも上昇させるのではないかと言われています。
「肛門周囲腺腫の好発犬種」
・コッカー・スパニエル
・ビーグル
・ブルドッグ
・サモエド
『肛門周囲腺癌とは』
肛門周囲腺腫の悪性腫瘍が肛門周囲腺癌です。肛門周囲腫瘍全体の中で発生頻度は低く、約3~21%と言われています。
発生した犬の平均年齢は11歳です。肛門周囲腺腫がテストステロンに依存性であったのに対して、未去勢雄、去勢雄、雌に関係なしに発生することから、肛門周囲腺癌はホルモンに関係しない腫瘍であると言われています。大型犬の雄でよく見られる腫瘍です。
『肛門嚢アポクリン腺癌とは』
肛門嚢とはアポクリン汗腺が周囲に存在し、分泌物を分泌しています。
場所は肛門の4時、8時の方向に対をなしており、皮膚の憩室として存在しています。
肛門嚢アポクリン腺癌の発生率は低いです。
肛門周囲腫瘍全体の17%です。平均年齢は10~11歳です。
雌の方が発生率が高いと言われていますが、性差はないという報告もあり、ここは議論の余地があるところです。
また、良性腫瘍であることは稀であり、ほとんどが悪性腫瘍となっています。
【挙動】悪性度、転移率など
『肛門周囲腺腫』
肛門周囲腺腫は良性の挙動を示します。転移は少なく、成長もゆっくりです。しかし、増殖する細胞によって多少悪性度が異なります。肛門周囲腺をはじめ、脂腺には分泌物を出すところに腺房と呼ばれる構造があります。腺房は脂腺細胞によって構成されており、脂腺細胞で作られた皮脂が腺房で分泌されています。脂腺細胞のさらに外周に未熟な脂腺細胞として補助細胞と呼ばれるものがあります。脂腺細胞が中心となって増殖しているものは一般的に良性の挙動を示します。
一方で、補助細胞が中心となって増殖しているものは局所浸潤性が強く、やや悪性の挙動を示すとされています。
肛門周囲腺腫の病理組織像
『肛門周囲腺癌』
肛門周囲腺癌は悪性の挙動を示します。診断時での転移率はそれほど高くはないですが、肛門周囲腺癌は成長が早く、原発巣が大きくなってくると、転移率も上がってきます。
転移しやすい場所は
・仙骨リンパ節
・下腹部リンパ節
・腸骨下リンパ節
などです。
その他、遠隔転移がみられる臓器は
・肺
・肝臓
・腎臓
・骨
などがあります。
『肛門嚢アポクリン腺癌』
肛門嚢アポクリン腺癌は肛門周囲腺腫や腺癌と異なり、診断時点で転移していることが多いです。かなり悪性度は高いです。
リンパ節転移:26〜72% 特に腰下リンパ節
遠隔転移:2.6〜18%
また組織学的にも肛門周囲腺腫瘍とは異なります。肛門嚢アポクリン腺癌と肛門周囲腺腫瘍は転移率や悪性度が大きく異なるため、両者の鑑別は非常に重要になってきます。
【症状】
『肛門周囲腺腫の症状』
基本的に肛門周囲の無毛部で発生します。ボコッと腫脹し、表面は潰瘍がみられることもあります。深部組織と固着していることはまれです。痛みは伴わず、大きくなるスピードもゆっくりであり、大きさも0.5〜3cm程度なので、症状がみられることは稀です。
肛門周囲腺腫の見え方(図解)
『肛門周囲腺癌の症状』
外見は肛門周囲腺腫と類似しています。しかし、腺腫と比べ悪性の挙動を示すため、腫脹した部位は硬く、潰瘍もひどい。そして、腺腫と大きく異なる点としては
・成長スピードが早い
・固着がある
・再発率が高い
の3点が挙げられます。より深くまで浸潤増殖していくため、固着ができます。また、ホルモン非依存性なので、去勢雄でも再発がみられます。主な症状として、成長スピードの早さから、肛門周囲を圧迫し、
・便秘
・排便障害
・肛門周囲の痛み
が認められるでしょう。
『肛門嚢アポクリン腺癌の症状』
肛門嚢は肛門周囲の4時と8時に方向に存在するため、同部の腫脹が見られます。その他、高カルシウム血症や腰下リンパ節の腫脹による症状が見られます。それぞれについて説明していきます。
「①肛門嚢の腫脹」
肛門嚢の腫脹に伴い、肛門周囲は出血や不快感から、動物が気にする様子が見られます。
「②高カルシウム血症」
肛門嚢アポクリン腺癌の高カルシウム血症といえば、腫瘍随伴症候群として有名です。約15〜53%の肛門嚢アポクリン腺癌患者で見られます。
高カルシウム血症になる原因
腫瘍細胞がPTH関連タンパク質(PTH-rp)を過剰に産生するためです。PTHの役割は骨吸収や腎臓でもCaの再吸収の促進、ビタミンDの活性化を促進することで血中Ca濃度を正常に保っています。このPTHに類似したPTH-rpに過剰な産生によって、体液性悪性高カルシウム血症(HHM)が引き起こされる。
高カルシウム血症の症状
①多飲多尿←腎障害による
原因①
遠位尿細管や集合管での抗利尿ホルモンの作用障害で腎の尿濃縮能を阻害するためです。
原因②
カルシウムの作用により、血管収縮作用が増強され、腎血液量の低下によって、急性腎障害が引き起こされるためです。
原因③
腎臓実質へのカルシウム沈着により、腎臓の石灰化が起こるためです。
②食欲不振
消化管平滑筋の運動が鈍り、機能的イレウスに陥るためです。イレウスが生じているので、続発的に嘔吐が見られます。
③沈うつ
高カルシウム血症によって、筋肉や神経の運動も鈍ります。その他、高血圧や徐脈を引き起こすと、意識混濁などの重篤な疾患に陥ります。
「③転移したリンパ節の腫脹」
腸を圧迫し、便秘などが見られます。
肛門嚢アポクリン腺癌の見え方(図解)
【診断】検査法やステージング
肛門周囲腺腫と肛門周囲腺癌を明確に分ける診断方法は少なく、病理組織検査によって明らかになることがあります。組織の悪性度、すなわち腫瘍細胞の周辺組織への浸潤や、細胞の形態、分裂像、核の異型性など、で区別します。
『肛門周囲腺腫の臨床徴候』
・高齢の未去勢雄あるいは避妊雌←雄性ホルモン依存性
・精巣間質細胞腫
・クッシング症候群
・成長がゆっくりで、固着がない
・転移がない
・痛みがなく、無症状
『肛門周囲腺癌の臨床徴候』
・去勢雄←非ホルモン依存性
・成長が早い
・固着がある←深部組織へ浸潤性を示す
・後期に転移が見られる
・痛みがあり、便秘や排尿障害を示す。
・再発率が高い
これら二つの特徴をまとめてみました。二つの鑑別は困難ですが、特徴を拾っていき、組織診断することで診断は可能です。
『肛門嚢アポクリン腺癌』
「触診」
直腸検査にて、肛門嚢の腫瘤が触知できた場合、強く疑われます。
「FNA」
腫瘤が触知できた場合に、腫瘍性病変か炎症性病変かを鑑別するのに非常に有効的に手段です。
所見としては
・円形核
・細胞質にわずかな顆粒をもつ
・多面形の細胞
「ステージング」
肛門嚢アポクリン腺癌は診断がつけられた時点で既に転移している可能性が高いです。そのため、念入りなステージングを行う必要があります。
リンパ節転移
・内側腸骨リンパ節(67%)
・内腸骨リンパ節(17%)
・仙骨リンパ節(42%)
遠隔転移の比率
遠隔転移:2.6〜18%
ほとんどの場合、腰下リンパ節に転移してから、他臓器への遠隔転移をしますが、稀に肺(25~50%)や肝臓(13~21%)、腎臓(0~5%)の方へ先に転移する場合があります。
転移巣を探す検査法としてエコー、レントゲン、CT(間接的CTリンパ管造影)などがあります。
その他、骨シンチグラフィーによる骨転移の検査があります。
肛門嚢アポクリン腺癌のステージ分類(図表)
【治療法】
『肛門周囲腺腫の治療』
①去勢+切除
肛門周囲腺腫は雄性ホルモン依存性であるため、去勢によって縮小が期待できます(80~92%)。外科的切除と同時に、去勢手術も行うべきでしょう。
②大きくて切除困難の場合
去勢のみを行い、腫瘤の縮小を待ちます。10日〜6ヶ月程度縮小を待ち、それから外科的切除を行います。
『肛門周囲腺癌の治療』
去勢
肛門周囲腺癌の場合、去勢しても小さくなりません。
しかし、腺癌の中にはアンドロジェン受容体の発現を認めたものもあるので、一応やっておくべきです。
切除可能な場合
再発率や転移の可能性はありますが、切除可能な場合は確定診断や局所制御的な意味で有効です。
確定診断にはある程度まとまったサンプルが必要です。また、肛門周囲の圧迫による便秘や排尿障害を抑えるためにも切除を行います。
そして、切除が可能な場合は広範囲でマージン切除を行うべきです。特に、雌や去勢雄では非ホルモン依存性の腺癌の可能性が強く疑われるため、小さな腫瘍でも大きくマージンをとる方がいいです。
切除が困難な場合
ネオアジュバンド療法を行います。化学療法ではドキソルビシンやアクチノマイシンDなどが勧められているが、これといった奏効率を得られていません。
放射線治療では69~87%の奏効率が得られています。これら化学療法や放射線療法を行った後に、外科的切除を行います。
肛門周囲腺癌の治療法(図解)
『肛門嚢アポクリン腺癌』
転移巣がない場合
転移巣が見られない場合は腫瘤の外科的切除を行います。切除は大きくマージンをとり、術後の補助療法としてカルボプラチンを使用すると再発率が低いことが分かっています。
転移巣がある、あるいは切除が困難な場合
肛門嚢アポクリン腺癌の場合、診断時に転移している場合が多いです。そのため、薬物療法など全身療法を行います。
「転移巣の切除」
腰下リンパ節に転移巣が見られた場合、早期切除を積極的に行うべきです。遠隔転移が見られず、リンパ節転移のみであった場合、切除によって生存期間が有意に上昇することが知られています。
「薬物療法」
白金錯体:カルボプラチン
カルボプラチンの奏効率は原発巣症例で50%、リンパ節転移症例で30%です。またカルボプラチンが効かなかった場合、他の抗がん剤でも効きにくいという報告があれています。
トセラニブ
トセラニブの奏効率はLondon2012の研究では25%と言われています。しかし、そのほかの研究では0%という報告もあり、差が大きいです。
COX-2選択的阻害剤
肛門嚢腺癌ではCOX-2の発現が認められている症例もあり、COX-2阻害剤が期待されています。
「放射線療法」
低分割RTを行った結果
・部分縮小:38~56%
・臨床徴候の改善:54~63%
・高カルシウム血症の改善:31~66%
・転移リンパ節が4.5cm以上の場合、手術より有効
肛門嚢腺癌で切除が困難な場合は、こういった薬物療法や放射線療法を行い、腫瘤を小さくしてから切除が可能になれば、行うといいでしょう。
『高カルシウム血症の治療 』
基本的な治療法方針としてはカルシウムの排泄と骨再吸収の抑制です。
「①生理食塩水による水和」
症状が軽度の場合は生理食塩水を輸液して、水和を行います。
「②利尿剤+ステロイド」
水和が十分という最低条件を満たすと次に、利尿剤のフロセミドを使用し、カルシウムの再吸収を抑制します。
そして、ステロイドの投与を行います。しかし、ここでの注意点として、高カルシウム血症の原因を解明されていることが条件です。
原因がわからずにステロイドを投与すると、また原因を見つけるためにステロイドの投与を中止する必要がでてき、効率が悪くなるためです。
ステロイドの作用
PGEやIL−1β、ビタミンDを抑制し、さらに腸からのカルシウム吸収も抑制するため、血中カルシウム濃度を下げるのに有効です。
「③ステロイドが効かなかった時」
ビスホスホネート製剤(ゾレドロン酸:ゾメタ®️)の使用
骨代謝経路を阻害し、破骨細胞内のタンパク質合成機構が破壊することで、骨代謝が抑制されます。ビスホスホネートは破骨細胞の形成や生存に必要なRas、Rho、Racといったタンパクの合成を破壊するため、破骨細胞に特異的に効きます。
メリットとしては腎尿細管のカルシウム再吸収に影響を与えません。
一方で、
デメリットとして、破骨細胞が重度に破壊され、正常な骨代謝が阻害され、骨壊死を引き起こすことです。
肛門嚢アポクリン腺癌の治療法(図解)
【予後】
『肛門周囲腺腫の予後』
去勢と外科的切除を行えば、自然退縮し予後は良好です。
『肛門周囲腺癌の予後』
リンパ節転移がない場合
・腫瘍の大きさが2cm以下:2年生存率は80%以上
・腫瘍の大きさが2~5cm:2年生存率は60%以上
・腫瘍の大きさが5cm以上:生存期間は約6ヶ月
リンパ節転移がある場合(転移は約15%)
症例数が少なく比較しにくいですが、ほとんどの場合で予後が不良と言われています。
『肛門嚢アポクリン腺癌の予後』
あらゆるステージ、リンパ節転移や遠隔転移の有無を関係なしに取られた統計では平均生存期間は544日(約18ヶ月)です。
リンパ節転移があったものでは転移巣の切除を行った場合
リンパ節が4.5cm以下の場合:生存期間は約400~600日
リンパ節が4.5cm以上の場合:生存期間は182~335日
でした。
【さいごに】
肛門の周囲にできる腫瘍を3つ紹介しました。肛門の周囲は見つけやすいです。また、アポクリン腺癌とそれ以外の腫瘍では悪性度や併発疾患などが大きく異なります。それらを鑑別できるように正しい検査を行っていただければと思います。
【本記事の参考書籍】
Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwen’s SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed., ELSEVIER, 2013, 561-566p, 423-431p